第4話 うそつき
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市場の真ん中にある一軒のお店の中には、様々な品物が所狭しと並んでいた。
ゲルトについてきた四人は、そこで薬草を手に入れる。
「たくさん仕入れているんですね」
ワラビが机に並んだ薬草の数に驚いて言う。
「ああ、だけどここにあるのは薬屋の半分にも満たないよ。あいつは自分で薬草を取りに行って、いつも新種を見つけて帰ってくるからね」
「へぇ……すごい。ぜひ会ってみたかったな」
ワラビは目を輝かせて言う。ゲルトが煙管から煙を吐きながら、
「薬草に詳しいのかい?どこかの学校で学んでいたとか」
と尋ねると、ワラビはいいえと笑って答えた。
「薬草に詳しい人が近く住んでいて、興味があって教わったんです」
すると、同じく薬草を眺めていたブルーバックがゲルトに聞く。
「薬屋が町の外を出歩くってことは、よほど安全なんですね、この町の周囲は」
ブルーバックがそういうと、それにゲルトは答えなかった。
「毒消しの薬草が二種類あればここの近くのモンスターに対峙するには十分だろう。東の森の奥にさえ近寄らなければ」
サオラが不思議に思って尋ねる。
「東の森に何かあるのか?」
「この町の古い伝説だよ。昔から東の森の奥に毒消しの聞かないモンスターがいると噂がある。お宝があるって話もあったがあれはデマだね……この町の人間はまず近寄らない。火のないところに煙は立たないからね」
ゲルトは四人の様子をじっと見て、煙をゆっくりと吐いて答えた。
「あんたらも自分らの装備と実力に遭った場所に行くことだね。若者は成長も早いが、生き急ぐことがあるから」
ゲルトはそういうと、おもむろに薬草を片付け始め、帳簿に記録を書き始めた。
ワラビは包んでもらった薬草を自分の鞄にしまう。
四人はお礼を言うとその場を後にした。
四人の去った後、ゲルトはふいに鍵付きの引き出しの中から、古びた羊皮紙を取り出した。
丁寧にその紐を解いて広げると、ずらりと名前の並んだ一枚のリストのようだった。
そこには王家の紋章がいくつも刻まれている。ゲルトはそのうちの一つをじっと見つめる。
「歴史は繰り返すってことかしらね……」
小さく煙を吐き出しながら、頭をかくゲルトは、それをまた丁寧に引き出しにしまった。
小さなカギを閉めるのも忘れずに。
* *
酒場にやってきた四人は、キズリに笑顔で迎えられ、窓辺の席へと案内された。
店内にはすでに客が大勢いいてにぎわっている。
注文した料理がテーブルに広がり、四人は笑顔で乾杯をした。
「うまい!久々にちゃんとした味の飯だ!」
「野宿のときは塩コショウくらいだったからな」
「誰かさんはすぐ食材焦がすしね」
「バカ、火加減って結構難しいんだぜ」
ワラビのしらっとした目線に、サオラが口いっぱいにほおばりながら反論すると、みんな笑った。
「料理はどうだった?」
キズリが空のお皿をてきぱきと下げる途中で尋ねてくる。
「すごくおいしかったよ」
ワラビが笑顔で答える。それを見て、キズリもにこりと微笑んだ。
「食事が終わったら声をかけて。情報屋を紹介するから」
そういうと、キズリは振り返ってサオラたちとは反対の窓側に、一人で座る男を見る。
「もう来ているの」
男は長い金髪を一つにくくり、ゆったりとした様子でワインをかたむけている。
サオラたちは顔を見合わせて、テーブルの上に残る料理を急いで片付け始めた。
**
「ああ、あの国から来たのか。俺も昔旅したことがある」
目の前に座る情報屋――ジョンボは、穏やかに笑っている。
華やかな見た目とは裏腹に気さくな様子に、ブルーバックは少しほっとした。
サオラとタマラオが、ジョンボと一緒に地元の有名な歓楽街の話で盛り上がっている。
「……なんだか、想像してた人と違うね?」
ワラビがブルーバックに小さくささやく。
「そうだな。でもこの町の住人はみんなこうじゃないか?」
親切で、優しい。その言葉にワラビは肩をすくめてうなずいた。
ひとしきり三人で話をした後、ジョンボはボトルからワインを注ぎ、
「それで、何を知りたいんだい?」
と尋ねてきた。サオラが前のめりになって応える。
「この近くで一番強いモンスターがいるところ」
「まだ誰にもとられていない宝があるところでもいい」
タマラオが続ける。その言葉に、ジョンボは腕を組んで
「なるほど。君たちはすごく運が良い」
と言って笑った。
「実はすごい情報が入ったんだ、とびっきりのね。まだ誰にも話していない。しかも、二つもある」
「ほ、本当か!?」
「ああ。一つはタダで仕入れた情報だ。だから君らにもタダでやろう。もう一つはちょっとばかし値が張る……誰にも話していないことだから」
その金額を聞いた四人は同時に息をのんだ。ここの食事代より高い。
「どんな情報も大事だぜ、冒険に出るならな。選べるのは一つだけだ。どっちもくれというならその倍の金額を払ってもらう」
「そんな!」
「どっちも君たちが望む話には違いないんだ、もし節約したいってんなら『タダ』のほうをやるよ。タダでも、情報は情報だからな」
どうする?という問いかけに、サオラとタマラオが答えに窮して口をつぐむ。
しばらくして、サオラが何か口を言おうとして、ブルーバックがそれを制した。
「少し話し合ってもいいですか」
ジョンボは目を細めてうなずいた。そしてゆっくりとワイングラスを揺らす。
その様子を、少し離れたカウンターの端から、キズリがじっと見つめていた。
**
四人はジョンボのもとを離れて自分たちのテーブルに戻る。
「どう思う?」
ブルーバックが静かに尋ねた。サオラとタマラオが少し不満げに話し始める。
「どう思うって……どう考えても『タダ』のほうがいいだろ。情報は情報だ」
「そうだぜ。それに情報なんて、町でいくらでも手に入るはずだ。二つほしければ倍って……食事代も払うのに、今すぐ払えるか?」
宿にいくらか預けてきた荷物もあり、四人の今の手持ちはここの食事代と、一つの情報代しかなかった。
ワラビが、顎に手を添えて思案する。
「キズリが、最初に言ってたよね?情報屋には金を払えって。タダの情報なんて本当にあるのかな……」
それを聞いて、ブルーバックが意を決したように、少し声を落として言う。
「根拠はないが……オレはあの情報屋、少し怪しいと思う。なにか、本当のことを話していないような気がする」
タマラオが怪訝な顔で言い返す。
「怪しいって、わざわざ嘘を言うために俺たちに会ったっていうのか?キズリが紹介してくれたんだぜ?」
「それはそうだが……」
「もしそうなら、二つある情報というのも怪しいもんだね」
「情報をタダにするなんて、商売として成り立たない。情報屋の存在意義がない」
「え~?じゃあどうするんだよ?」
タマラオは頭をかいて困惑する。
するとサオラが、少しイライラした様に、指でテーブルを叩いた。
「たとえ嘘をついていても、俺たちにそれがわかるのか?だったらとりあえず『タダ』の情報をもらって、嘘にしろ、真実にしろ、情報を確認したほうがいいんじゃないか。もしその話が信用できるなら、宿に戻ってもう一つの情報を買ってもいいはずだろ?」
「それはそうだが……」
ブルーバックの話を遮り、サオラは続けた。
「冒険するには多少の犠牲はつきものだが、その被害は最小限にしないと生き残れない。足踏みしてるだけじゃどこにも行けないぜ」
その言葉に、ワラビもブルーバックも押し黙った。
タマラオがよしっと声を上げ、
「とりあえず聞こうぜ、『タダ』のほう。それで考えよう!俺たちに損はないんだからさ」
そういうと立ち上がったので、残りの三人もうなずいてジョンボのもとへ向かった。
**
夜も更けたが、客の賑わいは相変わらずだった。
ジョンボは鼻歌を歌いながらワインの栓を開けてグラスに注ぐ。
すでに、サオラたちは店を出ていていない。
ジョンボは後ろの席に座る黒服の男に声をかけた。
「カヤ、オレの勝ちだな」
黒服は立ち上がってジョンボの目の前に座る。
「君のイカサマっぷりも大したもんだね、まったく」
と言って、カヤと呼ばれた青年は数枚のお札を机の上に置く。
「いやぁ、でもあの大きい奴が『話し合う』って言ったときはちょっと驚いたぜぇ」
ジョンボがお札を受け取り満足げに懐に収める。
その様子を、通りかかったキズリが見て眉をひそめた。
「また、二人で賭け事をしたの?ポサダさんに怒られるよ」
カヤは自分のグラスにワインを注いで涼しい顔で言う。
「私は黙ってみていただけだよ。悪さをしたのはどっちかというとジョンボだろう」
「さぁて何のことか。安いワインに悪酔いしちゃって覚えてないね」
ジョンボはそううそぶくと、カヤのグラスと自分のを合わせて音を鳴らす。
するとそこへもう一人、背の高い青年がやってきた。
大きな楽器のケースを床に置く。
さきほどまでサオラたちがいたテーブルの隣で、ずっと一人で食事をしていた青年だった。
「あの子ら、どんなことを話し合ってました?ワルツ」
カヤが青年に尋ねる。青年、ワルツはにこりと微笑んで言った。
「指揮者のいない交響曲を聞いてるみたいだったよ」
「旅には出られそうだったか?」
ジョンボが切れ長の瞳を細めてにやにやと笑う。ワルツはふむ、とテーブルに肘をついた。
「誰かが犠牲になれば、あるいは」
その言葉に、そばで聞いていたキズリはため息をつく。
「……“ボス”に報告してこなきゃ」
そう言って踵を返した。
* *
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