第3話『出会い』

 軍靴がアスファルトを蹴る甲高い音とともに、儀仗兵の持つライフルが激しく振り回され、金属のぶつかり合う短く高い音が響き渡る。軍楽隊のドラムが叩き鳴らされ、管楽器が荘厳にガルガンドーラ共和国国歌『王よ、神と民と共に』を演奏する。


 そうして、ガルガンドーラ王室専用機に改造されたハットマンDH97スワン輸送機から、レッドカーペットの敷かれたタラップの上を壮年の白いドレスを着た女性が一人降りてくる。それに続いて、青いドレスを着た少女が輸送機から出てきたが、儀仗兵にも軍楽隊にも興味を示さず、空をぼうっと見上げていた。先にタラップを降りていた女性が促し、ようやく少女は歩き出した。


 タラップを降りてからも、女性は軍人に対して手を振るのに対し、少女は上の空のままで女性に着いていっていた。


 ガルガンドーラ共和国海軍艦隊航空隊第843飛行隊のリューク・イリューシン曹長はその様子を、真っ白な正装で敬礼をしたまま、横目で見ていた。




 × × ×




 リュークは、843飛行隊が所属するルーケイン・ガルガンドーラ海軍飛行場の格納庫の前で、アスファルトに寝転びながら空を見上げていた。リュークが視線を下に向けると、トタンで出来た格納庫の中に単発複座単葉の航空機が一機、目に入ってくる。


 アトカ・マッカレル・ウルフ、ガルガンドーラ王立海軍が採用した艦上攻撃機である。卵型で高翼型の機体に、垂直尾翼の上に水平尾翼が付いている。全長に比して翼が大きく、厚い主翼が三角形のような機体を吊り下げているような機影は、どこか飛行艇のような印象を受ける。高い陽射しが作る屋根の影の奥で、アトカ・マッカレル・ウルフの単青色の洋上迷彩がより一層深みを帯びていた。


 リュークは、暇になるといつも飛行場の中で寝転び、空を見上げていた。ある日は滑走路わきの芝生の上で、ある日は今日のようにアスファルトの上で。そうして時間を無為に過ごすのがリュークの趣味であり、日課であった。そして、今日はこの鈍重な機体の前で空を見上げていたい気分だった。


 風に乗って雲が流れていく。雲量2、風速は北北西に3キロメートル毎時、まとまった雲はほとんど見られず、視界の中の全てが千切れたかのような小さな層雲だった。いたってのどかな昼下がりであり、最高の昼寝日和でもある。




「…………。」




 そうして空を見上げながら、リュークは黙想する。昼間のガルガンドーラ王室第二王女セシリア・アレキサンドラ・ガルガンドーラの姿は、この世の何物にも興味がないとでも言うかのようなものだった。


 リュークはその理由を考えていたが、視界を横切る層雲を10ほど数えた後にやめた。元々、彼に王室に対する興味も、王家の人間の身の上に対する微塵の興味も無かった。


 それから、リュークは次にこの青空の上に単発単葉のレシプロ戦闘機二機を思い描く。二機の内の一機が右回りに旋回をし、その機尾をもう一機が追い始める。


 二機の旋回で描かれる円は次第に地面に対して垂直に近づいていく。そして追われていた方の機体が縦旋回の頂点に達した時、左に大きくロールし、旋回円を一気に倒した。追っていた方の機体がオーバーシュートしかけるが、こちらも右に大きくロールをし、二機は互いに左右に分かれてから同じ一点に向かって旋回する。


 そして、二機は互いの鼻先で一瞬すれ違い、曳光弾が空を裂く。それから二機はまた二手に分かれ、そうして同じ一点を目指す。それから、その一点を目掛けて機関銃を撃ち、曳光弾がその弾道を空に描き、二機はまたすれ違う。


 8の字の機動を数回繰り返した後、始めに追われていた方がすれ違った直後に左に垂直尾翼を曲げ、山なりの機動で交差点を目指す。僅かな上昇で速度を落としたその戦闘機は、もう一機に僅かに遅れて交差点にたどり着こうとしていた。


 もう一機が交差点に達した時、僅かに遅れた一機がもう一機が向ける機体上面へと狙いを付けていた。転瞬、始めに追われていた一機の翼内機関銃が火を吹き、始めに追っていたもう一機の右翼を斜めに切った。


 撃たれた一機は右翼端が吹き飛び、スピンを起こして地面へと墜ちていく。そうして生き残った一機が悠々と姿勢を水平に戻したその時、回転しながら墜ちる一機も、空域を離脱しようとしている一機も諸共に霧散して消えた。


 空戦の妄想にも飽きたリュークは、しばらく何も考えずに空を見上げて、通り過ぎる雲を眺めていた。


 すると、ふと視界の端に青い何かが写り込んだ。アトカ・マッカレル・ウルフの整備士が来たのかと思ってリュークが体を起こすと、陽射しが作る格納庫の影の中に青のドレスを着た一人の少女が、自身の身長の3倍ほどもあるアトカ・マッカレル・ウルフを見上げていた。




「驚ろいた?」


「え……?」




 リュークは、格納庫の中で艦上攻撃機を見上げる少女に近づきながら話しかける。少女は、リュークを警戒するかのような目で見上げた。




「基地祭を開くと、大体の人は思っていたより大きかったって驚く。君は?」


「…………。」




 リュークは彼女の元まで歩み寄ると、左手にいるアトカ・マッカレル・ウルフを見上げる。長身の域にあるリュークにとってすら身長の2倍ほどはあるアトカ・マッカレル・ウルフは、ガルガンドーラ海軍の主力艦上戦闘機シーサイクロンよりも1.6メートルほど背が高い。


 シーサイクロンよりも一回り大きいこの艦上攻撃機は、鈍足であり、小回りが効かないながらも、その巨体から独特の威圧感を放っている。




「大きい……だけど、龍ほどじゃない」




 少女はどこか遠くを見るような目でアトカ・マッカレル・ウルフを見上げる。




「龍ほどじゃない、か……」


「白竜は、城の尖塔より大きいって……」




 この国に伝わる童話に白竜伝説というものがある。童話らしく荒唐無稽で長くもなく、理解のしやすい物語ではあるが、あらすじとしては一匹の真っ白な龍ととある王女との友情物語だった。まだ、龍が人間の住処の頭上を飛ぶだけの存在だった頃の伝説である。




「むかしむかし、王女と絹のような純白で滑らかなうろこを持つ白竜がいました」



 幼いころ、リュークもこの童話を聞かされたことがあり、その始まりをそらんじることができる。


 リュークはアトカ・マッカレル・ウルフから少女の方に目線を動かしてみた。少女はアトカ・マッカレル・ウルフを見上げながら、呆けたような、魂の抜けたかのような目をしていた。




「龍が、好き?」




 リュークが聞くと、少女はアトカ・マッカレル・ウルフを見上げたまま、少し悩むように眉をひそめる。




「好き……かは分からない。でも、龍が飛んでいるのを見るのは、好き」




 少女がぽつぽつと答えたその時、彼女を探し回る憲兵の声が聞こえてきた。随分と格納庫の近くをうろついているようだ。




「ちょっと来なよ」


「えっ……ちょっと⁉︎」




 リュークはアトカ・マッカレル・ウルフの左翼に昇り、少女の手を掴んで引き上げる。そして、混乱している少女を無理やり三座のうちの最後席に乗せた。少女に飛行帽を手渡してヒンジ式の後席のキャノピーを閉め、一度機体を降りてから車輪止めを蹴飛ばすと、再び前席に飛び乗って頭上のキャノピーを閉めてしまった。




「キャノピーの内ロックとベルト、しっかりかけといて下さいね」




 座席の上に置いてあった飛行帽を掴み、マスクを掴んで伝声管伝いに後席に話しかけながら、セルモーターを回し、エンジンを始動させる手順を手際よく進めていく。同時に、計器に異常がないか確認し、全ての手順を済ませてスロットルレバーを軽く押すと、エンジンの回転数が上がり、機体がゆっくりと前進し始めた。




『な、なに……?』




 伝声管から、後席の少女の困惑する声がエンジンの轟音混じりに聞こえてくるが、リュークはそれを無視して機体を格納庫から出した。


 その時、アトカ・マッカレル・ウルフの進行方向に二人の憲兵が躍り出てきた。その二人の憲兵は何かを叫びながら、アトカ・マッカレル・ウルフを制止するように手を大きく振っている。しかし、リュークはその二人を無視して機体を進め、二人の憲兵は制止を無視して向かってくるリュークに驚きながらも、危ないところで脇に避けた。




「ちょ〜っと荒っぽくしますからね。最悪対空砲飛んでくるかもしれませんから、ベルトは全部、しっかり閉めといて下さいね」


『そ、そういう問題ではないのではなくて⁉︎』




 リュークは滑走路にたどり着くと、いつも行う確認と無線をいくつかすっ飛ばしてスロットルを上げる。後席から伝声管を通して伝わってくる少女の困惑気味な叫びを無視し、リュークはいつもより短距離で無理やり機体を離陸させた。




『ちょ、ちょっと、飛んでる! 飛んでる⁉︎』




 リュークは、機体が浮いたのを確認すると、操縦輪を引き倒して、機首を空へと上げた。


 エリミネア大陸をフランチェ共和国のピレネー山脈から南東に抜けて、中央海へとリューケイン河が流れている。空からは、その広大で平坦な流域に点在する街と、河口にあるルーケイン飛行場が見えた。


 雲の少ない空は透き通るように青く、穏やかな陽が翼を燦々と照らしている。そんなのどかな空に、まだ十代後半の少女のあどけない叫びが響き、水平線で消えた。




 × × ×




 対気速度350キロメートル毎時ほど、高度2500メートルほど。風は強くなく、雲量も少ない。至って平和な空だった。


 そんな空とは打って変わって、ルーケイン飛行場の912飛行隊のアトカ・マッカレル・ウルフ1番機のコックピットの中はヒリついた空気に包まれていた。




「ほら、空から見るグラスガウだ」


『…………。』




 リュークが無理やり少女をアトカ・マッカレル・ウルフに乗せて、有無を言わさずに離陸してから20分ほど。最初は困惑のあまり叫んだり、リュークに怒鳴っていた少女だったが、5分もすると落ち着いて、今度はリュークの呼びかけに応じなくなってしまった。


 それでもリュークは鼻歌混じりに操縦輪を握る。リュークはガルガンドーラの沿岸都市の一つのグラスガウの上空を、ある方角に向けて飛んでいる。時折、機体を揺さぶったり、軽いマニューバを打ったりするが、飛んでいく方角は変わらなかった。




「ふん……」




 相変わらず無反応を貫く後席に、リュークは嘆息する。




「もういいだろう、いい加減あんな顔をしていた理由を教えてくれないかな。"セシリア"姫様」




 リュークは、道化がかった言い方で言った。最後の言葉を聞いた瞬間、少女が息を飲む気配が伝声管を通して伝わってくる。




『……そんなこと、あなたには関係ありません』


「気になったんだけどなぁ」


『僭越ですよ。それ以上踏み込むのなら──』


「君に興味がわいた。それじゃ駄目かな?」


『────。』




 リュークが言った瞬間、セシリアが押し黙る。前席から後席は見えにくい。だから、リュークにはその時知る由もなかったことだが、この時のセシリアは数秒ほど口を開けて晴れ晴れとした青空を見上げた後、顔を空に浮かぶ太陽に劣らないほどに紅く染めていた。




「もっと言うと、この機体を見ていた君に興味がわいた。僕には、空を飛んでみたそうに見えたけど」


『……別に、空を飛んでみたいと言った覚えは……飛行機など、今までに何度も──』


「でも、格納庫にいた時の君の目はずっとコイツに向いていた。憧れかな? それとも……何だろう、とにかく君の目は空を飛びたい、って言っていた。龍みたいに自由に空を飛んでみたいって言っていた」


『そんなことは……』


「とにかく、これから行くところに着いてみれば分かる。君が本当はどう思っているか」


『…………。』




 リュークは、セシリアの反応に満足げな顔をして、視線を正面の空域に戻した。相も変わらず、行先を阻むものはなく、清々しいまでの鮮やかな青とところどころに浮かぶ白い層雲が美しいコントラストを生み出していた。




 × × ×




 リュークはところどころ、機体を傾けて眼下の街並みや史跡などの解説をした。セシリアはほとんど無言でそれを聞いていたが、時折リュークの浅い脳内を指摘することがあった。その度にリュークは笑い、そうだったんだ、などと相槌を打ってごまかし、話を続けた。


 そうこうしているうちに、日が傾き、空の色が鮮烈な青から暖炉で揺らめく炎のようなオレンジ色に変わってきた。


 セシリアが空のコントラストの変化を眺めていると、リュークが伝声管を通じて声をかけてきた。




『そろそろ目的地上空だ』




 セシリアはちらと風防の端から地上を見下ろす。先ほどまで木々が生い茂り、ところどころ発展した街がある美しいガルガンドーラの情景が広がっていたのに、いつの間にか地上から木々は消え去り、代わりに赤茶けた荒涼とした大地が広がっていた。




「ここは……」




 突然の景色の変容ぶりに、セシリアは思わず呟いてしまう。先ほどまでは文明的で、生命の色香が濃かったのに、いきなり土地が死に絶え、あらゆる生物が死に絶え、そうしてそのままかなりの年月が過ぎたかのような、寂しさと悲しさと孤独感といった恐怖を与えてくるような景色になってしまった。


 セシリアは、自分の腕が鳥肌立つのを感じた。怖い。こんな、死と静寂が支配しているところの上空にたった二人だけ。そのことに激しい孤独と恐怖を感じる。


 早く、ここから立ち去りたい。




『クレーター・デイチダ』




 リュークがそう言った瞬間、眼下の荒涼とした大地が突然、窪んだ。その窪みの大きさは尋常ではない。高度は変わっていないはずなのに、その端が地平線に近く、地表面が遠過ぎて見ることができない。そして窪みの深さが、進むほどに深くなっていき、止まることを知らない。


 クレーター・デイチダ。誰もその名の由来を知らないが、このクレーターの直径は256キロメートル、深さは最大で203メートルである。その地表面は乾いて細かくなった砂に埋まっており、その上を大粒のガラス玉が広く散らばっている。そして、原因不明ながらも周囲を含めて草花は生えない。神代の生命体の大半を死滅させたと言われる超巨大隕石『ジュダス』が衝突したとされる地だ。


 幼い頃、セシリアはこの地の学術調査の視察としてこのクレーターの上に立ったことがある。砂漠のように細かい赤茶けた砂と大量の大粒のガラスが混じった地面を歩くたびにガラスが擦れる不快な音がし、周りは何もなく、ただ赤茶けた大地が続くのみで退屈していたのを覚えている。


 あの時は地上にいたから、ただ広い穴とだだっ広い荒地としか思わなかった。だが、知識を得て、空から見下ろせば、この物言わぬ静まり返った地に得も知れぬ感慨を覚える。


 世界で一番、命を奪った隕石はここに落ちた。きっと、ここには死が満ちている。隕石衝突のインパクトで絶命した生命が集まり、この巨大な穴を満たしているのだろう。セシリアには、このクレーターが死で満たされた盃に見えてきた。静寂と、時折吹く風の音が、死者たちへの鎮魂歌なのだろう。


 ふと、人が滅び、この地上から一切の生命が消えた時の事を想像した。誰もここに立ち寄らなくなり、この星が荒れ果て、死の惑星となってもこの盃とそれを満たす死者の魂は在り続けるのだろう。幾万、幾億の時が超えても、死者はこの地に在り続ける。




『そろそろかな』




 夕陽が沈みかけ、東の空が暗くなりかけた時、リュークが呟いた。セシリアが何のことか分からず、困惑していたその瞬間、クレーターの東側から幾千万もの輝きがセシリアの目に飛び込んでくる。




「わぁ……」




 絶景だった。クレーターの表面に現れた輝点たちはそのそれぞれが宝石のように輝き、まるで巨大なお盆の上に宝石を散りばめたかのような景色がそこに広がっていた。




『ここら辺を、夕暮れ時に飛んだことのあるパイロットしか知らない、天使の宝石箱っていう現象だ』




 地上ではただ邪魔で不愉快なものとしか思えなかったあのガラス玉たちが、空から見れば不思議なくらいに綺麗に見える。


 紫に染まった地平線から続く青みがかった赤茶色の死した大地に、クレーターの中の無数の光がひっそりと、荘厳に輝いている。生命の気配が消え去ったこの大地で、ただ一つ自然が誰にも見られることなく映し出す神秘だった。


 ふと、セシリアが顔を上げると、空にかかった厚い雲の間から、幾筋かの光線がカーテンかのように降り注いでいた。




『あの光のカーテンはエンジェルラダーって言うんだ。薄明光線っていう現象だけどね。あの梯子を下りてきた天使が隠した宝石箱があのクレーターってわけだ』




 クレーターの中で輝く光の宝石たちも、雲の切れ間から伸びる巨大な光の梯子も、セシリアが見つめている間にいつの間にか消え去ってしまった。そして、陽も完全に水平線の向こう側へと顔を隠してしまい、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。




『どうだった?』




 リュークが伝声管越しに聞いてくるが、セシリアは先ほどの感慨で胸がいっぱいだった。あれを見る前は、ただ寂しい、荒涼としたところだと思っていたが、しかし人知れずさっきの光の宝石箱のような神秘が起きる。あの場所に集う死者と、一握りのパイロットだけが知っている神秘。そう考えると、なんだか高揚感がわいてきた。


 世界はまだ、私の知らない事で満ちている。見てみたい。知りたい。未知の先の神秘を……!




「あなたの名前をまだ聞いていませんでしたね。私の方は今更名乗ることもないかと思いますが」


『リューク・イリューシン。こんな吹けば飛んで行ってしまうようなただの戦闘機乗りの名前を?』




 リュークが疑問に思いながら答えると、セシリアは不敵に口の端を上げた。




「リューク・イリューシン。あなたはこれから私の騎士となり、私に飛行機の乗り方を教えなさい」


『は……はい?』




 リュークが困惑のあまり、何も言えなくなる。セシリアは勝ち得たかのような顔をして言う。




「あなたを私の騎士として指名します。そして、私の教師となって飛行機の乗り方を教えなさい」


『こ、こんな、油臭くて、素性も知れない一介の飛行兵ごときを、ですか……?』




 昼とは打って変わって上機嫌な口調のセシリアは、動揺のあまり敬語を使って謙遜をしだしたリュークに対してもっと虐めたいという感情を抱いた。




「ガルガンドーラ王室の皇女の命が聞けませんか?不名誉なことだとでも?」


『いや……そういうことじゃなく……王室に行政権は無いはずでは?』


「ならば、私は飛行場に戻った後にあなたに関していくつかの事を述べることにしましょう。そうすればあなたは牢屋行き。私との接点は今後永久に無くなりますがそちらの方がよろしくて?」




 往生際悪く悪あがきを続けるリュークを、セシリアは追い詰める。




『ですが、不敬罪は王室法にも……』


「あなたがしているのは未成年略取です。刑法に違反する犯罪でありますが……私の騎士となれば、まあ、なんとか言っておきましょう」


『…………。』




 それは王室による政治介入であり、ガルガンドーラ憲法に違反することではあるが、リュークは選択肢は無いことを悟った。何より、この男にとって空を飛べなくなるのは何にも代え難い痛みだった。




『分かりました……。このリューク・イリューシン、セシリア姫殿下の剣となり盾となり、生涯を捧げましょう……どうですか?』


「よろしいでしょう。儀礼刀はありませんが、リューク・イリューシン、あなたを私の騎士として迎え、我が忠臣として任命しましょう。……では、誓いのほど、よろしくお願いしますね?」


『王室に認められて、命令があれば従いましょう……』


「よろしい」




 唯々諾々と従うリュークに、セシリアはなんだか近しい友を得たかのような気分になる。それと同時に、新しいオモチャを得たかのような気持ちになる。


 帰りがけ、セシリアは、アトカ・マッカレル・ウルフの後席で夜空の星を見上げながら、行きがけにリュークに言われた言葉を思い出す。


 日々、学業とは別に王室の礼儀、作法、教養を詰め込まれ、ほとんどの時間を公務で費やし、自分の意思が日常に介在する暇がなかった。


 今、やりたいことがあるか、とあの時聞かれたら、何も答えられなかったと思う。


 でも、あの時、リューケイン飛行場の格納庫でこの機体を見上げていた時、その時は空を飛びたいと思っていたのだろう。それでも、王女としての意識がそれを認めるのを許さなくて、16歳の少女としての羞恥心がそんな稚拙な願望を認めるのを許さなくて、何も言うことができなかった。


 でも、これからは彼がいる。飛行機の乗り方を知って、空を飛んで、この世界を空から見下ろしてみるという、やりたい事がある。


 今この瞬間からは、どんな日々でも一つは楽しみを持っておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る