第8話 『はじまりの町』

診療所の一室で、静かに横になり、穏やかな寝息を立てるブルーバックを見て、ワラビはほっと息をつく。

「ダワイがいて良かったなァ。その毒は1時間以内に抗体打たないと死んでるぞ」

医者のドクトルからそう言われた時は一瞬血の気が引いたが、そういえばなぜダワイやグルカ達はあそこにいたんだろうか。

まるで、そうなることがわかっていたかのようだった。

「……ごめん。ワラビ」

隣のベッドで横たわるサオラが、小さな声でつぶやく。

ワラビはサオラのほうを向くと、かぶりを振って応えた。

「僕らがいても、みんな毒でやられてた」

タマラオが不思議そうに尋ねる。

「そういえば、俺たちだいぶ朝早く出たのに、どうしてワラビたちは合流できたんだ?」

「実は昨日、神殿への近道を教えてもらっていたんだ。霧にも迷わなかったし、だから間に合った……間に合ったとは、言い難いけどね」

サオラとタマラオは、まだ腕が動かせない。ワラビが持っていた毒消しでは効かないものだ。

「でも、二人がいなかったら俺たち死んでたよ。ありがとな」

タマラオが包帯を巻いた頭を下げる。

「目が覚めたら、一番に言ってやろうね」

ワラビがブルーバックを振り返ってそう言った。

「シレイさん達には何て言ってついてきてもらったんだ?」

サオラが聞くと、ワラビは困ったように眉を下げて、

「いや……僕らは二人で神殿に向かったし、町の誰にも行き先を告げてない」

「え?それじゃあ偶然あそこにいたってことか?」

すごい奇跡的だったなとタマラオは感心したように言うが、ワラビは助けてもらったときのシレイの言葉を思い出していた。

部屋の扉が開いて、陽気な声が響き渡る。

「やぁやぁ。元気になったか若者たち!イテッ」

ポニーテールを揺らして元気よく入ってくるシレイは、続いて入ってきた医師のドクトルに頭をはたかれた。

「病人がいるんだ、騒ぐんじゃない。ったく、お前はいつもいつも」

「悪い悪い、ボリューム調整する機能が馬鹿なもんで」

少しだけ声のトーンを落としたシレイは、椅子を引いてサオラのベッドの前に座る。

「あの、本当に、助けていただいてありがとうございました」

ワラビが立ち上がってお礼を言うと、サオラとタマラオも頭をさげた。

シレイはにこりと笑って言った。

「お前たち一人の命の金額はいくらだ?」

「え?」

ワラビは一瞬、何を言われたのか理解ができなかった。

「金を惜しんで『タダ』の情報を鵜呑みにし、全員で命を捨てに行った結果がこれだ。そいつらの命は『タダ』同然だぜ」

シレイは笑っている。しかしその声には反論を一切許さない気迫があった。

「そんな『タダ』同然の命をわざわざ助けに行ってやったんだ。俺たちはそれ相応の報酬をもらう権利がある。だから聞いているんだ、お前らの命は一人いくらだ?」

三人は顔を見合わせてかたずをのんだ。ドクトルがブルーバックの経過を観察し、記録を書く音が部屋中に広がる。ワラビが何か言おうとするより前に、サオラが答えた。

「俺が行くって決めたんです。ほかの奴らは俺の無茶に付き合わされただけだ。俺が持ってる全財産を払います」

すると間髪入れずにタマラオが、

「いや、俺は自分の意志で行ったんだ、サオラに言われたからじゃねェ!俺も払う!」

と言い、続いてワラビも

「それなら、僕だって自分の意志で行ったんだよ!」

「違う、お前らは払わなくていい!俺が払う!」

サオラが叫ぶ。ドクトルが目にもとまらぬ速さでサオラの両頬を右手でつかむ。

「おい、病人。静かにしろ」

病人にやる事とは思えぬ力強さに、サオラは涙目になってうなずくと、ドクトルはすぐに手を離した。

「“ボス”も、もうその辺にしとけ」

ドクトルがそういうと、シレイが今度こそ腹を抱えて笑いだす。そしてまたドクトルから頭をはたかれた。

「よくわかった。まァ、いろいろ皆から報告は聞いていたけど、二日酔いの体を引きずって行った甲斐がある。お前らオモシロいなァ」

どういう意味だろう。いや、その前に二日酔いだったのか?ワラビたちは混乱して黙っていると、またいつもの調子に戻ったシレイがにやりと笑って話し始めた。

「改めて自己紹介をするよ。俺はシレイ――ガラの悪い連中からは“ボス”なんて呼ばれるが、この『はじまりの町』の長をしている」



『はじまりの町』とは、そこが勇者や冒険者たちにとって旅を始める最初の町となるよう仕組まれている。

『はじまりの町』には役割がある。それは、経験のない冒険初心者や、勇者見習いたちの実力を測り、“死なないような”試練を与え、それをクリアさせることだ。

町には手練れの冒険者やすでに伝説級の勇者たちも訪れる。そのほとんどがこの『はじまりの町』から物語をスタートさせており、彼らがここを訪れるのは理由がある。

『はじまりの町』から与えられた試練にはランクがつけられており、そのランクをクリアすると他の国や町にもランクと共にその名が広まる。そうすると、実力のある冒険者たちには、それ相応の『情報』が入りやすい。

しかも、この町での試練には必ずバックアップがつく。町の人間の誰かが、フォロー役として後始末を行ってくれるのだ。だから仮に自分の実力以上の試練にあたっても、“死なない”。


「つ、つまり僕らがどこに冒険に行くかは、町の人たちに仕組まれたものだったってことですか?」

ワラビが驚いて尋ねると、シレイはうなずいた。

「四人がどんな人間かも、大体は把握してるぜ。町の人間の耳と目は、すべて俺につながってる。

サオラとブルーバックが故郷の農園で牛を引いていたことも、タマラオの弟や妹たちに学費が必要なことも、

ワラビが……ちょっとばかし身分の高い人間であるってこともね」

えっと驚いた様子のサオラとタマラオを見て、ワラビは二の句が告げずあわあわとうろたえた。

「おっと、これは仲間にも秘密だったのか?だが、いずればれることだぜ。お尋ね者になってるからな」

そう言って一枚の紙をワラビに渡す。

紋章のついたその紙を見て、ワラビは絶句した。タマラオが聞く。

「お尋ね者って……」

「それ以上は、仲間内で話し合ってくれ。正直、俺たちは相手が誰だろうと関係なく、町の役割を全うする」

シレイは話を戻した。

「『情報屋』にきちんと対価を支払っていれば、ここまで大けがせずに冒険できたはずだ。正直、神殿は“ジョーカー”、引いちゃいけないハズレだったんだからな。

だから今朝、神殿に向かったって聞いたときはちょっと驚いたぜ」

シレイはそう言って、そばにあった籠から果物を取りかじると、

満足げに今年も良い出来だとつぶやく。サオラが恐る恐る手を上げ、

「そ、それなら、さっき言ってた報酬を支払えって話は……」

「ああ。人の命に値段なんかつけられる訳ねェだろ。冗談だよ、冗談。むしろ思った以上にケガさせちまって悪かったな」

りすのように果物で頬を膨らませて謝るシレイに、サオラたちは脱力した。

「ここから先はお前たち自身の決断を知りたい」

果物を飲み込んだシレイは、おもむろに立ち上がる。

「このまま四人で冒険を続けるのか、それとも別々の道を歩むか」

シレイはいまだ起きないブルーバックをちらりと見た。

「いろんな課題があっただろう。名声、欲、仲間への信頼、実力のなさ、判断の甘さ、知識不足……いいか、今日は助かったが、別の町で次はない。

無謀を許容して共倒れしちゃ仲間の意味がない。

お前たちはすでに一回死んでるんだぜ。

せっかくの人生、自分の選択に納得して、命をかけろ」

サオラは自分の包帯だらけの腕を見つめて、手に力を込める。その拳は、まだ痛みで手のひらが半分隠れるほどしか握れない。

ワラビやタマラオはああ言っていたが、この傷も、仲間の傷も、その原因はサオラの無謀にあったのは言うまでもない。それをサオラは忘れちゃいけないのだ。

サオラたち三人は気付かなかったが、ドクトルが口元を押さえて肩を揺らしているのを見て、シレイがしぶい顔をしていた。

こんこんと病室の扉を叩く音がして、シレイとドクトルは時間だなと顔を見合わせる。

「それじゃ、またこの町から冒険に出たいときは教えてくれ、今度はちゃんと『情報』をやろう……それと、」

シレイは扉の前で振り返ると、いつの間にか立てかけてあった真新しい、見るからに上等そうな槍を指さして、

「目覚めたら渡しておいてくれ。今日、一番勇敢だった冒険者へ」

そう言ってにやりと笑い、部屋を出ていった。



のこされた3人は、しばらく黙っていたが、サオラが最初に口を開いた。

「これから冒険をするかどうか、みんなに任せる。だけど、俺は……俺のわがままだが、次の冒険も、これから先の冒険も、みんなと一緒に行きたい」

するとタマラオは笑って、

「そんなの、俺も一緒だよ。それに、あんな状況からみんなで生き残れたんだぜ、すっげーラッキーだ。俺たちは運がいい。次は絶対大丈夫さ」

自信たっぷりに言う。ワラビは手にした紙をきゅっと握り、

「僕も、みんなと冒険がしたい。でもその前に、話さなきゃいけないことがあるんだ……」

その真剣なまなざしに、サオラとタマラオは息をのんだ。




その数秒後、病室に「えーーーーーーッ!」という二人の揃った声が反響し、ブルーバックが目を覚ました。



end.......?


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