第9話 THE ANSWERS~読まなくてもいい物語~
*
病室を出たシレイに、武器屋のアルマがすっと近寄って耳打ちした。
「ボス……西から来たってやつがこの町に入った」
シレイがピクリと眉を動かす。
「本当か」
「ノロに見てもらった……間違いない」
「よし、接触しよう」
シレイが足を速めると、それをドクトルが止める。
「おい、時間だ。報告がまだだろ」
「ああ、そっか。すっかり忘れてた」
アルマが笑って口笛を吹く。
「みんなボスをお待ちかねだよ」
「まさか。どうせみんないつもの宴会だろ」
そう言って三人は笑った。
*
酒場の二階には、冒険者や旅人は入れない部屋が一つある。
そこにはすでに、音楽家のワルツや商人のゲルト、薬屋のダワイ、情報屋のジョンボとカヤがテーブルを囲んで座っている。
ダワイが瓶から酒を手酌しながら、ワルツに尋ねた。
「ところで神殿には本当にお宝はもうないの?元盗賊さん」
「うーん、それがまだ十分の一も運び出せてないんだよね。使い道がないから」
その言葉を聞いて、向かいに座っていたジョンボが驚いた顔をする。
「え?じゃあ本当に神殿にお宝があるってことか?俺としたことが金ももらってないのに本当のこと話しちまってたのかよォ。カヤ、一緒に盗りに行こうぜ」
「いやですよ、神殿から町まで運び出すのめちゃくちゃ面倒じゃないか」
そこへ商人頭領のゲルト、警護団長のグルカがやってくる。
「よォゲルトさん。今回は何やら高貴なお方が混じっていたらしいですね?」
ジョンボがにやにやと声をかけると、ゲルトは笑って肩をすくめた。
「どこの王族にもいるんだよ、しがらみの嫌いな馬鹿がさ」
「おや、元王女様とは思えないお言葉ですね」
カヤがそう言って、グラスにワインを注ぐと、グルカはそのワインを一口飲む。
「元王女だからこそ。私に言わせれば窮屈な王宮より商いしているほうがよほど楽しいね」
「どこの国の人間だ?」
「南東の大国サウザランドの紋章が鞄に刻まれてたね。話によると2番目の王女が行方不明らしい。年齢的にも十中八九彼女だね」
この話はまだ誰にも言うんじゃないよと、ゲルトはジョンボにくぎを刺す。
「しかし、今回の新人君たちはずいぶんと大暴れだったらしいな、グルカ」
ジョンボが、入口に一番近い席に腰掛けて紅茶をすするグルカに声をかける。
「毒の対処は早かったから問題ない」
「王女様と背の高い男の子はずいぶん慎重だったのに、闘牛場の暴れ牛みたいに後先考えない馬鹿でもいたのかな」
ワルツがそういうと、ダワイが口元を押さえてくつくつと笑う。
「いるよねぇ、そういう馬鹿。昔もいたね、武器も持たずに町を飛び出していった馬鹿が」
その言葉に、グルカ以外の全員が含み笑いをしてうなずく。
「いたな」
「いましたね」
「確かにいたねェ」
「あれほどの馬鹿は後にも先にも一人だけどね」
すると黙っていたグルカがぽつりと言った。
「そういえば、まだ“ボス”からもらってなかった。あの時折れた俺の剣代」
「そんなこと言ったら、私だってあの時さんざん使われた薬草代、もらってないッ」
「おいおい、俺も情報代もらってないぜ」
その場にいた全員が声を上げて笑った。
そこへ、キズリとポサダ、ノロが、食事を載せたお盆を持って現れた。
「みなさんお待たせ!あれ、まだシレイは来てないの?」
キズリが尋ねるが、皆すでに我先にと食事をお皿に盛り始め、まるで聞いていなかった。
するとノロがキズリの肩を叩いて、
「元勇者見習いはもうすぐ来る」
そう言って笑った。
*
「悪いな、遅れた!」
シレイとドクトル、アルマが酒場の二階につくと、すでに料理を食べている皆が出迎える。
「ボス、早かったなぁ、まだ三本しか飲んでねぇのに」
「もう三本か、カヤさん」
「新米勇者くんたちは大丈夫だった?」
ポサダが尋ねると、ドクトルが意地悪そうな顔を作って、
「聞いてくれよ、こいつ、あのひよっこたちにそれはまぁ身に染みるアドバイスをしてやってたぜ」
「へぇそうか。さすが元『勇者見習い』だね」
とワルツがシレイに笑顔を向ける。シレイは手を振ってうんざりだという顔をして、
「あ~~~はいはい、絶対言われると思った、あの手のルーキーが来るとみんないつもその思い出話だ。年は取りたくねェよなァ」
「なんせあの思い出は強烈だからな。あれを超える『勇者見習い』にはまだお目にかかれねぇ」
とアルマが席についてしみじみと言う。シレイは唇を尖らす。
「ちょっと無鉄砲でちょっと猪突猛進な勇者なんてそこらにいくらでもいるじゃあないか」
「それでも、武器も持たず戦い方も知らずに戦いに出る無謀な勇者なんて今後もいないだろうね」
ダワイがそういうと、シレイはしかめっ面を少し緩めて、
「あの時はみんな総出で助けてくれたもんなァ」
「モンスターの情報もほとんどなかったんだから、私たちだって命がけだったわ。どっかの誰かさんのせいで」
とポサダが言うと、窓に降り立った烏が同意するように鳴く。
「ああ、あの時はありがとう」
「あの元勇者見習いが、いまやこの町の“ボス”だからねェ」
「そうだった、そんなボスにお待ちかねの……西の砂漠の話だよ」
思い出したように、ジョンボが体を前に傾ける。シレイは料理をとる手を止めて尋ねる。
「何か、つかめたのか」
今までと違い真剣なまなざしを向けるシレイに、その場にいた全員がシレイを見つめた。
“ボス”には、この『はじまりの町』の役割を守る使命と、もう一つ。
やらなければならないことがあるのだ。
――――それはまた、別のお話。
*CAST*
シレイ *20代・女:町長(ボス)兼発明家・元勇者見習い
ゲルト *40代・女:商人頭領・元王女
ポサダ *30代・女:旅籠屋女将・元魔女
アルマ *50代・男:武器屋・元警護団長
カヤ *30代・男:大富豪兼イカサマ師・元聖教士
ダワイ *20代・女:薬屋兼研究者・元傭兵
ノロ *10代・女:占い師・元死霊術士
グルカ *30代・男:町の警護団長・元剣闘士
ジョンボ*30代・男:情報屋兼ウソツキ・元黒魔導士
キズリ *10代・女:酒場従業員・元竜騎士
ワルツ *20代・男:音楽家・元大盗賊
ドクトル*40代・男:医者・元武道家
勇者のいない町 山原がや @gayagaya
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