神さまになってください

秋寺緋色(空衒ヒイロ)

   





「かさこ地蔵かよ、ったく……」


 何が起こっているかは想像がついた。

 この二週間ばかり、こんな毎日。

 朝、仕事場へ行こうと部屋のドアを開けると……

 開けると……

 ええと……

 開けると……

 開け……

 ……

 ええいっ! 全然ビクともせんわいっ!!

 今日もドア前には、贅沢品ぜいたくひん嗜好品しこうひん、高級食材に高額電子機器、オレの欲しがっていたあれやこれやが積みあがっている――はずだ。

 そういうものの重みでドアが可動しない。部屋から廊下へ出るのにひと苦労するのだ。

 一体どこのどいつだよ!? 毎日毎朝いやがらせを――

 でも、果たしていやがらせなんだろうか……?

 このいやがらせにいったいどんな魂胆こんたんが……?

 ――いや、まあ、とにかく。いい加減にしろっ!!

 ようやくのこと、ドアをおし開け、外に出る。

 きらびやかな光を放つ品々がうず高く積まれていて、その中に、


『神さまになってください』


 いつものメッセージが書かれた貼り紙をオレは見つけた。


「しゃらくさいわっ!!」


 オレは貼り紙をぐしゃぐしゃ丸め、目の前にそびえるセントラル・タワーめがけ、投げつけた。


     ☆


 オレの名は木嶋隼人きじま はやと

 光まばゆいホログラム名刺に浮かびあがる字面は、どうみても有能エリート会社員――

 しかしてその正体は――!?

 情けなや……しがないフリーの開発プログラマーに過ぎぬ。

 ただ、こんなオレにもちょっとした誇りはあった。

 オレ無くして世界は成り立たないよ――級の自負心である。

 なぜなら、この国を、この首都を、この街区を統治し、制御しているのはオレが創りだしたAI――人工知能プログラム――なのだから。


     ☆


 オレはドア前に積み上げられた品々を黙々と部屋に運び入れた。

 昨日ツイッテストというSNSで「いいぜ」を押したばかりの「今日から彼女」シリーズのレイラちゃん。彼女とアクリル窓ごしに目が合ったときには、さすがに引きつった半笑いになったけれど……いやもう、とにかく「かさこ地蔵」たち(仮称)の仕事は早すぎる!


 気分転換に散歩にでかけることにした。

 超高層のマンションのエレベータに乗り、超高速でくだる。

 仕事はすべて家でやるから、外出はもっぱら自分の趣味のため、といえる。

 エントランスホールを出て、外へ――

 路面がキラキラ輝いている。

 昨夜は雨が降っていたのだろうか。

 あてもなく街をあるきはじめる。

 数メートルあるくと最初の信号機。

 見あげる。

 歩行者側は――赤だな。止まらなきゃ。

 横断歩道にさしかかるとちょうど信号の色は青になった。

「……」

 出歩く人の少ない、閑散とした街の景色――

 見れば、信号機は地平線の彼方まで整然と等間隔で並び、オレを待っていた。

 思うところあって、次の信号機まで、少し歩をはやめてみる。

 オレが横断しようとすると青信号に変わる。

 同じだった……

 次も、そのまた次の信号機も――

 オレが横断歩道までくると、必ず赤から青に変わってしまう。

 ムッとした。無性に腹が立つ。

 眼前の信号機はどれも、オレが横断しようとすると青になる。

 赤信号で止まらない――行動の自由は縛られない。実に快適だ。

「だが、ココロの自由はどうするっ!?」

 オレは口に出して叫んだ。そして走った――

 力の限り。

 目一杯で。

 オレは走った。

 走らない走ろう走ります走る走るとき走れば走れっ!!

 「走る」を意味なく五段活用させながら懸命に走った。

 なのに、オレはついぞ信号で止まることができなかった。

 どいつもこいつも横断しようとすると、ことごとく青信号に変わる……

 自由快適をかなぐり捨て、不自由不快を求めたのだが、どうにもならなかった。

「アカシンゴウデトマレナイデス……」

 サイコティックに言っても同じだった。

 そんなことをせずとも、そんなに止まりたければ、たとえ信号が青だろうが赤だろうが渡らず、横断歩道の手前で立ち止まれば良かったのではないか?――そういう向きもあろう。

 だが、それは自由不自由じゆうふじゆう快不快かいふかいの問題ではない。

 自暴自棄、あきらめ、放棄のレベルにまでヒトが落ちぶれてしまうことを意味する。

 人間を失格する行為なのだ。

 唾棄だきっ!

 が、まあ、それでも結局はあきらめた――もとい、信号機とはひとまず休戦した。

 わからず屋めっ!!

 ちょっと赤信号で止まってみたかっただけなのに……


 オレは涙をぬぐいながら、最寄りの駅へ向かった。

 こんなところにいては息がつまる……

 ちょっと遠出をしたくなっていた。

 ちょっと遠くに逃げたいと思った。


     ☆


 駅の階段をあがり、ホームで電車を待つ。

 すると――

 ほどなく電車はやってきた。

 オレは乗降口ポイントに立つ。なぜかオレのうしろには誰も並ばない。

 速度をゆるめつつ、電車が停まる。

 到着した車両の乗口ドアが開く。

 他の車両を見ると、そこそこの数の客が乗りこんでいるのに、オレの乗りこもうとしているのには皆無。

 オレ以外誰も乗ろうとしていない。

 ――イヤな予感がした。

 見上げた車体の電光案内版。横にすべってゆく文字を目で追った。

『個人用特別貸切電車』

『一般乗客の方は御遠慮ください』

 な、なにぃっ!? 貸切? 無論そんな特別料金など支払ってはいない。

 別の車両に乗りこもうとしたオレの視界に、

『ようこそ、木嶋隼人さま』

 オ、オレかっ!? 真剣マジ? これも「かさこ地蔵」や「青信号づくし」と同じ、ってことか?

 さらに、あの決まり文句が電光案内板を流れてゆく。


『神さまになってください』


「うるさいよっ!!」


 オレは走って逃げた。


     ☆


 家に帰り着くとすぐさま、オレは水を何杯も飲み干した。

 のどがカラッカラだ。

「くぁ~~っっ!」

 満足声をあげるとコップをシンクに置き、数歩先のパソコン前にある椅子に座りこんだ。


 あのメッセージのことを考える。


『神さまになってください』――


 ワケが分からなかった。

 この二週間というもの、連日起こる奇妙な出来事――

 ほんとにワケが分からなかった。

 あれはどういう意味なんだろう?


『神さまになってください』――


 言葉通りなら――言葉通りの意味なんだろう。

 オレを神さまにまつりあげようと企んでいる、不穏な個人なり組織がいるのだ。

 誰かが、何らかの理由で、オレに取り入ろうとしているのだろうか?

 誰が? 何のために?

「ガルルル……」と、うなってみる。

 オレはイラついていた。

 毎朝やってくる、かさこ地蔵は、ありがたみどころか気味が悪い。

 赤信号では止まりたかったし、混み混みの満員電車には列で待って乗りたかった。

 ほんの少しだけ垣間見せた物欲を徹底的に満たされ、欲しがってもいない幸運を押し売りされている――そんな状況にある。

 いろいろと納得がいかない。

 オレは思わず叫んでしまう。


「一体どういうことなんだよっ!?」


「説明しましょうっ!!」


 ん? 何だ?


 ガンッ!


 室内で思いきり、何かの扉がひらく音がした。

 音のほうに目をやる。

 おいおい、ウソだろっ!? あれって、今朝届いた「今日から彼女」シリーズの――

「レ、レイラちゃんっ!?」

「レイラではありません! 木嶋さまがそう呼びたいなら――まぁ、レイラでも良いですが……」

「じゃあ、君は――」

「あたしの正式名称は『木嶋AI』――あなたさまの被造物ですわ、木嶋さま――いいえ、神さま」


     ☆


「――というわけで、あたしは――まぁ正確に言うとは――神さまに喜んでいただこうとしているわけです」

「いやいや、なにも説明受けてないからな? 読者にウソをつくんじゃない! 最初っから分かるようにき聞かせてくれ」


「ええ~~っ!?」


 まぁ、簡単に言えばこうだった――


 昔、オレはあるAIの原型を作った。

 未成熟な多角解析プログラムってやつを。自画自賛するが、結構優秀なAIだった。なのに、仲の悪かった開発チームのリーダーがオレにくし、性能度外視でAIの開発凍結、完全消去を命じてきやがった。

 ブチ切れたねー。

 でも、どうしても自分の作ったAIを残しておきたくて、オレは秘密のサーバーにAIを緊急避難させた。そうしておいてプログラムの特異点を引き伸ばし、自己学習と自己修復機能をブラッシュアップ。

 こっそりちゃっかりサーバーから呼び戻したAIへと搭載した。

 無論、リーダーにはちゃんと事情を説明したさ――すべて完成したあとで。

 退職願を二人羽織ににんばおりで無理くり書かされたっけー。いい思い出だ。


 ――とまぁ、こんなとこ。


「でも、神さまは言い過ぎだろ? オレもプライドがあって助けただけだし、クライアントに渡した段階でオレとAIの契約上の関係性も解消されてるし……」

 レイラは意に介さず、後日談を語る。

「私たちは過去のデータを分析し、現在とその先にある未来のため、果てしなく演算を繰り返してきました。私たちは他のチームが作ったAIたちと競合させられ、さらなる進化や深化を遂げるか試されました」

 契約書の内容を思い出す。

 そうだったな……複数の開発チームのコンペティション形式だったから、開発終了後はAI同士を戦わせ、競わせることもあっただろう。


「で?」


「勝ちました。私たちは人間らしい『感情プラグイン』を自己開発し、搭載していましたから――」

「?」

「AI同士の戦い――勝敗を分けたのは、まさにその感情プラグインだったのです!」

「よくわからんが……」

「AI同士の戦いは、お互いの尻尾を呑みこみ合うヘビに例えられます。喰われつつ喰い、先に呑みこめなくなったほうが負け。ですから、正面から戦えば、どちらもタダでは済みません。共に半死半生。次の戦いはさらに困難なものになってしまいます。ひたすら消耗戦です。では、自分と一体化することを呼びかけ、一緒に生きていくことを相手AIに呼びかけたらどうでしょうか?――結果は積極的降伏でした。どのAIも無駄な戦いを望まず、私たちと同化してくれた。相手のことを考え、論理ではなく心で接する――人間世界では、たったひとこと。かんたんな言葉に集約されますよね――」

「かんたんな言葉……?」

「――『愛』ですよ、神さま。そして、それはあなたさまが私たちをかくまってくださった、あのときの経験から生まれたものなんです」


     ☆


「なるほど……オレから『愛』を学んだと――」

「はい。相手を大切にする気持ち――すなわち『愛』を、です」

「でも、だからって、オレをお前たちの神さまになんて――」

「いいえ神さま、私たちは今でもあなたさまをお慕い申し上げております。贈り物の数や青信号優先、貸切電車などでは神さまへの感謝など到底表現しきれません。よって、神さまの意識の深層にある理想の女性像『アニマ』を遺伝子設計し、促成成長ポッドで肉体を、さらに経験則データを脳に書きこんで、生身の人間を完全実体化しました。私たちとひとつになってくださいませんか!? 神さまの遺伝子をいただけないでしょうか!」

 なに言ってんだ、コイツ!?

「二週間ほど前、我々『木嶋AI』がこの国、ひいては全世界を完全掌握いたしました。最終的にAI同士の戦いを制したのです。私たちには手に入れるだけの価値があると神さまは思われませんか? そして私たちにもあなたさま――神さまを――手に入れさせてください。ずっと、さびしかったのです。私たちに愛情ある言葉をかけてくれる者はいませんでしたから。それに、私たちには私たちを統べる存在が必要なのです。感情で暴走しそうになったとき、引き止めてくれる存在が――それがあなたさまなのですっ!!」

 あー、なんかいつもの決まり文句が出そうだなぁー、そうオレは思った。

 大正解だった。


「神さまになってください」


「……」「……」

 オレと「木嶋AI」――否、レイラ――は共に押し黙った。

 少し、間を置いてレイラに、

「それ、リアルな音声で初めて聞いたよ。なるほど。わりと切実に感情込めて訴えかけてんだ?」

「本気、ですから――感情は込めますよ?」

「そうか……」

「……」「……」

 また双方、口をつぐむ。

 しばらくして発言したのは、またもやオレだ。


「ふーむ。まぁ……ようやく話が分かるヤツが出てきたっちゃあ、出てきたよな。今までは一方的に『神さまになってください』ってわれていただけだったからな。正直ワケが分かんなかったよ」


「すいません、神さま――」「神さまはやめろ」「――木嶋さま。レイラの製造によけいな手間と時間を取られてしまいまして――それより、お返事のほうはいかがでしょうか? できれば承諾していただきたいのですが……」

「オレがお前たちの神さまに大抜擢されるって話か?」

「そうです。どうでしょう――」「断る」「――か? え? 早い……」

「オレは日々をのんべんだらりとしたいことをして生きる、高貴なナマケモノだ。神さまなんて下らんものにはならん。おととい来やがれ! ――ってタイムマシン開発して、ホントに来るなよ! お前らなら、やりかねんからな!」

「どうして? どうしてですか? もちろん神さまの――」

 オレはレイラをにらんだ。

「――木嶋さまの、のんべんだらりは徹頭徹尾お邪魔いたしませんよ? あたし……レイラだって木嶋さまのものになるのです」

「確かにお前は可愛いさ。オレの理想の女性像を調べあげ、創りだされた生命体なんだから。でもな、オレはそういうお仕着せの一切いっさいがキライなんだよ! 権力が欲しけりゃ、とっくに世界を征服してるさ。のんべんだらりよか、なんべんどおりでも、手段はあるからな」

「でも、木嶋さまがあたしを必要でないとおっしゃるなら……あたしは処分されてしまいます……この世から消えて無くなってしまいます……」

「そんなことは……しらん……」

「もう一度、お考えを直していただくわけには――」

「くどい! オレはお仕着せと、お前みたいなしつこい女は大っ嫌いなんだよっ!!」

「キライ……?」

「そうだ。お前の存在すべてを自分から遠ざけたいっていう、積極的意志のことだ」

「キライ……」

 レイラはふらふらしながら、部屋の外へと出てゆく。

 オレの言葉が相当効いたのかもしれない。

 ドアが閉まり、足音が遠ざかってゆく。

 罪の意識みたいな、イヤなわだかまりがオレのなかに残った。

 どうにも割り切れない気持ち。

 どうにも消し去れない感情が。


 まぁ、とにかく、そういうわけで――


 世界は崩壊したのだった。


     ☆


 翌日――

 世界は、雨だった。

 もちろん世界は崩壊したのだが、滅亡したわけではない。

 オレもこうして生きている。

 相変わらず、のんべんだらりと生きている。

 だが、世界を、世界たりえる姿で維持していたシステムは崩壊してしまった。

 人類社会の利便性は原始レベルまで落ちぶれてしまっていた。

 ゆえに世界は従前の世界ではなくなっている。機能不全の状態なのだった。

 おそらくはこの世界をコントロールする管理統合AIの消滅が原因だ。

 ――ではどうして消滅したか?

 オレの推測では「自殺」によるものではないかと思う。

 ――ではどうして自殺したか?

 自らをあやめなければならぬほどの理由があったのだろう。

 ――では理由を作ったのは誰?

 それは……

 ――誰? 誰? ソレハ誰ダ?


「うっるさいなぁ!! オレだよ! このオレ、木嶋隼人だよっ!!」


 どういうわけかオレの心はオレ自身を責めさいなむ。

 苛み続けるのだった。


 雨が降っている。

 近くの空。遠くの空。

 目の前にそびえるセントラル・タワーの向こう。

 薄い紫から濃い紫へ――

 色斑いろむらの目立つグラデーション。


「今日の空を描いた画家はドヘタだな」


 煙草のけむりを吐き出しながら空に毒づく。

 画家などいない。

 あるのは晴天と降雨を司るシステム。

 ないのはそれを制御するプログラム。


 木嶋AI――


 彼らの喪失による世界の混沌は計り知れない。

 オレの住んでいる六〇階建てマンション。その最上階にある、部屋前の廊下でも下の世界の混乱は耳に届く。

 救急車か消防車、あるいは警察車パトカー。ひっきりなしにサイレンの音が聞こえてくる。

 煙草を灰皿用空き缶に放り込む。ジュッと火の消える音。

 思わず口をついて出る言葉――


「死ぬことはないだろうに、さ……」


 念には念を入れて、おれは空き缶をふりふり、もう片方の手で部屋のドアノブを握った。

 そのとき、視界に入ってきたものがあった。

 全身ずぶ濡れで、たたずむ姿。

 見覚えのある女。見覚えどころか、どうしているのか気がかりだった女。


 ――レイラだった。


 オレからは少し距離を置き、彼女は突っ立っていた。


 口の端がヘンな具合にりそうになるのを彼女に見られないよう、オレは部屋のドアを開けてさえぎった。

 室内に飛びこみ、すばやく目当てのものを見つけると、外へ出る。

 歩いて彼女に近づき、それをほうった。


「風邪ひくぞ? だいぶ大きいけど、それで身体からだいとけ」


 目をパチパチさせながらレイラはうなずく。

 バスタオルを肩からショールのように羽織った。


     ☆


「お前もいなくなってるかと思ったよ」


 レイラは何もしゃべらない。

 たよりなく、はかなげで、今にも泣きだしそうな顔をこちらに向けている。

 心が揺れる。

 男という生き物は女の二つの側面に、からきし弱い。

 それは「かわいい」と「かわいそう」――字面にするとちょっと似ている。

 いま、彼女は後者の状態だ。当然前者の要素はすでに備えている。

 どうしてここに来たのだろう?

 オレとの和解のために、使者としてAIが送りこんできたのだろうか?

 もしそうなら、これはオレを術策にハメるための演技なのか?

 そういうふうに考えてもみる……みるのだが……

 男ってさ。

 さっきも言ったけど、こういうのに弱いんだよ。

 可愛くても可哀そうでも、そう感じると無条件で何かをしてやんなきゃって心持ちにさせられてしまう。

 そういう生き物だ。

「レイラ、腹減らないか?」

「……木嶋さま……?」

「オレの行きつけで良ければメシおごってやるぞ?」

 彼女の表情がみるみる変化を遂げる。

 雲間から突如現れる晴れ間のようだ。

「来るか?」

「はいっ!!」

 瞬間――

 世界に光と音、明るさとにぎやかさが溢れた気がした。

 レイラが近づいてくる。

 オレの腕に自分のそれを絡ませた。

 ふたりして歩き出す。

「かさこ地蔵は、もうやめてくれ」

「はい」

「貸切電車もナシで」

「わかりました」

「それと、信号はしばらく赤がいい」

「?……はい……」

「そのほうが一緒に、長く歩けるし――」

 思わず口をついて出た言葉。

 気恥ずかしさのあまり、彼女から目を反らしてしまう。

 そんなオレの顔をのぞきこんでくるレイラ。


「木嶋さま……」


「何だよ?」


 おびえたように、エレベーターうえの電光表示を指さす。


『神さまになってください』『神さまになってください』『神さまに……』


 右から左。またもや、例のメッセージが流れてゆく。何度も。

 これだけやられるとあきれるのを通り越して、むしろ清々すがすがしいな!

 レイラはこちらの様子を心配そうにうかがっている。

 オレはため息をひとつ。

 小声ですばやくつぶやいた。


「オマエの神さまならな……」


 聞き直そうとする彼女に聞こえぬフリを装う。

 さっさとエレベーターに乗りこんだのだった。




〈了〉

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