第5話 旅と勇気と旅籠屋のボス


旅籠屋に戻ってきた四人は、サオラとタマラオの部屋に集まって額を突き合わせていた。

「何を悩む必要があるんだよ、せっかくもらった情報だろ。明日にでも出発しようぜ」

サオラはベッドに横たわってふんぞり返ると、不満げに声を上げた。

「俺もサオラに異論はねェけどよォ」

タマラオが頬杖をついて椅子の足をカタカタと揺らす。

「『東の森にある神殿に宝が眠ってる、内部は複雑だがモンスターも少ない』……これだけ聞いていれば何の違和感もないんだけどね。だけどゲルトさんから聞いた“伝説”とは全く違う」

ワラビが腕を組んで窓辺を眺める。

窓の外には大きなアカシアの木があり、月明かりが照らしている。小刻みに葉が揺れているので外は少し風が吹いているようだ。

壁によりかかるブルーバックは、何を考えているのか先ほどからずっと黙っていた。

「あの人が言ってたのは“噂”だろ?情報とは違う」

あくまでサオラは情報屋の話を信じると言っているのに対し、ワラビは少し慎重に判断しようとしている。タマラオも、どちらかというとサオラに賛成だった。

伝説にしろ情報にしろ、言ってみなければ真実などわからないではないか。

二人の意見はその点で一致していた。

もともと、サオラとタマラオは迷うことが少ない。もしこれが二人の旅だったら明日の朝にはすぐに立つ準備をするだろう。しかし、パーティは四人いるのだ。

そしてその迷いのなさが、ワラビにとって頼もしくもあり、不安要素の一つでもあった。

勇気は旅を続けるうえで必要だが、生き残るためにはそれだけで不十分だ。そのことをワラビは幼いころから聞いて育ったのだ。

「ブルーバックはどう思う?」

ワラビは尋ねると、彼は少し険しい顔でサオラを見た。

「……オレは反対だ。情報屋の話は信用できない」

そのはっきりとした口調に、サオラは少し驚いて、不愉快そうな顔を向ける。

「矛盾した話を二つ聞くこと自体、そうあることじゃないだろう。もっときちんと情報収集をしたほうがいい」

「そんなこと言ってる間に誰かにお宝とられちまったり、モンスター退治されてたらどうするんだよ?」

タマラオが子供のように顔を膨らませる。サオラは立ち上がってイライラした様子で部屋をうろつきだした。

「正確な情報が集まれば対策も立てられるし、そのほうが安全だよ」

ワラビがフォローすると、サオラは少し大きな声を出して、

「今この町には『白銀の獅子団』だっている!他の冒険者だっておれ達より手練れはいっぱいいるんだぜ、正確な情報なんて探してたらそいつらに先を越されちまうぞ!」

それで焦っていたのか、とワラビは思った。

しかしそればっかりは難しい判断だ。情報はいつどこで広まってしまうかわからないし、今この瞬間も、情報屋が他の誰かに言っているとも限らない。

しかし、ブルーバックも頑なだった。

「それでも、もっときちんと情報を得るべきだ」

するとサオラは突然ブルーバックに詰め寄り、彼の襟首をつかんでにらみつけて言った。

「お前、本当は怖いだけだろ!!」

ワラビとタマラオは驚いて二人の間に入ることもできなかった。

「ただ臆病なだけじゃねェのか!!お前は昔っからいっつもそうだったよな!

喧嘩の時も図体はデケェくせにいつも後ろでオロオロしてるだけだ!怖いんだろ!

本当は冒険なんて出たくなかったのに、俺がむりやり誘ったからここにいるんだろ!」

今度はブルーバックが、サオラの胸倉をつかんで壁に押し込む。

ドンッと大きな音がして、部屋全体が揺れたかと錯覚するほどだった。

「……お前はオレが、そんな理由で旅に出たと思ってるのか」

怒りを含んだ静かな声がする。

タマラオが立ち上がってブルーバックの肩に手を置く。

「おい、その辺にしとけって……」

「情報屋が信用できないんじゃねェ、

お前が、俺らやお前自身を信用できないだけだ!

お前はあの村にいた泣き虫のガキのまんまなんだよ!」

サオラが吠える。

ブルーバックがサオラを押さえつける手に力を込めるのが分かった。

タマラオが必死で二人を引き離そうとする。

ワラビも三人に近寄ろうとした瞬間、

「カァッカァッ」

突然窓からひらりと黒い影が入ってきて、三人の顔の前を通り過ぎる。思わずブルーバックがうしろに飛びのいた。

烏だ。大きな烏が何羽も部屋に入ってきて飛び回り、鳴く。

「――あなたたち、こんな夜更けに何をしているの?」

いつの間にか部屋の扉が開いていて、そこには旅籠屋の主人、ポサダが立っている。

一斉に烏がなきやみ、一羽、また一羽と部屋から出ていく。

最後に残ったひときわ小柄な一羽が、ポサダの腕にとまるとそのつややかな黒羽を繕い始めた。

「す、すみませんポサダさん……うるさくしてしまって」

ワラビが謝ると、ポサダはにこりと笑う。しかしその目は確実に笑っていない。

全員が言葉もなく立ち尽くした。

「若者は元気でいいわねぇ。今度同じことをしたら、全員牧場に連れて行ってウシと一緒に寝てもらうわ」

笑顔なのに、凍り付くような静かな声色が恐ろしい。

四人が黙ってうなずくと、ポサダはそのまま音もなく立ち去った。

タマラオがその場に座り込み、

「やっべェ……ちびるかと思ったぜ……」

とつぶやく。

ワラビはため息をついた。

「頭を冷やして、また明日、話し合って決めよう」

ブルーバックが黙って部屋を出ていく。

ワラビが窓の外を見ると、闇に紛れて見えないが、アカシアの木に無数の烏がいて、まだこちらを見ているような気がして、身震いして部屋を後にした。


しかし、この時すでにサオラの目には強い光が宿っていることに、ワラビは全く気付かなかった。


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