第6話 街案内

 サラに連れられ、晶穂あきほはリドアスを出た。

 昨夜は暗かったし、今朝は扉を使って家に戻ったしで、この世界を自分の目で見ることがなかった。と、晶穂は初めて気が付いた。

 銀の華の拠点・リドアスは、青空の下で見ても少し雰囲気のある洋館だ。絡まった蔦は青々としていて、おどろおどろしさはない。中庭もあるのか、巨木の上の部分が建物からはみ出していた。

 街を案内したいというサラの背中を追いながら、晶穂は素朴な疑問を口にした。

「ねえ、サラ」

「なーに?」

 くるんと振り返ったサラが首を傾げる。フレアスカートがよく似合う。

「銀の華ってどれくらいの人が所属してるの?」

「そうだね……。団長とあたし、ジェイスさん、克臣かつおみさん、ユーギ。それから遠方調査員の人たちもいるね」

「遠方調査員?」

「さっきの報告書をまとめてくれた人たちのこと。滅多にリドアスに帰ってこないけどね。チームで動いてる人もいるし、単独でやってる人もいるんだ」

 後者はユーギの父親だという。

 街へ向かう道すがら、サラの人物紹介は続く。

「あと、魔力の強い巫女さんも時々来るよ。普段は聖域とかで務めてるらしいんだけどね。それから……日本に部署を置いてるから、そこにも一人、かな」

「え。日本にもいるの?」

「潜入調査みたいなもの。団長が日本の大学に通ってるしね。大学に出す書類に書ける住所も必要だし」

「へ……へえ」

 まだまだ知らないことが多いようだ。これからサラたちとかかわっていくのかは定かではないが。

「他にもいるよ。あとは数人とかだけど。……合わせても二十人とか、いないくらい?」

 小さい組織なんだね。そう晶穂が言うと、サラは笑った。

「だからこそ、みんな仲が良いんだ」

 朝食風景を見ただけでもわかる。晶穂には少し懐かしくて羨ましい。

 しばらく田畑の広がるあぜ道のような道を歩いて行くと、不意に大きな建物が見えてきた。ショッピングモールのような建物だ。その下に、市場の賑わいがある。

 街の入り口には、アーチが建てられていた。そこには「ようこそ アラストへ」と書かれている。

「ここはね、ソディール最大の都市の一つ、アラストだよ」

 リドアスはアラストの郊外にあるのだ。

 サラに引っ張られ、晶穂は賑やかな市場に入って行く。雑貨やスイーツの露店、新鮮な農作物を扱う店舗もある。何処も店員と客の元気な声が響いていた。

 晶穂は見たことのない石を使ったペンダントやブレスレットといったアクセサリーや、名も知らない果物のケーキなどを見て回り、サラと共に楽しく過ごした。

「ね、大学での団長ってどんな感じ?」

 お茶をしようと立ち寄ったカフェで飲み物とケーキを注文した後、サラが身を乗り出した。

「……氷山ひやま先輩?」

「そう。銀の華での団長って見慣れてるけど、外ではどんな感じなのかなって」

「そうだなぁ……」

 改めて尋ねられ、晶穂はリンと出会ってから一か月も経っていないことに気が付いた。それどころか、まともに言葉を交わしたのは昨日が初めてである。

 晶穂が回答を考えている間に、犬耳のウェイトレスが晶穂のミックスジュースとサラカフェオレを運んで来た。それに会釈して、晶穂はストローをジュースに挿す。

「先輩は……ファンの人たちによれば、クールで頭脳明晰だって」

「クール……うん、クールだと思う。滅多に声荒げないし。あんまり表情豊かな方じゃないんだよね」

「そう……」

 声を荒げない? 晶穂は小首を傾げた。少し前に軽い言い争いみたいなことをしたが、その時リンは声を荒げてはいなかっただろうか。

「あとは、自分の決めたことは絶対に曲げない頑固なところもあるね。でも、兄貴分のジェイスさんと克臣さんの言うことは素直に聞いてる感じする」

 同じウェイトレスがケーキを運んで来てくれた。晶穂とサラが選んだのは、果物たっぷりのミルクレープとチョコレートケーキだ。

「じゃあ、ファンの人たちの見立てはそれほど間違ってないのかな?」

「だと思うよ~。だけどびっくり。団長にファンがいるなんて」

 けらけらと明るい笑い声を上げるサラにつられて、晶穂も笑った。

 ひとしきり笑ったサラは、目にたまった涙を拭いてケーキにフォークを入れた。上に飾られたイチゴに似た果物と共に、チョコスポンジを美味しそうにパクつく。

「あ~、笑った。そういえば団長って、晶穂と絡んでる時は普段とまた違うんだよね。雰囲気が」

「そうなの?」

 きょとんと首を傾げる晶穂に、サラは頷いて見せた。

「そう。きびきびして近寄り難い感じが薄れてる。普段がクールな俺様系なら、ツンデレ的な?」

「……どの辺が?」

「ふふっ。女の勘よ」

 わからない、という顔でいる晶穂に対し、サラはそんな彼女の反応を面白がるように、人差し指を自分の口元にあてて微笑んだ。リンは颯爽と現れて助けてくれはしたが、無責任だし人の話は聞かないしで、何故彼が組織の長をやれているのか、晶穂にはまだわからなかった。……頼りになるのは間違いないが。

 その後も二人はたわいもない話に花を咲かせた。食堂を取り仕切る女性の話やこちらではリンよりもジェイスのファンが多いこと、それにお互いの世界で流行っている甘くておいしいものの話など。

 そして、その爆弾は唐突に投下された。

「……晶穂は、団長が好きなの?」

「ごほっ」

 不意打ちを食らい、晶穂は咳き込んだ。ジュースを口に入れた直後だったことも災いする。うまく吐き出すことは避けられたが、ごほごほと苦しげに咳を繰り返す晶穂に、サラはハンカチを手渡した。

「だ、大丈夫?」

「だいじょうぶ……。びっくりしただけ」

 深呼吸を何度かしてようやく落ち着いた晶穂は、は~と長く息を吐いた。

「そんなに驚かなくてもいいのに。仲良さげだったから、そうなのかなって。違うの?」

「違うも何も。先輩とは最近会ったばっかりだし、まともに喋ったのも昨日が初めてなんだよ?」

 よく知りもしない人を好きになったりしない。そう言って頬を膨らませる晶穂に、サラはオーバーリアクションで応じた。

「そっか~、残念! でも一目惚れってのもあるよ? 晶穂が気付いてないだけかも?」

「全っ然違うから! ……それより、サラの恋バナ聞いてみたいな」

「え~っ。あたしの聞いちゃう?」

 反撃と思って晶穂はサラの恋について話すよう迫ったが、サラにとっては反撃でも何でもなかったらしい。気前よく、自分のことを話し始めた。どうやらお相手は銀の華のメンバーらしく、今度紹介すると約束までしてくれた。

 実は初恋すら未経験の晶穂にとって、サラの恋バナは新鮮で、恥ずかしくなるものだった。


 日が西に傾く。こちらの世界でも、地上を照らすのは太陽らしい。晶穂が腕時計を見ると、午後四時前を示していた。そろそろ戻らなければ、アルバイト初日に遅刻してしまう。

「ごめん、サラ。わたし帰ってバイトに行かなきゃ」

「そっか……。でも、また一人になったら狩人に狙われない?」

「そう言われると心許ないけど……。連日襲ってはこないんじゃないかな?」

「そうかもしれないけど」

 不安げに引き留めるサラに笑顔で「大丈夫だよ」と言い聞かせ、晶穂は彼女にリドアスへの案内を頼んだ。

「わかった。せめてここの支払いはあたし持ちでね。ま、晶穂はここの通貨持ってないから当然だけど」

「そうだね……。ありがとう、サラ」

 今度はわたしがご馳走する。サラにそう約束し、晶穂は彼女と共にリドアスへと戻った。

 街道を歩いて行くと建物が減っていき、草木が増える。晶穂は、リドアスで昨日ユーギに教えられた扉を使って自宅に戻った。サラの言う通り狩人に襲われる危険はあったが、それを恐れてアルバイトに出なければ生活が立ち行かない。施設から補助金が期間限定で送られてくることにはなっているが、いずれにしろ学生生活を送りながら働かなくては無理だ。

「今日は、昨日みたいに狩人に会いませんように」

 お気に入りのボストンバッグにスマートフォンと筆記用具などを入れ、神頼みをしながらマンションを出た。アルバイト先へは徒歩で向かう。二十分ほどで着くファミリーレストランだ。

 無事にレストランに到着し、バックヤードで支配人に挨拶をした。それから晶穂にあてがわれたロッカーに荷物を入れ、制服に着替えて、先輩についてもらいながらも初めての接客に挑んだ。高校時代には施設の幼稚園で手伝いをしてお小遣い稼ぎをしていたが、外部で働くのは初経験だ。

 アルバイト初日を何とかこなし、晶穂は午後八時過ぎにレストランを出た。

「疲れた……」

 うーんと伸びをしつつ帰路を急ぐ。昨日のように襲われてはたまらない。晶穂は足取りを徐々に速め、最後はほとんど走るようにして自宅の鍵を閉めた。そこでほっと息をつく。

 バッグを床に置き、そのままシャワーを浴びた。部屋着に着替えて座椅子に座り込む。テレビをつけ、遅い食事を準備した。今夜は別れ際にサラから手渡された弁当箱をレンジで温める。

「いただきます」

 サラの気遣いに感謝して、晶穂は一人箸を取った。




 同じ頃ソディールでは、リンを中心として銀の華の幹部が集まって会議を開いていた。……と言えば聞こえはいいが、リンとジェイス、そして克臣の三人しかいない。

 彼らの真ん中にはソディールの地図が広げられている。幾つかのバツ印が赤いペンでつけられている。北の大地にそれは多かった。

「これらの印は、狩人が制圧したと考えられる村や町だ。これらの場所の住人は人間が多い。ほぼ狩人所属と見て間違いないだろうね」

 ジェイスの言葉に頷き、リンは北の大陸の中央部を指差した。

「この辺りに猫人が多く住む地域があったと思うんですけど、どうなってますか?」

「確かに、その中だな。だが今は住人はいない。狩人を恐れて移り住んだり、逆に狩人に加入したやつもいると聞いてるぞ」

 克臣が遠方調査員から書類を見ながら答える。

 リンはしばし考え込む。自分たちが守りたい対象は多すぎて、手が足りない。どうにかして助けたいと願うが、手は届かないのだ。

「調査員たちはどうしていますか?」

「サディアを中心とした班が北に向かってるよ。出来る限り味方と情報を集めてくると意気込んでたけれど、危なくなったら迷わず逃げてほしいと釘は刺してる」

「助かります、ジェイスさん」

 リンの言葉に、ジェイスは頷いた。

 ジェイスと克臣は、リンが銀の華の団長となる前からいる古株だ。リンの父が狩人に殺された時、復讐に燃える彼を正気に戻したのもこの二人だった。

 リンは幼い頃、父が組織の長であるとは知らずにいた。初めて知ったのは、父の葬式の席。たくさんの人々が、父に世話になったと涙を流していた。

 それからジェイスと克臣たちにしごかれ、どうにか二代目団長として皆をまとめている。だから、リンは二人を兄貴分と慕い、頭が上がらないのだ。

 調査員たちの新たな報告を待つことと、狩人への警戒を怠らないことを議決し、散会した。晶穂を攫おうとした狩人の件も二人には報告済みだが、新たに動きがなければ動けない。

 リンが会議室を最後に出ると、サラが廊下にいた。

「どうした、サラ」

「晶穂は、バイトがあるからって帰りましたよ」

「……ああ、わかった」

 さっさと自分の前を通り抜けていくリンを見送り、サラは彼の雰囲気が少しだけかわったことに気が付いた。安堵と緊張とが混ざったような空気。

(ほら、あたしの勘通り)

 そう忍び笑ったサラは、鼻歌を歌いながら自室に引き上げた。

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