第7話 這い寄る死神(3)

エドワードがサッと目を走らせるとハンマーを取り囲もうとする男たちの姿が目に入った。男たちは手に手に工事用のマグネソーや油圧ツルハシ、マグネハンマーを持ち血走った眼をしている。その男たちの中でもとりわけ肩を怒らせ、怒りで顔を赤紫に染めた土星人は先ほどハンマーが店先でお休みいただいた用心棒だ。どうやらエドワードが予測していたよりも男のお頭(オツム)は頑丈だったらしい。

ここが地球のサンアントニオであれば、ものの3分でアトムガンで武装した警官が駆け付け、男たちを片端から取り押さえるところだが、ここは労働者たちが毎夜集う安酒場。店の客たちは酒と女、そのうえ揉め事荒事が大の好物ときている。客たちは用心棒の一群と、その向かう先にいる物言わぬロボットを遠巻きに眺めながら、これから起こるであろう暴力沙汰に胸躍らせ、興奮と歓喜で目をテラテラと光らせている。


「用心棒の男に、土星人が2人。木星人が1人。それに火星人が1人。全部で5人か」


エドワードは男たちの数をゆっくり数えながら、パトカーのサイレンでも聞こえてこないかともう一度耳をそばだててみたが案の定その気配は全くない。「騒ぎが起きたらそれが合図だ」とエドワードは言ったが、自分ではなくハンマーが騒ぎの火付け役になるとは思ってもみなかった。やれやれと頭をかすかに振りながらエドワードはどうしたものかと思案する。


「おい!このブリキ野郎!覚悟しやがれ!」


用心棒の男の声を合図に、周りの男たちも一斉に手にした得物を振り下ろす。頭に腹に足に肩と男たちは所かまわずハンマーの全身を打ち据えるが、ハンマーはビクともしない。工事用の得物とはいえ、ハンマーの体はそんなヤワな代物では傷ひとつつかない。鈍い音とともに得物がはじき返されるばかりだ。もしハンマーに擦り傷のひとつでもつけたいのであれば、せめて木星のアイアンニウム鋼のものくらいを用意する必要があるだろう。エドワードはまだ大丈夫と踏み、クレオの方に体をむけようとすると、ハンマーの声がエドワードの耳に届いた。


「マスター マスター エドワード」


ハンマーの声はいつもと同じ調子に聞こえたが、暴れたくてムズムズしているのがエドワードには分かった。

「ハンマー もう少しじっとしてくれ。ようやく だんまり口が開きかけてるところなんだ」エドワードは目線だけをハンマーに戻すと小さくささやいた。

一瞬の間が空いた後、目立たぬようにと光を落としていたハンマーの人工眼がつかの間瞬き、そして再び暗くなった。用心棒たちはギョッして身構えたが、ハンマーが動かないとみるや、少しでも怯んでしまった自分に腹を立てたのか前にも増して激しく得物を振り下ろし始める。鋼と鋼が奏でる金属音が店全体を揺らすほど鳴り響き始めると、年に一度街にやってくる移動遊園地のメロディに誘われる子供たちのように、酔客たちがゾロゾロとハンマーと用心棒たちの周りに集まり幾重にも取り囲み始める。


「俺ぁ このロボット野郎が10分以内にクズ鉄になるほうに100ソルクレジットだ!」


「乗った!俺は10分以上もつほうに50だ!けっぱれ!クズ鉄野郎!!」


興奮を抑えきれなくなった酔客たちの声がはじけ飛び、男たちの頭と頭の間からクシャクシャの札やコインをつかんだ手が、虫を求めて宙に体をよじらせる金星の食虫花のようにニョキニョキと突き出される。用心棒たちが腕を振り下ろすたびに生みだされる金属のぶつかり合う音と火花は、客たちの興奮に応えるようにより大きく、より激しさを増していく。


「さあさあ!張った張った!ここで張らねば男がたたねえぜ!」


最初はオロオロして様子を見ていた店主も、ここは稼ぎ時とばかりに客と客の間を縫うように甲斐甲斐しく駆け回り金を集めはカウンターの手提げ金庫に金を入れ、再び客の体と体の間に身をねじり入れ消えていく。するとエドワードの目の前でカクテルを作る土星人のバーテンダーは空いているもう一対の手でさっと金庫から手つきで札を2・3枚ほどひょいとつまむと自分のポケットに慣れた手つきで刺し入れる。バーテンはエドワードの目線に気付くと金星ビールをグラスに並々と注ぐと、芝居がかった仕草でエドワードの目の前にグラスをコンと置いた。


「さあ、いよいよ本丸だ」エドワードはニコリと笑い一口グッとあおってからバーテンを目で追い払い、ビールが胃の中で心地よくはじけるのを感じながらクレオに向き直り話を促す。


「おれぁ おれぁ 炭鉱掘りだったんだ。小惑星から小惑星、デッカイやつから小さいやつ、金星のゴレモン山脈、冥王星の極点、土星の輪っか、いい鉱石(いし)が出るってきけば太陽系中のどこへでも行ったもんだ。珍しいとこじゃソル(太陽系)を通り過ぎる彗星にだっていったんだ。マスティ、モンゴー、ムールカウ、ペノ、ヤンガティ、ポント・プック、ジャール、俺ぁ片時だってあいつらを忘れたこたぁねえ。いい奴らだった。いい奴らだったよ。俺が、あんなくそ野郎の話にさえ俺が乗らなきゃ あんなこと・・・・」


クレオはそこまで言うと目の前に酒の残りを飲み干し、口の中でモゴモゴと同じ言葉を繰り返した。


「クレオ 話してくれ。あんな話とは? 誰が持ち掛けてきたんだ?」


エドワードは一言一言をかみ砕くようにクレオにゆっくり語り掛けると彼の目をジッと覗き込む。


「・・・・兄弟」


「誰だ?」


「エルダー エルダー兄弟さ!」


クレオがその名を口にした瞬間、今までとは違う鈍く重い音が店の奥から鳴り響いた。エドワードはその音が何の音なのか重々分かっているので、今は無視することにする。しかし、いくら頑丈なハンマーでもそろそろ限界かもしれない。


「そいつらは今はどこにいるんだ?」


「その名で探しても、このソル(太陽系)中探したってどこにもいやしねえ。今じゃルパートと名を変えて左うちわのクソ野郎さ!」


ズドーン!


店の安ガラスがブルッと一瞬震えるほどの音。今度はさすがに無視できずハンマーに目を走らせると、ちょうど用心棒の男が大きくジャンプして全体重をかけて油圧ツルハシをハンマーの頭に振り下ろすところだった。今度も傷こそつかなかったがこの一撃はハンマーの体をグラリとさせるくらいの威力があった。ハンマーは倒れそうになるのを踏みとどまろうとしたが、エドワードの命令を思い出すと電子頭脳の中で舌打ちしながら自分の体が床に倒れこむにまかせた。


ドドォーン!!


先ほどの音のさらに数倍、冥王の深海クジラが厚い氷を破って宙に躍り出る時のような大轟音。


ウォーーーーー!


男たちはようやくハンマーを痛めつけたことに喜びの声を上げ、床に横たわったハンマーの体のいたるところを乱打し始めた。用心棒は肩で息をしながら、その様子を満足気に眺めた後、ハンマーの両脇に両足を入れて仁王立ちし、ハンマーの人工眼にツルハシの狙いを定める。が、突然何かを思い出したように店の客たちを見渡し始めた。エドワードは悪い予感がして目を逸らそうとしたが1秒遅かった。用心棒が血走った目で叫ぶ。


「おい!あの野郎だ!このポンコツに命令しやがった奴は!」


殺意を目に宿した男たちの目線がエドワードに集まり、酔客を突き飛ばしながらエドワード目掛けて突き進んでくる。用心棒はハンマーに目を戻すと「あんなやせっぽちはあいつらだけで十分」という態で、とどめの一撃をハンマーの眼に目掛けて打ち下ろした。人工眼の金属ガラスが砕け散り、ツルハシの先端がめり込む感覚を頭の中で思い描きながら用心棒は舌なめずりした。しかし、その期待はカチン!という軽い金属音で断ち切られた。用心棒はツルハシを引き戻そうとするがピクリとも動かない。ロボットは相変わらずジッと動かない。しかし、微かに、そして確実に目の前のロボットの体の中から猛烈なスピードで回転するモーター音がするのに気付いた。そしてツルハシの先端を摘まんだ太い鋼鉄の指とランランと光る人工眼に。


ギ ギギギギギギ


剛性レベル5の油圧ツルハシがゆっくりと曲がり、ゆっくり押し戻されていくいく。用心棒はそれを信じられない様子でただみつめることしかできない。普通のロボットは人間を傷つけることはしない。このロボットはちょっと風変わりだが、一緒にいた男に命令されたからあんな行動をとったのだろうと用心棒は思い込んでいた。しかし、こいつは違う。魔法にかかったように動かなくなった用心棒と、誰の命令も受けずに人間に反抗するロボットに店内の興奮は頂点に達した。

エドワードはハンマーがついに限界にきたことがわかった。そう、体ではなく我慢の限界というやつが。こうなっては仕方がない。エドワードは腹を決めた。


「ハンマー!」


「合点承知!(訳者注:原本ではYes Master! )」


ハンマーはつかんだ油圧ツルハシを砕き折ると起き上がりざま用心棒の額を軽く打つ。しかし、今回はさっきのよりもやや強めだ。用心棒の頭が勢いよく後ろに反り返り、ズドンと頭から床に派手に倒れこむ。ハンマーはそれをみることなくエドワードを助けに向かおうとするが、興奮して押し寄せる酔客が邪魔で通れない。ぶん殴るわけにもいかず、ハンマーは素早く酔客たちの波に両腕を差し入れると水泳の平泳ぎのようにグイとばかりに左右に腕を開いた。すると、人の波が左右に分かれ太古の伝説のように通り道が一瞬に出来上がった。ハンマーは手加減したつもりだったが、それは激しかった。酔客たちは酔いが回って痛みに鈍くなっているからだろう、ケラケラと笑いながら壁にたたきつけられた。ハンマーをその動作を繰り返し道を作りながら進む。ひどく時間がかかったように思えるが、かかった時間はほんの4.5秒ほどだ。ハンマーがエドワードの元に着いた時は、ちょうどエドワードが最後の一人を床に伸したところだった。「やれやれ」とエドワードが床に横たわる連中をきれいにならべようとした時、ハンマーが叫んだ。


「マスター!クレオがいませんぜ!」


目を向けるとさっきまでカウンターでユラユラしていたクレオがいない。しかし、カウンターの先、裏口のあたりでクレオが4人の男たちにかかえられて連れ去られようとしているのが見える。


「ハンマー!」


「はい マスター!」


ハンマーであれば、軽く一飛びでたどり着ける距離だったが、今や店中が殴りあったり酒を掛け合ったりする客たちで笑いと混乱の渦。殴り飛ばさないかぎり前へは進めない。どうしたものかと瞬時迷っているうちにクレオと男たちは裏口の奥へ消えていく。エドワードとハンマーがあわてて裏口から外へ出ると、ちょうど一台のマグネカートが工事現場の方角に走り出したところだ。


「ハンマー!」


「へい!」


ハンマーがどこからかマグネカートを拝借しようと人工眼で360度見回すと、一台のカートが二人を待っていたようにやって来るのがみえた。


「おい 兄さんがた!」


ハンマーが身構える。エドワードが運転席を見ると、昼間に助けた爺さんがニコニコしながらエドワードたちを見ている。


「儂はこうみえて鼻が利くほうなんだ。昼の礼だ。さあ、乗んな」


「ありがたい!」


エドワードが助手席に乗り込んだが、このカートはハンマーには小さすぎる。エドワードがそう思ったとき、カートのルーフがバリバリともぎ取られた。爺さんが突然のことに驚いていると、カートがグッと後ろのほうに沈みこみ後ろの座席から声がした。


「さあ マスター 急ぎましょう!」


後部座席に乗り込んだハンマーが何事もなかったような調子で言った。エドワードが爺さんの顔をすまなそうにチラリと見ると、爺さんはカカと笑いカートをドライブに入れた。

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