第8話這い寄る死神(4)

エドワードたちが乗ったマグネカートのヘッドライトを合図にしたように、そのマグネカートはスッと大陸造成工事現場のゲートをくぐっていった。クレオを連れ去った男たちのカートだ。


「ほうほう 若い娘っ子が尻っぺた振って誘っておるようじゃわい 」


爺さんはカカと笑いながらエドワードに話しかける。


「そうさな こんな場所だ そうそう逃げ込める場所なんかねえ 儂らを巻こうっていうより誘いこもうという腹じゃな」


「爺様 ここでカートを止めて帰りを待ってくんねぇ」


爺さんはエドワードの声が聞こえなかったようにカートのスピードを緩めない。


「うんにゃ そうはいかねえさね、儂は長いこと生きてきたが、こんな面白そうなことにはそうそう出会わないもんじゃて 奴らがカートを止めるとこまでやらせてくれんかね」


ハンドルを握りながら爺様は何か値踏みするような眼でエドワードをチラリと見た。


「マスターエドワード 私がこのご老人をつまみだしましょうか?」


ハンマーが超指向性の声でエドワードの耳にささやきかける。エドワードは仕方がないと肩をすくめ、ハンマーにこのままいこうと無言で伝えた。

水星は太陽系の中で一番太陽に近い惑星である。そのため夜といっても真っ暗ではなく、街灯がなくても地球でいう新月くらいの明るさである。クレオが乗ったマグネカートは磁力の反発で巻き起こる砂煙を巻き上げながらただまっすぐ進み、丘状に盛り上がった砂の山をぐるっと右に曲がっていく。爺さんはそれに追いつこうとグイっとアクセルを踏み込む。そして、砂の山にさしかかりハンドルを右に切ったとき、目の前にマグネカートをみつけてあわててブレーキを踏み込んだ。カートの扉は開いたまま。中は無人のようだ。爺さんはマグネカートをゆっくりバックさせ少し離れたところに止める。


「ハンマー 周りを熱源走査できるか?」


ハンマーの人工眼のあたりで何かが切り替わるカチリという音がし眼がオレンジ色を帯びはじめる。


「マスターエドワード あそこに一人倒れていますぜ。体温分布からして火星人。おそらくクレオじゃねえかと」


エドワードはうなずくと、ハンマーが指す方向に歩き始める。


「それに周りに10人ほど。いまかいまかと息を潜めてまさぁ」


ハンマーが”念のため”という体で超指向音声でエドワードに囁く。エドワードが分かったとチラと振り返ると、興奮を抑えきれないように両肩をグルリグルリと正転と逆回転を繰り返すハンマーが見える。エドワードは爺様にマグネカートの中で待つよう声をかけようとして、自分のすぐ後ろにヒョイヒョイと達者な足取りで尾いてくる爺さんに気づいた。どうやらこのご老人も高見の見物は性に合わないようだ。エドワードの顔に笑みが浮かぶ。

仰向けに倒れている男はやはりクレオだった。エドワードはゆっくりとクレオの体を引き起こす。


「おい クレオ しっかりしろ」


クレオの瞼が少し反応するようにピクリ動いたが意識は戻らない。ゆっくりと安定した息をしていることから大きな怪我はしていないようだ。エドワードが用心しながらクレオを肩に担ぐ、と、その時、砂の中から何かが勢いよく飛び出し、エドワードの頭上を飛び越え後ろにいた爺様にとびかかる。エドワードが素早く振り返ると、羽交い絞めにされ首に銃のようなものを突き付けられた爺さんが目に入る。銃を突き付けているのは金星人、そのなかでも赤道直下の砂漠地帯に住むサンドマンだ。サンドマンは砂に身を隠すのが得意中の得意だ。さすがのハンマーでも緊急熱源走査では見逃してしまったのだろう。


「うごくんじゃねえ」


金星特有の訛りのあるソル標準語だ。その声を合図にしたように身を潜めていた男たちがゾロゾロと姿を現し、エドワードたちを取り囲む。


「おやおや こんな時間まで残業たぁ恐れ入ったよ」


エドワードはゆっくりと周囲を見渡す。サンドマンを含めてその数ざっと13人。サンドマンは長い舌を伸ばし顔の上に残った砂粒を丁寧に払い落しエドワードをジロリとねめる。


「余計なことに首を突っ込んだみたいだな兄さん方。幸いここは墓穴には困らねえ場所だ。腹が膨れて臭くなっても誰も気づかねえくらい深いところに懇ろに葬ってやるから安心しな」


その慣れた口上から察するに、この連中は何回も同じようことを繰り返してきたのだろう。エドワードの脚力であればサンドマンに飛びつき腕をねじり上げるのたやすい。だが、サンドマンの腕力は尋常ではない。爺さんの首など一瞬にへし折ってしまうだろう。エドワードはどうしたものかと考えを巡らせる。と、突然、サンドマンが手にした銃のようなものが火を噴いた。銃口の先から放たれた一条の光がエドワードたちが乗ってきたマグネカートのボンネットに吸い込まれ赤紫の火花が吹き上がる。そしてボンという音とともにマグネエンジンが止まった。


「こいつぁただの溶接原子トーチじゃねえんだ。さあ、あの砂の丘のてっぺんのところまで歩け」


サンドマンはイライラした様子で原子トーチの筒口でエドワードたちに歩くよう促す。普通ならガクガクと震えながら命乞いをするはずなのに表情ひとつ変えないエドワードにサンドマンは少し不安を感じ始めたのであろう。エドワードがチラリとハンマーを横目で盗み見ると、タイミングを見計らってハンマーが飛びかかろうとしているのが分かった。エドワードは微かに顔を左右に振りハンマーを制する。


「おい、そこのデカブツの文鎮野郎!動くなよ。無意味に傷つけたくねえからな。あとでスクラップにして売り飛ばさなきゃならん」


エドワード達を取り囲む男たちの下衆な笑い声の中で、ハンマーの中のモーター音がほんの一瞬甲高くなり止むのがエドワードには分かった。これはそうとう腹が立っているようだ。この連中の命の心配もせにゃならん。エドワードの悩みの種がまたひとつ増えた。

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宇宙幽霊船の謎 シュトルツ @packykobayashi

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