第12話 寂しくないよ


 その後、声を聞きつけた白雪と雷門に発見された美琴は、後から来た大人達に保護される事になる。

 人骨を抱き締めて泣いている美琴を見た二人はぎょっとしていたが、それでも美琴を宥めて真剣に今までの経緯を聞いてくれた。

 やはりその内容には驚いていたものの、美琴の話を信じてくれた白雪と雷門は嫌な顔一つせずに晴人の骨を拾ってくれたのだ。

 その時に、晴人が言っていた大事な友達というのは、この二人のことなのだろうと美琴は思った。

 何故美琴が山の中にいるとわかったのかというと、山へ続いている道の脇に美琴の鞄が落ちていたのを白雪が見つけたからだ。

 美琴は自分が鞄を持っていない事に、言われてからようやく気付いた。晴人を探す事に必死で、そこまで気が回らなかったのだ。

 山へ入ったのであれば自分達二人では人手が足りないと、白雪と雷門は大人達に声をかけて皆で山の中を探した。

 そんな大事になっているとは知らなかった美琴は、恥ずかしさで顔が赤くなる。

 そして、二人が必死になって自分を探してくれたのだと聞いて、一つ不思議に思った。

 二人とまともに話したのは今朝が初めてなのだ。親兄弟ならまだわかるが、何故自分のために全身汗だくになるまで探し回ってくれたのかが純粋に疑問だった。

「どうして私なんかのためにそこまでしてくれるの?」

「……お前、それ本気で言ってるのか」

「だとしたら相当鈍いな君は。そんなの決まってるだろ、なぁめぐみ?」

「ああ、そうだな」

 意味ありげにアイコンタクトを交わす白雪と雷門を戸惑いながら交互に見つめると、突然がばっと肩を組まれて美琴は驚いた。

 横を向けば、にやりと悪戯っぽく笑う白雪と目が合う。その隣を歩く雷門も小さく微笑んでいた。

「俺達はもう友達だ。その友達を助ける事に理由なんていらないだろ?」

「そうだ。今後は何かあれば俺達を頼れ。お前はなんでもかんでも一人で我慢しすぎだ」

「……そんな事はないと思うんだけど」

「おいおい、自覚がないのかよ……今まで誰かに指摘された事はなかったのか?」

 白雪にそう問われた美琴の頭の中に、晴人の言葉が蘇った。

『君は昔から一人で我慢する癖があるからね』

 もっと自分を頼って欲しいと記憶の中の晴人が困ったように笑う。

 十年前に出会ったあの時から、晴人はずっと美琴を支えてくれていた。

 山の中で遭難していた時も、両親を亡くして落ち込んでいた時も、そして悪霊となった哀れな少女に殺されそうになっていた時も。美琴を救ってくれたのは晴人だった。

 晴人を守ると決めたのは自分なのに、結局守られていたのは美琴のほうだったのだ。

 せめて晴人の願いだけは自分の手で叶えてあげたかった。それしか自分が晴人にしてあげられる事はないと思ったから。

 晴人と初めて会った時にも先程の雷門と似たような事を言われたような気がして、美琴は遠い記憶を呼び覚ます。

「そういえば……小さい頃、困っている時はちゃんと言わなきゃダメだって晴人に言われた事があるかな」

「へぇ、晴人ってのは雨宮を救ってくれた恩人のことだったよな。俺も会ってみたかったなぁ」

「……いや、待て。ということはお前、小さい頃からずっと我慢する癖が直っていないのか」

 雷門に言われて、美琴は少し考えた。

 思い返せば、物心ついた頃から周りの人間に負担はかけまいと何か困った事があっても誰にも言わず、一人で解決してきた気がする。

 両親は共働きだったし、常に忙しそうだったから少しでも両親の負担になりたくなかったのだ。

 もちろん今も、祖父母や友人に出来るだけ心配はかけたくないと思っている。そう二人に伝えたが、返ってきたのは盛大な溜め息だった。

 美琴は素直に答えたつもりだったが、自分は何か間違えたのだろうかと首を傾げる。

「雨宮、いいか? 君が我慢すればするほど周りの人間は心配になるんだぞ?」

「そうだ。はっきり言ってお前がやっていることは逆効果でしかない」

「……そうなの?」

 至極不思議そうな顔をする美琴に、白雪と雷門は頭を抱えた。「おい……コイツわかってないぞ」と眉間に皺を寄せた雷門は、白雪になんとかしろと視線で訴える。

 その雷門の無言の訴えに、白雪は腕を組んで唸りながら考えた。そして、ある一つの考えを思いついた白雪は、「閃いた!」と声を上げる。

 訳がわからず呆ける美琴と、嫌な予感がすると言って苦い顔をしている雷門の二人に白雪は声高らかに宣言した。

「決めたぞ! これから俺は毎日お前達を構い倒す!」

「え……?」

「……おい、なんで俺まで入ってるんだ」

「俺が構いたいからだ!」

 心底うんざりした様子の雷門に、白雪は決め顔で親指を立てた。

 既に日々構い倒されてうんざりしている雷門は、我慢の限界だと眉間に皺を寄せて白雪を追いかける。追ってくる弟分から白雪は愉しげに逃げ回った。

 二人の攻防が繰り広げられている隣で、先程の話と自分を構う事に何の繋がりがあるのか理解できない美琴は、その意味を考えていた。しかし、いくら考えても全くわからない。

 まだ攻防戦の最中だったが、今日一日でだいぶこの二人の言動に慣れてきた美琴は、雷門に関節技を決められている白雪に直接聞いてみた。慣れとは恐ろしいものである。

「要は、雨宮に我慢する暇を与えなければいいんだろう? 更に、隠し事が出来ないくらい仲良くなればオールオッケーだ。何も問題ない。まさに一石二鳥だな」

「何故お前はそんなにも短絡的なんだ……」

「天才と呼んでくれてもいいぞ」

「いやどう考えてもお前は馬鹿だろ」

 呆れ顔の雷門と、したり顔の白雪の会話に、とうとう美琴は吹き出した。二人の会話が面白くて笑いを堪えきれなかったのだ。

 それから、白雪と雷門が真剣に自分のことを思って考えてくれた事も、自分を友達だと言ってくれた事も、本当は凄く嬉しかった。

 美琴の楽しそうに笑う顔を見て、白雪と雷門もつられて笑う。

 今までは晴人ばかりに依存していたが、美琴はこの二人がいれば自分はこれからも前に進んでいける気がした。

 この先、晴人を忘れることは一生無いだろう。それでも、美琴は悲しんでばかりではなく、晴人が守ってくれた自分の未来に希望を抱いて、これからを生きていきたいと強く思った。


 美琴の話を聞いた白雪の提案で、過去に行方不明になった生徒を詳しく調べた結果、晴人はその行方不明者であると判明する。

 しかし、親族が亡くなっていたり、存命していても離縁していたりで引き取り手がなかった晴人の遺骨は、学校近くの霊園に埋葬されることになった。

 美琴は学校帰り、毎日のようにそこへ通っている。その日にあった出来事を晴人に報告するのは最早美琴の日課だ。

 そしてこれは余談だが、結局白雪は宣言通り毎日のように美琴と雷門の教室へやってきた。

 大抵、白雪は雷門に教室から追い出されるか、または鬼のような顔をした生徒会副会長に引き摺られて去っていく。

 それでも懲りずに二人を構いに来るものだから、最近は雷門も諦めて本人の好きなようにさせているようだ。

 白雪のお陰であの日から美琴の周りは随分と騒がしくなり、寂しく思う暇なんて殆どなかった。

 それこそ白雪の思惑通りだったのかもしれないが、真実は短絡的に見えて実は思慮深い現生徒会長のみぞ知るところだ。


 今日も美琴は晴人のお墓の前で手を合わす。ひんやりとした秋の風が肌を撫でていった。

 沢山の花を添えて、今日の報告を終えた美琴は立ち上がると徐に墓石へと手を伸ばす。手のひらで冷たい墓石に触れて、そっと目を閉じた。

「……晴人、あなたのお陰で私は今、こんなにも幸せだよ」

 そう囁いた美琴の頬を、暖かい風がするりと撫でる。その時、美琴は晴人の気配を感じたような気がした。

 はっとして周りを見渡したが、当然のように自分以外は誰もいない。けれど、まるで優しい何かに包まれているように、不思議と体が暖かかった。

「そんなことあるわけないよね……」

 美琴は額に手を当てて溜め息を吐く。晴人はもういないのだと頭ではわかっていても、心のどこかで期待してしまう自分がいるのだ。

 出来るなら会いたい。けれど、そんな事はもう不可能なのだと自分に言い聞かせる。

 せめて晴人がもう寂しい思いをしないようにと、美琴は何度も此処へ足を運んでは晴人に語りかけていた。

「晴人、またね」

 そう言って去っていく美琴の背を、一つの影が見守っている。その影は、色鮮やかな花が添えられた墓石の前に佇んでいた。

 秋の冷たい風がその花を揺らす。美琴の背が見えなくなり風が止むと、誰もいないこの小さな霊園は静けさに包まれた。

 自らの墓石の前で、少年は穏やかに微笑む。


 ──もう、僕は寂しくないよ。


 ────ありがとう……美琴ちゃん。


 その声は誰に聞かれることもなく、少年の影と一緒に茜色の空へと消えていった。




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白うさぎの道案内 冬子 @gintousi

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