第7話 モンスター
*
うかつとしか言いようがなかった。サオラはしびれて力の入らない腕をぶらさげ、必死に逃げた。タマラオがどこにいるかもわからない。
背後からは執拗にバジリスクが追いかけてくる。ゆっくりと、まるでサオラが力尽きるのを待っているかのようだ。
腕が毒にやられたのだ。すでに呼吸が少しずつ苦しくなってきている。
(なんでこんなところにモンスターが……ッ)
サオラは弱弱しく歯ぎしりをした。
*
数刻前。
霧のせいもあり、サオラとタマラオはさんざん迷った末にようやくたどりついた神殿は、思ったより巨大だった。
薄暗く、ところどころ壁や天井が崩壊している。
霧はだいぶ晴れてきたのに、ひんやりとした空気が体中にまとわりつく感覚に、少し身震いがした。しかし強引に町を出てきた手前、後ろにいるタマラオに弱音を吐くわけにはいかない。
サオラは黙々と奥に進んでいった。
それは、突然現れた。
「サオラッあぶねェッ!」
タマラオが弓を構えるのと、何かムチのような白い線が飛び出るのが同時だった。
タマラオが腕にかすめながらもすんでのところでそれを避けた。
かすめた腕に血がにじむ。サオラはすぐに剣を抜いた。
長い胴をとぐろでまいたバジリスクが壁から這い出て、サオラたちの前で舌を出す。
その長さは二人の身長を軽く超えている。
先ほどの白い線は、長い尾だったとわかる。
タマラオがすぐに弓を引いた。バジリスクはムチのように自在に操り、二人に襲い掛かる。
そのバジリスクは普通ではなかった。尾の先に、何か鋭い針のようなものを持ち、そこから黄色い液体が滴る。
タマラオがその液体にわずかに触れ、尋常じゃない痛みを引き起こしていることが分かった。
毒だ。
「タマラオ、一旦引くぞッ、このままじゃあぶねェ!」
サオラの言葉に、タマラオがうなずいて駆け出す。その声に反応したのか、バジリスクはサオラを見た。
その瞳は宝石のようにきれいな赤い目だった。
その瞬間、構えた剣に尾が絡みつき、はじけ飛んだ。
シュルルルルと鳴きながら、バジリスクはもう一撃、尾を振り回す。
サオラは思わず腕を出して身をかばってしまい、その手に黄色い液体をかぶった。
サオラはそのまま、駆け出した。一心不乱に走り出す。
バジリスクはゆっくりとサオラを追いかけた。
サオラの腕の痛みは、かすっただけのタマラオと違い、すぐに右半身をしびれさせていた。足がもたつき、小さな段差につまずき転ぶ。
すぐ背後にはバジリスクが尾を構えて待っている。
(ダメだ、やられるッ)
瞬間、サオラは思わず目を閉じた。
バキッと音がして、目の前で何かが折れる音がする。
サオラが目を開けると、そこには見慣れた背中があった。その背中が振り返り、折れた槍を捨ててサオラをつかむ。サオラはそのまま距離をとるように投げ飛ばされた。
「サオラッ大丈夫!?」
駆け寄ってきたのはワラビだった。
「お前ら、なんでここに……?」
サオラを投げ飛ばしたブルーバックは、バジリスクの攻撃を避け、なんとか距離をとろうと必死だ。そこへ土でできたゴーレムが現れ、バジリスクの巨体をつかんだ。
それはワラビの操作するゴーレムだった。バジリスクは動けなくなる。
「よし、今のうちに逃げるぞッ」
ブルーバックが叫んで近づいてくる。しかしワラビが苦しそうに膝をつく。
「だめだ、あの毒、土も溶かしてしまう!」
見るとゴーレムは砂のように崩れ、自由になったバジリスクの胴体がこちらに向かって振り下ろされる。
ブルーバックはそれを受け止め、衝撃ではじけ飛んだ。全身に毒をかぶっている。
がれきに埋もれて動けなくなったブルーバックに、バジリスクが近寄る。
絶体絶命だ。
サオラが、動かない体を引きずって叫ぶ。
「ブルーバックッ!逃げろッ」
その瞬間、バジリスクの尾が急に白い靄に包まれ固まる。
その強い力にみしみしと音を立てて抗おうとするが、靄はその尾を一瞬で凍らせた。
そしてそのまま、真っ二つに分断される。
バジリスクは断末魔の叫びを残し、その場に沈み込んで動かなくなった。
一体目の前で何が起きたのか、サオラ達にはさっぱりわからなかった。
「サオラッワラビッ」
そう呼ばれて振り向くと、腕や頭に包帯を巻いたタマラオが二人に駆け寄ってきた。
「良かったァ!お前ら死ぬかと思ったぜェ」
そう言って、おんおんと泣き出す。その後ろからついてきたのは一人の女性だった。
「ちょっとちょっと、そっちの子は感染してるんだから近寄らないでよ、早いところ抗体を打たないと。普通の毒消しじゃアレの毒は消えないよ」
そう言ってサオラのそばに座って患部の毒をふき取った。
サオラはすでに視界がぼやけ始めていたが、女性に向かって頼み込んだ。
「俺よりも、先に、ブルーバックに……ッ全身、毒をかぶって……」
女性はマスクをずらして口元を見せると、にかっと笑って言った。
「大丈夫。ちゃんとみんなの分ある。みんな、助けるから」
サオラはそれを聞くと、そのまま意識を失った。
「仲間思いの良い子ね」
女性が笑顔で、サオラの腕に太い注射針を刺す。
バジリスクのそばからは、聞き覚えのある良く通る声が聞こえてきた。
「やっぱチッソは扱いが難しいな~。全身凍らすつもりだったのに」
少し不満げな声の主は、腕を組んでつぶやく。
昨日町で最初に会ったシレイだった。
「それにしても綺麗に切れたな、さすが警護団長~」
そう言ってハイタッチを求められたのは、シレイの隣に立つ背の高い黒いマントの青年。
楽しそうな表情のシレイとは対照的に、無表情に応じて、乾いた音が響く。
「シレイ、こっち運ぶの手伝ってねー」
サオラの腕に手際よく包帯を巻いた女性は、そう叫んで立ち上がる。
「あの、あなた方は……?」
ワラビが尋ねる。
「私はダワイ。町で薬屋をしてる者よ。あなたがワラビ?昨日店に来てくれてたみたいなのに悪いわね、留守にしていて」
「あそこにいるのは警護団長のグルカさん。俺を見つけて、二人が助けてくれたんだ」
タマラオが自分の腕の包帯を見せる。
ダワイはブルーバックのところへ注射針を持って行く。入れ替わるようにシレイが来た。
「遅くなって悪い、本当はもっと早く来るつもりだったんだけど、昨日は宴会で盛り上がっちゃってさ」
シレイはモンスターを倒した後とは思えないほどけろりとした様子で、軽々とサオラを抱えて立ち上がる。
「さて、いろいろ聞きたいかもしれないが、けが人もいるし、場所をうつそう」
にこりと笑ってワラビたちを見た。
*
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