第4話 新たな人との出逢い

 翌朝晶穂あきほが目覚めると、丁度ユーギが戸を叩いた。起きたのなら、一緒に朝食を食べないかと誘いに来てくれたのだ。

「ありがとう。……そういえば、せん……団長さんは?」

「団長は朝早く出ちゃったみたいです。大学に行けば会えると思います」

「そっか……」

「ほら。行きましょう!」

 ユーギに手を引かれ、晶穂は食堂にやって来た。

 食堂には長いテーブルが三台置かれ、十脚ほどの椅子が向かい合わせに並べられている。そしてそれぞれの椅子に、様々な容姿の人々が座っていた。軽く見ただけでも、獣人と吸血鬼、人間が入り雑じって食事とお喋りを楽しんでいることがわかる。

「この食堂は、団員以外にも開放されてるんですよ」

 ユーギは騒がしさに目を見張る晶穂を入口に待たせると、注文口に向かった。彼が朝食の注文をしている間、晶穂は改めて食堂内を見渡した。ユーギのような犬や狼の耳を持つ人、猫の尻尾を揺らす人、またリンのように黒い翼を持つ人など、多種多様な人々が仲良く語らっている。

「お待たせしました! 行きましょう。紹介したい人たちもいますし」

「あ、ありがとう」

 おいしそうな湯気を上げる白米と鯖らしき魚の塩焼き、そして味噌汁に和え物と純和風の皿が置かれたトレイを晶穂に渡し、ユーギは彼女の手を引いてテーブルの一つに向かった。

 そこには既に三人が食事をしており、ユーギたちに気が付くと一人がこちらに手を振った。

「遅かったな、ユーギ。……そっちの子が、昨日リンが言ってた?」

「そう、あきほさんっていうんだ」

「あっ、三咲みさき晶穂です。宜しくお願いします……!」

 ユーギに紹介され、慌てて頭を下げた晶穂を微笑ましく見守り、三人がそれぞれ自己紹介をしてくれた。最初に、ユーギに手を振った男性が笑顔で口を開いた。

「俺は園田克臣そのだかつおみ。きみと同じ日本人で、文房具の会社で働いてる」

 克臣は、傍に置いたビジネスバッグを指差した。黒の短髪に焦げ茶色の瞳を持つ、純日本人という容姿だ。鍛えているのか、程よく筋肉のついた体つきが頼もしい。

 彼の隣に座っていた、肩まで伸びた茜色の髪が特徴的な猫耳娘が手を挙げる。

「あたし、サラ・エンジュ。見ての通り、猫と人の血が混じってるの」

 そう言って、黒い尻尾を揺らしてみせた。青く大きな目が印象的だ。

「わたしはジェイス。リンと同じく吸血鬼と呼ばれる種族なんだ。宜しくね、晶穂」

 そう言って黄色い目を細め微笑んだのは、克臣の真向かいに座っていた男性だ。男性にしては少し長めの黒髪をうなじで束ねている。克臣とは正反対に、物静かな雰囲気を漂わせる。

 晶穂は「お願いします……」と頭を下げて応えた。紹介が終わり、ユーギはお茶を一口飲んで笑った。

「三人はぼくの友達で、同じ銀の華の団員です」

「おい、ユーギ。俺はお前の先輩だろ? せ・ん・ぱ・い!」

「痛い痛いっ。耳を引っ張らないでよ、克臣さん!」

「大人げないよ。わたしと同い年のくせに」

「うるさいな、ジェイス。これは先輩による指導だ」

「それが大人げないんだよ」

 ユーギのこめかみを拳でぐりぐりと押し始めた克臣の舌鋒を切って捨て、ジェイスは無理矢理克臣をユーギから離れさせた。仲の良い兄弟のようなじゃれあいだ。

 そんなやり取りに呆気にとられる晶穂に、サラは「気にしないでね」と苦笑気味に言った。

「あの人たち、いつもあんな漫才やってるんだ。十歳のユーギは良いとして、あの子に突っ掛かる克臣さんとそれをなだめるジェイスさんは二十三歳なのにね」

「……仲が良いんですね」

 うらやましいです、と複雑に微笑む晶穂に、サラは言う。

「ちなみにあたしは十九。あなたは大学一年生なら十八?」

「そうです」

「じゃあ、一つしか変わらないね。晶穂って呼んでも良い? あたしのことはサラって呼んで」

「はい、サラ」

「敬語は禁止!」

 びしりと指を差され、晶穂は目を瞬かせた。

「は……うん」

「照れてる。かわい~」

「かっ……」

 顔を赤くして下を向く晶穂を突っつき、サラは日本のことを教えてほしいとせがんだ。晶穂が質問に答える形で喋ると、反対にサラもソディールのことについて教えてくれる。いつの間にか、二人は話に華を咲かせていた。

 楽しい朝食を終えてサラたち三人と別れた晶穂とユーギ。二人は、大学の講義開始時間が迫っているということで玄関ホールにやって来た。

「帰り方、わからないと思うので……。この扉を使ってください」

「扉?」

「昨日リン団長も、別の場所にある扉を使ってこちらに戻ってきたんですよ。何処かを開ける音、聞きませんでした?」

「……そういえば、聞いたような気もする」

 実際、リンは晶穂を助け出した後、近くの空き家の扉をソディールにつなげて帰ってきたのだ。晶穂は必死に目を閉じていて、きちんとは覚えていないが。

 ユーギに示されたのは、玄関の端にある木の扉だ。彼曰く、この建物─リドアス─で唯一直接日本につながる扉だとか。

「この扉を開ける時、行きたい場所をイメージしてください。そこに出られますから」

「わかった。ありがとね、ユーギくん」

「はい。朝なので心配はないでしょうけど、十分に気をつけて。いつでも来てください!」

 ユーギの笑顔に見送られ、晶穂はドアノブに手を掛けた。一呼吸おき、目的地を声に出す。

「わたしの部屋に」

 扉を開けると、真っ白な光に包まれた。


 晶穂が目を開けると、そこは見慣れてきた彼女の部屋の中だった。開けっぱなしの段ボール箱が幾つか積まれている。

「……ほんとに着いた」

 今までの全てが夢であったかのようだ。

 晶穂は床に座り込み、手近にあった花形のクッションを抱えて顔を埋めた。

「なんなの……?」

 まだ朝七時過ぎ。晶穂は服を着替えて鞄の中身を確認し、八時前に部屋を出た。

 大学で講義を受けていても、教授の声は耳を素通りしていく。

「晶穂っ」

美里みさと……」

 昼休みを告げる鐘が鳴り、晶穂のいた講義室に美里が顔を出した。

「一緒にご飯食べに行こうよ! 聞いてもらいたい愚痴もあるし」

「愚痴? うん、いいよ」

 晶穂は文学概論用ノートを鞄に仕舞い、美里について学食へ向かった。美里はご飯とハンバーグを頼み、晶穂はケチャップオムライスを受けとる。

 ガタン、と勢い良く椅子に座った美里の眉間にしわを見つけ、「どうしたの?」と晶穂は尋ねた。すると待ってましたと言わんばかりに、美里は晶穂に顔を近付ける。

「聞いてよ、晶穂! 仕事先の上司にこっぴどく怒られてさ」

「た……大変だったね」

 アルバイト先のことらしい。晶穂は美里の勢いに頬をひくつかせてねぎらい、長くなりそうな美里の愚痴に耳を傾けた。美里はハンバーグに付け合わされたキャベツの千切りに何もかけず、箸を突っ込み口に運んでいく。

「あの人、二人でやった失敗なのに、全部私のせいにして上に報告したんだよ? ほんっとに信じられない! あんなやつ、一人で大失敗して上司に雷落とされればいいんだ」

「どうどう。落ち着いて……」

「晶穂、私、闘牛じゃないんだけど」

「他にいい掛け声が見つからなくて」

 ごめん、と笑う晶穂にうろんげな目を向けた美里だったが、一応友人の言葉を信じたようで、気を取り直してハンバーグを口に入れた。

 晶穂もオムライスを一匙掬い、口に運ぼうとした。しかし一つ気になったことがあり、口に出してみた。

「そういえば、前にもアルバイトしてるって言ってたよね? どんなお仕事なの?」

「え? えっと……」

 何故か焦り出した美里だったが、コホンと一つ咳払いをした。

「私がしてるのは、会社の事務処理みたいなこと。さっき言った失敗もこれ関係なんだ」

「そう、なんだ?」

 美里の話に若干の違和感を持ったが、晶穂はあえてそれを追求しようとはしなかった。それから話は晶穂のアルバイトの話に移り、美里は合格を聞くと祝してくれた。

「よかったね、晶穂。生活費稼げるじゃん」

「うん、ほっとしたよ」

 まさかその帰り道にとんでもない経験をしたなどと言えるはずもない。夕方の三時間だけやるのだと報告すると、晶穂は美里に頑張ってねと応援された。

 その時、晶穂は何処からか自分を見ている視線を感じた。きょろきょろ見るわけにもいかず、ちらりとその方向を見ると、美里の後方を通り過ぎる男子学生の姿があった。彼と目が合うと、相手は早足にその場を立ち去る。手に持っていたトレイには、空の皿以外何も乗っていなかった。

(追いかけなきゃ……)

 晶穂は急いでオムライスを食べ終えると、驚く美里に用事を思い出したから先に行く、と伝えた。

「わかった。またね」

「うん、ごめんね!」

 慌ただしく食堂を出る晶穂を見送り、彼女が誰を追っているのか気付いたほんの一瞬、美里の顔つきがわずかに変化した。その表情は長い髪に隠され、周囲の学生は誰一人として気付かなかった。

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