第6話 森へ
*
静まり返った町の中で、二人の少年が東に向かって足早に進む。
「なァ、本当にいいのか」
「……いやならお前も残れよ」
「冗談だろ。お宝を独り占めする気だな?」
そう言って肩を叩きあいながら、門に向かう。
その後ろ姿を、街灯に乗った一羽の烏が見ていた。
*
「―――いい?今日は熱くなるのはナシ。もっと冷静に話し合おう」
扉の前で、ワラビがブルーバックに言い含める。
ブルーバックは昨日のことが少し気まずいのか、落ち込んだ様子でうなずく。
ワラビが息をついてドアをノックする。
しかし部屋から返事はない。
二人は顔を見合わせて、ブルーバックがドアノブを引く。
部屋はもぬけのからだ。
そこにはサオラもタマラオもいなかった。
「あら、二人ならまだ日の昇る前に出ていったわよ~」
エントランスの掃除をするポサダに声をかけると、昨日の様子とは打って変わって、穏やかな笑みを浮かべてそう答えた。
「東の門のほうに向かったから、町を出たんじゃないかしら」
ワラビとブルーバックは急いでそれぞれの部屋へと戻って、旅の準備をした。
*
「オレのせいだ」
ブルーバックは小さな声でそうつぶやく。ワラビは彼の肩を軽くたたいて、
「違うよ。ブルーバックのせいじゃない」
ワラビはそう言い、唇をかんだ。ワラビ自身も昨日のことは後悔していた。
森には薄い霧が立ち込めている。ワラビとブルーバックは方向を確認しながら急ぎ足で森を歩く。
東の森は隣国との間にある巨大な森だ。森の奥には標高2000メートルを超える山々がそびえるためか、天候が変わりやすい。迷いやすく未踏の地も多い。
ワラビたちが向かうのは神殿ではない。
というのも、昨日の夜ワラビは、サオラたちと別れた後、もう一度酒場へと行ったのだ。
ワラビたちが酒場を後にしたのはまだ宵の口で、ふたたび訪れたときは先ほど以上ににぎわっていた。『白銀の獅子団』がいたのだ。
ワラビはマントをかぶりカウンターに近寄る。ジョンボはいなかった。
キズリが忙しそうにテーブルの間を行ったり来たりしていて、声をかけるのはためらわれた。
「こんばんは。誰かに用?」
先ほどまでジョンボが座っていたテーブルにいたのは、澄んだ青い瞳の青年だった。
声をかけられ、ワラビははっとした。
「いえ、あの、ジョンボさんを探しているんですが……」
「彼なら酒場をあとにしたよ。どこか別の店で飲みなおすと言ってた」
「そうですか……。あのもしかして、今日広場で楽器を弾いていましたか?」
ワラビがそういうと、その青い瞳を見開いて青年は笑顔を向ける。
「ああ、僕は音楽家なんだ。今日もここで弾く予定なんだけど、出番はまだみたいだね」
そう言って彼は冒険譚で盛り上がる『白銀の獅子団』の周囲に首を傾けた。
酒瓶がどんどん運ばれ、とても音楽を聴きそうな雰囲気ではない。
「この町に住んでいるんですか?」
音楽家の多くは王国にいるか、吟遊詩人として旅をしていることが多い。疑問に思ってワラビが聞くと、
「昔はあちこち回っていたけど、6年前からこの町に住んでる」
と答える。ワラビは思い切って尋ねた。
「東の森の話を知っていたら教えてほしいんです」
「東の森について?うーん、僕の知ってる話で良ければ……」
そう言って手をぱっと開いてにやっと笑う。
「この金額で手を打つよ」
ワラビは驚いた様子もなく、青年の向かいに座ると、鞄から束になったお札を取り出してテーブルに置いた。
「それが本当に真実なら、いくらでもいいです」
青年は目の前に突然現れた札束に少し視線を向けると、フードの奥のワラビの顔をじっと見つめた。
「……東の森の伝説はこの町のみんなが知ってる。森の奥にいるモンスターには普通の毒消しがきかない。昔その森を根城にしていた伝説の盗賊がいて、森のお宝はほとんど盗られている」
「神殿の話は?」
「神殿は盗賊の根城だったって噂だ。今はもう盗賊はいないけどね」
「じゃあ盗賊の残されたお宝がそこにあるかもしれない?」
「盗賊がお宝を置いて逃げ出すことがあると思うなら」
ワラビは腕を組んで首を振った。そんな可能性、とんでもなく低い。
「もし神殿に行きたいならその方向にまっすぐ進まないほうがいい。一度北に抜けて丘を目指す。そこからならはっきり神殿が見えて、迷わず行ける」
そういうと青年は、テーブルの上の札束をワラビのもとへ差し出し、鞄にしまうように言う。
「いいかい、これは情報というよりはただの噂だ。この町の誰もが知ってる。情報屋から話を聴きたいならきちんとお金を払う必要があるけど、町の噂は違う。君たちはお金を払ってジョンボから情報を聞いた?」
「……いいえ」
「なら、今度からきちんとお金を払ったほうがいい。情報は君たちの命に関わる」
ワラビは札束を鞄にしまい、椅子に深く腰掛けた。
「それは君のお金?」
「……はい、そうです」
「こうゆう場所で、そういう風に大金を見せびらすのは良くないよ。僕がもし悪い奴ならそのかばんごとひったくってるかもしれないし、この場にどんな人間がいるかわからないだろう?」
ワラビはそう言われて初めて、自分の行動がうかつだったことに気付き、少しショックを受けた。
冷静さを欠いていたのは、サオラやブルーバックだけではなかったようだ。
ワラビは立ち上がって、青年にお礼を言った。
「今度はぜひ、ゆっくり演奏を聴いて行ってね」
青年の穏やかに笑顔に見送られ、ワラビは酒場を後にした。
その後、旅籠屋に戻ってきて、もう一度サオラ達の部屋の前で立ち止まり、
迷った末に、ワラビは自分の部屋へ戻った。
ワラビも含めて、全員が頭を冷やした方がいい、そう思ったからだ。
だからワラビも、昨日の夜のことを後悔していた。
なかなか霧のはれない森の中を、何度も方位磁石で方角を確認しながら、二人は丘を目指した。
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