第2話『阿修羅』

 山城帝国海軍飛行少尉の葛城桐哉は中央海の大空の中、操縦輪を握りしめていた。辺りは一面の紺碧と、散らばる銀白の雲だけしかない。


 その高性能さから、珍しく山城海軍が組織の壁を超えて注文をした、山城陸軍最新型偵察機『零式司令部偵察機』の前席の中で、葛城はじっと、空の彼方を睨み続ける。そこにはただただ紺碧と僅かな雲があるだけで、代わり映えはしない。それでも、葛城は眉間に寄せる力を緩めない。


 彼と後席に座る飛行中尉の女は今、中央海上空で哨戒をしていた。とはいっても、今は平時であるため、飛行艇や船舶の輸送船団の航路上の龍の哨戒である。


 今葛城の眼下に広がる、広大で果てしない海原は、葛城の母国である島嶼国の山城、そしてガルガンドーラ共和国、フランチェ共和国、ブリタノの3国があるエリミネア大陸、ロッシャ帝国、ポルシチ、フィンチラン、プライセン共和国、アウスリアの5カ国が群雄割拠するユーレイン大陸、カーラ王国のカーラ大陸、トリステン公国とハンデルセンのモニカノ大陸、南サルモント、ソマリクランド、タジマルハスタン、オークラッド王国、ポルネリアの5カ国が名を連ねるアークラット大陸といった、一つの島嶼国と5大陸に囲まれた中央海と呼ばれている。


 そして、この中央海は、飛航挺や航空機、船舶などによる貿易の要路でもある。しかし、この中央海に浮かぶ島々の中には、龍や凶暴な野生生物によって人の手が付かなかった島もある。そして、その島々に生息する龍は基本的に、生息する島の付近10キロメートルほどの縄張りに入らなければ襲っては来ないが、年に一度、中央海を渡って北のユーレイン大陸を抜けてさらに北の『未踏域』へと大規模な移動をする。そしてこの移動がちょうど発情期に当たる事もあり、大移動時の龍は非常に気が荒い。また、高度500メートルから6000メートルの間を飛んでいるため、高度4000から5000メートル程度を巡航している航空機や、龍が低空を飛んでいるときに真下の洋上を航行している船舶へと数十匹という群れで襲いかかる。全金属製の航空機と言えど、龍の咬合力と硬く鋭い牙に耐えれる耐久力を持ち合わせてはいない上、そもそも龍に噛みつかれればバランスを崩して錐揉みするか失速して墜落するしかない。また、船舶も、甲板上の積荷や乗組員を襲われる。


 元来、龍は賢く、攻撃的な生物ではないのだが、400年ほど前、かつてのガルガンドーラ帝国がまだ4つの大陸しか知らなかった頃、航路の中継基地として中央海の島々に入植しようとして、原生生物や龍を攻撃したことが発端で、龍は目に入った船舶や航空機を襲うようになった。


 結局、ガルガンドーラ帝国はすばしっこく、人よりも巨大で歩兵銃弾が効かず、強力な龍の大群と、凶暴な原生生物によって入植を断念し、今から5年ほど前、ガルガンドーラ帝国が入植に失敗してから400年も経ってエリミネア大陸とユーレイン大陸の諸国共同で、洋上に全長5140メートル、全幅874メートルもの巨大フロート『アルゴー』を建設し、それを海空の要路の中継地点としている。


 そして、龍が大移動を行うこの時期、それぞれの島に生息する龍が大移動を行ったかどうかの偵察が重要となる。


 各国は400年もの間、龍の生息する島、そしてそれぞれの特徴をいくつもの犠牲の代償の上で調べ上げていて、大移動による被害を避けるためのルートをいくつか定めてある。


 そして、葛城と後席に乗った山城海軍飛行中尉の伊吹優里花いぶき ゆりかはその調査の途中で、大移動中の龍の群れがいないか、高度4000メートルを時速430キロメートルで巡航しながら哨戒していた。


 葛城の座る操縦席と、伊吹の座る後席、つまりは偵察席とは長い間があり、しかも壁によって塞がれているため、伊吹の顔や様子などは葛城からは見ることができない。二人を繋げるのは一本の伝声管だけである。


 葛城はこの偵察任務の3ヶ月前に、エリミネア大陸よりも北方、世界最果てにある人類未踏の地、中央海の中心に座す島々と同じように強大な原生生物のせいで未だ人類の手がついていない『未踏域』への調査隊の一員に選ばれて強行偵察の任務に就いたが、その途中で龍に追われて右翼と右エンジンを損傷し、左エンジンと片翼のみで帰還し、未踏域近くに停泊していたアルゴーの目の前に不時着していた。しかし、後席の偵察員の男が龍に襲われていたらしく、後席の風防は粉々にされ、空っぽの座席は血塗れになっていた。


 伊吹とは、葛城が不時着してから1ヶ月後に出会った。葛城が失った偵察員の代わりに伊吹が充てがわれた形だ。前任の男ともそうだったが、葛城は伊吹とそこまでコミュニケーションを取っていない。だが、葛城は伊吹の怜悧れいりで、端正な、月夜に燦く刀身のような雰囲気と態度を見て、この女は信頼できると確信していた。


 伊吹は口数が少なく、無駄がない女だった。そして葛城が驚くほど、任務と訓練一筋の女だった。また、1ヶ月ほど前、彼女の容貌に惹かれた海軍飛行隊の中尉の男が彼女に言い寄った時に、伊吹は無慈悲な肘鉄をその中尉の男の鳩尾みぞおちに食らわせたことがあった。その一件以来、伊吹は葛城の所属する部隊がある多摩海軍飛行場の中で特別に畏敬の念を抱かれている。


 そんなこんなで、葛城はろくすっぽに会話もしたことがないのに、伊吹という女に絶大な信頼を置いていた。




『右前方、2時の方向に4つほどの島で構成された諸島が見える』




 伝声管を伝って、伊吹の冷たい声が聞こえて来た。言われた通りの方角を見ると、確かに4つほどの小島で構成された諸島が見えた。相対距離は目測で30キロメートルかそこらだろうか。非常に小さく見える。これを見つけるのは、相当の集中力と中央海の地理感覚が備わっていないとできない。




「何の島か分かるか」




 葛城は、これまで何度も中央海を渡ったことがあり、答えは分かっていたが、伊吹を試したくなって聞いた。




『サンテモント島、ジェラーグ島、ミッチェリンダ島、カムリギ島、奥に隠れているトーラスタ島で構成されたサントモンタナ諸島』


「完璧だ」




 淡々と答える伊吹に、葛城は感嘆する。やはり、ただの女ではない。相当の実力を持っている。


 伊吹という優秀な偵察員が自分の後席になった。そのことに葛城は高揚感を覚える。葛城は寡黙だが、野心的で、戦果を誰よりも欲する性分であった。ともすれば修羅ですらもあるのが、この男の正体である。


 先の未踏域調査の折に、殉職した元後席の男の座っていた後席から回収されたカメラの中のフィルムからは、未踏域の研究を大きく前進させるような情報が大量に見つかった。それは葛城が強行偵察とは言え、本来の調査域を超えて、未踏域の奥へと踏み入れたから手に入れられた情報である。そしてそれと同時に、葛城は一人の海軍飛行曹長の男を殺した。


 自らも後席の者も危険に晒してまで戦果にこだわるのが、葛城であった。そんな葛城は、山城海軍に大きな情報をもたらすが、半ば問題児として扱われていた。そしていつしか葛城には恐怖と畏敬を込めて『阿修羅』というあだ名が付き、それに便乗するかのように葛城は危険な任務にばかり駆り出されるようになった。しかしそれも、葛城の戦果欲を満たすだけに過ぎず、そのことごとくを葛城は時に機体を、人を壊しながらも戦果を持ち帰るのだった。




『サントモンタナ諸島に龍を確認できず……既に大移動をしたものと考えられる』




 サントモンタナ諸島の上空にたどり着き、左に半ロールを打ちながら左旋回をしていると、伝声管からまた、伊吹の冷静な報告が聞こえる。これで一つ今回の調査任務の目標を達成した。あとはアルゴーまで飛び、その途中に大移動中の龍の哨戒をすればいい。


 葛城は機体を水平に戻し、北東に転進してアルゴーを目指す。


 最後に、葛城は眼下のサントモンタナ諸島を見やる。ガルガンドーラ海軍のサンテモント提督が発見し、入植を試みたが龍に阻まれて断念した諸島。


 龍と人との戦いが始まった地は、今葛城の足元5000メートル先にあった。




 × × ×




 しばらく飛行していると、周りを囲む雲が多くなって来た。




「少し先で嵐が起きているかもしれない」


『雲は南東に向かって流れている。もし回避したいなら北に転進しなさい』




 葛城が伝声管で伝えると、即座に淡々とした声が帰ってきた。




「そうだな」




 葛城はそう返し、北へと転進した。しばらくすると、右前方に大きな積乱雲が見えた。あの中は、とてつもない風と雷の奔流が渦巻いている。平時ならば、絶対に飛行してはいけない領域だ。


 転進し、巨大な積乱雲を右端に捉えながら哨戒に徹していると、前方の左上方の雲の切れ間に黒点が見えたような気がした。




「前方、左上方の雲の切れ間に何か見えないか?11時の方向だ」




 指示した空域を睨みながら、伝声管で伊吹に伝える。




『角度が足りなくて確認できない』


「分かった、右へ10度回頭する」




 葛城は、右のフットバーを緩く踏み込み、機体の頭を元の進路から10度右へずらした。




「どうだ?」


『遠すぎる。雲量も多い。確認できない』


「そうか」




 素っ気ない返事が、伝声管から返ってくる。もしかしたら自分の勘違いかもしれないが、これがもし、移動中の軍用機の編隊だったら、大移動中の龍だとしたら、見逃せない。幸い、この機体には山城海軍最新の無線帰投方位測定器が搭載されている。機位を失したとしても、アルゴーからの電波帯に入ればアルゴーの方位が分かるため、アルゴーへと辿り着くことはできる。


 だから、少し冒険してみることにしよう。




「確認できる距離まで近づく。これから方位345に転進する」


『了解した』




 葛城は再びフットバーを踏み、方位磁針を確認しながら機首を左へ向けた。巨大な積乱雲の端が視界の右隅に残る。


 時刻は14時42分。燃料はここからアルゴーに向かっても3時間は飛行できるほど残っていた。




 × × ×




 しばらくすると、雲が翼にまとわりつくようになってきた。雲量の多い空域に入ってきている。まだ、太陽と眼下の海原は確認できるが、このまま進めば完全に雲の中に入ってしまう。その状態での長時間の飛行は、空間失調症を引き起こし、水平感覚を喪失する恐れがある。いくら葛城でも雲の中を突き進むことは避けたかった。


 しかし、先程見た黒点に近づいているのは確かだ。だが、最初に見た時から一度も見ることができていない。


 さすがに勘違いだったか、と思い始めた時、悪寒が葛城を襲った。次の瞬間、左前方の大きな雲が突如膨らみ、突き破って波のように雲を引きながら、中から漆黒の巨大な怪物が顔を出した。


 夜のような漆黒の体に、鈍く陽光を返す大量の黒い鱗、細く長い鼻にワニのように付いた目、ゆったりとはためく巨大な黒マントのような翼、ゆらゆらと揺れる胴ほどの長さがある尾。




『黒龍……左に2、3、4……右にも……!』




 伊吹の声に緊張が走る。黒龍は四方八方の雲から身を現してくる。




『包囲されている……!』




 今、この零式偵察機は十数匹の黒龍の群れに囲まれている。翼から100メートルもない距離に、黒龍がいる。


 葛城のこめかみを、汗が一筋伝った。




『サントモンタナの黒龍と思われる……!』




 サントモンタナの黒龍。サンテモント提督とガルガンドーラ海軍、海兵隊が戦って負けた生物。龍の中では最も賢く長命で、その鱗は歩兵銃弾を跳ね除け、並大抵の龍より高速な零式と同じくらい高速で飛行して来る。力も強く、翼を噛み砕かれた航空機や、艦上構造物の壁を爪でボロボロにされた軍艦は枚挙に暇がない。


 そして何より、中央海のどの龍よりも人間に、人間の作ったものに対する憎悪が深い。




「…………。」




 葛城は、覚悟を決めた。山城には古くから武士道という、武人の思想がある。敵に背を向けず、己の死に時から無様にもがき、逃れようとしないという思想だ。


 葛城も、予科練の時からこの思想を叩き込まれてきた。


 黒龍の、憎悪に染まった黄色い大きな瞳がギロリとこちらを睨め付けている。




「…………。」




 葛城は、操縦輪を右前に押し倒し、左手に握ったスロットルを限界まで押し込む。二基のエンジンが獅子の如く咆哮を上げ、伝わってくる振動が増す。機体が大幅に増速し、右前方の海面を向けて落ちていく。同時にスイッチを切って胴体下の増槽を切り離す。


 黒龍たちは素早く動いた。零式が右前方へと落ちていくのにピッタリ合わせてその後を追う。翼を折りたたみ、抵抗を無くして落下スピードを増す。風が黒龍たちの鱗を撫で、高い嬌声を上げる。零式が雲を突き抜けると、黒龍もそれを追って弾丸のように雲へとダイブし、雲を突き破る。突き破られた雲の形が戻らない内に次の黒龍が飛び込み、雲は機銃弾を受けた金属板のように次々と毛羽立っていく。


 マイナスの重力加速度によって臓腑が持ち上がり、緊張と混じって不快な浮遊感が葛城を襲う。少し大きな雲を突き抜けた直後に、葛城は操縦輪を両手の膂力りょりょく一杯をもって引き上げる。強烈な抵抗に腕の筋肉が悲鳴をあげる。マイナスから急にプラスの強烈な重力加速度に切り替わり、今度は巨人の手が葛城を押し付けてくる。




「く……う、おッ!」




 なんとか機体を引き上げると、雲の上から零式の急な機動の変化に付いてこれなかった黒龍の群れが次々と海面に向けて弾丸のようにオーバーシュートしていく。


 その隙に、葛城は手早く計器を見た。速度673キロメートル、高度2780メートル。わずか数秒とは言え、1200メートルもの高さの自由落下を味わった。


 そして、今は雲の下に出ている。身を隠せそうな雲は全て頭上に散らばっている。




「伊吹、大丈夫か」




 葛城は伝声管で伊吹に呼びかけた。葛城は階級が下だが、伊吹を呼び捨てにしたことなど、今は構っている暇はない。




『あぁ……問題ない。それより、早くあの積乱雲を目指して……』




 急な自由落下により、マイナスの重力加速度を味わった後に機首を強引に引き上げたことで強烈な重力加速度を味わったせいだろう、伝声管を通す伊吹の声がかすれている。




「正気か?積乱雲だぞ。積雲とは訳が違う」


『大丈夫だ……お前ならアレを抜けられる』


「…………。」




 葛城には、積乱雲の中を飛行した経験はない。だが、予科練での座学でも、ベテランの操縦士と話をした時も、まだ新米の頃に偵察機の後席に乗っていて積乱雲と遭遇した時も、あの中にはどんな航空機も、操縦士も平等に砕く荒ぶる神が居ると聞いた。積乱雲の中に入れば、強烈な風雨に機体は大きく揺さぶられ、雷によって機体は砕かれる。そうでなくとも、風に抗おうとして機体が抵抗に耐えられずに分解する。


 正直、葛城もこの状況だとしても積乱雲の中を飛ぶというリスクは負いたくはなかった。


 葛城が逡巡した瞬間だった。伝声管越しに伊吹が叫ぶ。




『右下、避けろッ!』


「──ッ⁉︎」




 その瞬間、葛城の頭に電撃が走り、それよりも早く右手が操縦輪を左前に引き倒していた。


 オーバーシュートから回復し、猛スピードで駆け上がってきた黒龍が零式の右翼を目掛けて突貫を仕掛けてくる。葛城は左に避けようとするが、先頭の黒龍の鼻先が零式の右翼端を捉えた。


 瞬間、コックピットに何かが砕けて避ける嫌な音が響く。ループし終えて機体が水平になった後に葛城が右翼を見やると、右翼端が数十センチメートルほどもげて無くなっていた。




「右翼が欠けた!」


『知ってる!早くあの積乱雲を目指して!』


「無茶を言うな!」


『できる!お前は私の前任者を乗せて、片翼のまま帰還してみせた!』


「……、あれは、奇跡だ」


『奇跡程度、何⁉︎阿修羅なら、修羅の道を通り抜けて奇跡の一つや二つ、その力でねじ伏せて見せなさい‼︎』




 葛城は、ここまで感情を露わにし、言葉を発する伊吹を初めて知って驚いていた。そしてそれが一瞬の隙になった。




『左上方から来る!』




 オーバーシュートから立ち直り、黒龍が零式の後方の左上方から襲いかかって来る。


 葛城は慌ててフットバーを右に蹴り、操縦輪を引く。垂直尾翼が勢いよく右に曲がり、零式は右へ横滑りする。黒龍たちはまたもや零式に付いていけず、海面に向けて突っ込んでいき、オーバーシュートする。


 黒龍たちの陣形は、まるで槍のようだった。一頭が先頭につき、その後を別の個体が固め、密集しながら襲いかかって来る。一撃が重いが、密集している分、避けやすい。




『右上方!』




 葛城は今度は伊吹の声に完璧に合わせて左にフットバーを蹴る。右翼と胴体のスレスレのところを黒龍の群れが通り過ぎていく。


 黒龍は航空機となると執拗に追い回して来る。今、頭上には沢山の雲があるが、普段空を飛び回っている龍と地上に縛られた人間では三半規管の出来が違う。速度で優位に立てない。龍が追いつけないほどの高度にも届かない。右翼端がやられた上に、零式では機動力に欠ける。


 今度は左後方を上方から黒龍の槍が突いてくる。端の黒龍の翼端の硬い鱗が胴体を叩き、金属がひしゃげる嫌な音を立てて過ぎ去っていく。


 しのごの言ってはいられない。




「伊吹、あの積乱雲を目指す。機銃を頼んだ」


『了解』




 短く言葉を交わし、葛城は右手前に操縦桿を倒して右に旋回し、機首を遠くに見える巨大な積乱雲へと向ける。目測で100キロメートルほどの距離がありそうだ。スロットルを全開にしても、辿り着くまでに10分はかかる。その間、ひたすらに、愚直に回避に徹するしかない。下手に空戦機動をしようとすれば、龍の得意分野である巴戦になってしまう上に積乱雲に辿り着くまでの時間が長くなってしまう。まだ黒龍たちが一直線にしか攻めてこない今、無意味な操縦は厳禁だ。




『左上方!』




 言われた瞬間、咄嗟に右フットバーを蹴る。間一髪のところを黒龍の群れが機体の左脇をすり抜けていく。


 精神がすり減っていく。極度の緊張と、同じ動作の単純な繰り返しと、血が脳に回らないせいで酸素が欠乏し、思考力が削られていく。


 今、葛城を支配しているものは阿修羅としての獣性と、別次元に独立して存在する冷徹で機械のような合理性であった。葛城が今まで死地から生きて帰ってこられたのは、彼はその体を昂ぶる獣に任せ、その手綱を完璧に御することができたからである。


 右後方から黒龍の槍が突き出される。咄嗟に機械が右手で握る操縦桿と両足で踏むフットペダル、左手に握ったスロットルやフラップの全てをどう動かせば良いかを計算し、全身に張り巡らされた神経を電撃が伝い、獣の全身を拘束する手綱を手繰り寄せる。獣はそれに完璧に応え、機械の指示通りに途轍も無い力で動く。機体が左に滑り、黒龍の槍は右翼フラップと機体右側面の間の空を突き、そのまま抜けていく。交叉する瞬間、黒龍の見開かれた金色の左眼たちと目が合った。両者が両者を獣だと、認識した。葛城の体を支配する獣が黒龍に呻り、機械は別次元から黒龍を冷淡に見ていた。黒龍たちは阿修羅の形相を目に焼き付け、そのまま過ぎ去っていった。


 獣が暴れる。アイツらをコロしたい、と吠え猛る。機械はそれを無視し、手綱を手繰る手の力を緩めない。




『右と左上方!二手に分かれて来るッ!』




 伊吹の叫びが聞こえてくる。葛城は素早くスロットルを開き、増速しながら操縦桿を左手前に倒し、同時にフットバーを左足で蹴る。黒龍の二本の槍が零式の両翼のギリギリのところを掠めた。


 黒龍はそれから動きを変えてきた。力と速さで一本の長槍のように突き出すのでは、相手の技量によっては避け続けられてしまう。そこで黒龍たちは二手に分かれてランダムな機動を取り始めた。時には同時に交差するように零式に襲いかかり、時には片方が襲って零式が回避した直後の隙を狙ってくる。


 長年航空機を襲い続けた龍の、狡猾で無駄のない完成された戦術だった。黒龍たちは依然として左右どちらかの後方から群れで突っ込んでくることを繰り返す。単純なことだが、いかんせん手数が多い。並の操縦手ならば精神を磨耗し、重力加速度の影響で脳に回る血量が減って思考力が減退して動きが鈍くなる。操縦手がそんな状態になった航空機は、空の王によって食い尽くされ、地へと這いつくばることになる。


 だが、葛城という男は、真に空で生きる為に生まれたような男だった。精神を無にすることに慣れており、鍛え上げられた強靭な肉体は思考に寸分違わずに応える。


 黒龍の群れが零式に襲いかかる。零式はそれを左に横滑りして避ける。それを狙っていたかのように、もう一方の黒龍が、まだ慣性が死に切っていない零式の左翼を狙ってダイブする。と、そこに零式の後部座席から乾いた音とともに12.7ミリメートル弾が、群れの先頭の黒龍の鼻の先端目掛けて正確に飛んでくる。先頭の黒龍はそれを硬い鱗で弾いたが、剥き出しの眼球の近くに着弾したことに驚き、思わず左に避けてしまった。それに続いて後続の黒龍が左に避ける。


 黒龍が零式に襲いかかる。伊吹がどこから来るか叫ぶ。葛城を別次元から観測する機械が指示を下す。葛城の体を支配する獣が操縦桿を倒し、フットバーを蹴る。零式が黒龍の群れを間一髪で避ける。黒龍を避けきれない時は伊吹が12.7ミリ旋回機銃で黒龍を追い払う。


 無限にも思える回避機動の繰り返し。葛城はそれを機械に徹することで耐え切った。いつの間にか、目と鼻の先に巨大な、黒々と聳そびえ立つ積乱雲があった。


 零式が積乱雲目掛けて全速力で突進すると、次第に追撃する黒龍の数が減ってくる。しかしそれでも、黒龍は統制を保ったまま零式を追いかける。


 やがて、零式は背後に5匹の黒龍を従えたまま、黒々とした積乱雲の中へ飛び込んだ。


 水滴が激しく、弾丸のように風防に叩きつけられる。凄まじい乱気流によって機体が安定しない。高度計と速度計の針と水平儀が目まぐるしく動き、激しく揺さぶられる。時折、急に1000メートル近く自由落下し、そうかと思ったら急に下から強く突き上げられることもある。折れた右翼端のあったところを稲妻が切り裂き、一瞬、コックピットの中が真っ白になる。


 地獄がそこにあった。雨と風と雷にひたすらいたぶり続けられ、逃れることも許されず、ただひたすら神に抗わずに前へと進み続けるだけの地獄。だが、これこそが修羅道。その道を極めた阿修羅のみが通る道である。


 力と力の奔流の中、葛城は操縦輪から伝わってくる振動から今機体にどの方向からどれくらいの力が加わっているのか察知し、力に逆らわずに進める道を見極めて操縦輪を倒す。この力の嵐の中でもし、その力に抗おうとすれば、たちまちに機体がバラバラに壊れてしまう。この地獄の中では、誰もが皆平等に無力である。雷が直撃しないことを祈りながら、ひたすらに揺さぶられ続けるしかない。


 零式の機尾に1匹の黒龍が迫る。その瞬間、一筋の雷光がその黒龍を貫いた。その黒龍は一瞬にして絶命し、猛烈な風雨によって宙を振り回されてどこかへ飛んで行った。


 葛城はひたすらに機械に徹する。強靭な肉体は激しい乱高下を耐え抜き、鋼鉄のような精神は至近を掠める雷にも、上下不覚に陥りそうな黒々とした雲の中を飛行する不安にも打ち勝った。


 やがて、零式は200メートルほど下に叩き落とされたと同時に積乱雲を抜けた。瞬間、コックピットにいきなり光が戻るが、葛城の目が追いつかずに視界が白転する。目が慣れた頃、風防の外を見やると、零式は海上100メートルほどの低高度をフラフラと飛んでいた。しかし高度計は500メートルほどを指していた。乱高下を繰り返した影響で高度計が狂っている。実高度は400メートルほど下に見積もることを心がけようと葛城が思ったその時、視界の右上に小さい黒い影が見えた。


 一匹の黒龍が、零式の30メートルほどの距離にいた。あの群れの中でも一際図体が大きく、鱗は光を反射しない鈍い漆黒でところどころに傷跡が目立つ。


 黒龍の最古老だ。黒龍は数百年もの間成長し続けることが確認されている。大抵はその途中で群れ同士の戦いなどで命を落とすのだが、歴戦を生き抜いた黒龍は群を抜いて大きいと言われている。目算でこの黒龍は、400年前のサントモンタナ諸島の入植よりも前から生きているだろう。爛々と光る黄金の瞳が、風防を通して葛城を捉えている。零式を超える巨躯に光を吸い込むかのような漆黒の鱗が途轍もないプレッシャーが葛城に向けられる。葛城は、その金色の目に冷淡な目で応えた。


 しばらく睨み合った後、その黒龍はやがてところどころ破けた大きな漆黒の翼を翻ひるがえして、どこかへ飛び去って行った。


 葛城は、しばらく最古老の黒竜が消え去っていった空を睨んでいた。やがて眉間に込めた力と眼力を抜き、一つ大きなため息をついた。それから機械的に、朦朧とした意識の中で計器を確認する。速度420メートル、高度600だが実際は200といったところだろう。そして燃料残量から計算すると、飛行できるのはもって100キロメートルといったところか。




「アルゴーまでの距離は?」




 燃料の増槽は黒龍から逃げる際に切り離してしまった。右翼端がもげたせいで抵抗が増大し、積乱雲を通過したために、機体内タンクに本来残っているはずだった残燃料量よりはるかに少ない。航空計には、無線帰投方位測定器で受信したアルゴーとの相対方位が指し示されている。アルゴーからの電波帯は半径1300キロメートルほどではあるが、操縦席の航空計からは相対距離までは分からない。しかし、後席に搭載された計器ならば相対距離まで分かる。




『130』




 葛城は伊吹の報告を聞いて眉をしかめた。この装置の誤差はおおよそ30から300メートルほどである。それを考慮しても明らかにたどり着ける距離ではない。今は緩やかに上昇しながらアルゴーまで直進しているが、速度がいつもより乗らない。やはり右翼端が欠けてしまったことで抵抗が増大してしまっているのだろう。


 駄目だ、間に合わない。出来るところまで上昇してから最後に滑空したとしても、伸ばせて10キロメートル程だろうが、確実ではない上にアルゴーに着艦できるほど余裕のある高度かどうかは分からない。


 不時着して救難を待ったとしても、2、30キロメートルも離れていれば小型艇が到着するまでは半時間以上かかってしまう。右翼端が欠損している今、海上に不時着すれば右翼から機体に海水が流入してきて沈んでしまう。もって10分といったところだろうか。機体が完全に沈んでしまえば、葛城と伊吹は何にも頼らずに20分以上も海上に浮いていなければならない。とすれば。




「伊吹、アルゴーに入電を。当機は残燃料より飛行可能距離は100キロメートルであると予測される。あとは相対距離と相対方位を送れ」


『了解』




 伊吹が伝声管から手を離して顔を離すと、手を無線通信機のハンドルに伸ばし、アルゴーへ伝える電文を手早くモールス信号に変換して打ち込んだ。




『アルゴーより返信。貴機の状況把握せり。救助艇を予想進路上に展開す。貴機の状況に留意されたし。幸運を』




 アルゴーからの救援は取り付けられた。小型艇が飛行限界距離付近に展開するということは、とりあえず海上に不時着する危険性は軽減された。


 後は、ある程度上昇して、燃料が切れそうになるまでその高度を保ち続ける。葛城は操縦輪を少し手前に引いた。速度計に目を走らせながら、航空計の針が動かないように細心の注意をはらう。


 右翼端が欠けているせいで中々速度を稼げない。それどころか気を抜けば減速しそうになる。速度を鑑みながら上昇角を微妙に調整する。気を抜くことができない作業であり、ともすれば興奮状態にあった戦闘時よりも緊張して精神がすり減っていく。


 高度計によると高度1400、実際のところは大体高度1000メートルまで上昇したら操縦輪を戻して水平飛行に移る。長い時間、何も代わり映えのしない海原の上を飛ぶ。その間にもゼロに近かった燃料計の針はジリジリと左回りに回り続ける。


 その時、いくつもの船舶を継ぎ接はいでその上に甲板を乗せたかのような巨影が水平線の上に見えた。




「伊吹、アルゴーが見えた」


『アルゴーとの相対距離、120』




 影は見えても、それは実際よりも遥かに小さく、アルゴーは遠近感を大きく狂わせられるほど巨大なため、まだまだアルゴーまでは遠い。


 しばらく飛んでいても、景色は変わることがない。それでも燃料計の針はしっかりと動いていく。どこまで行っても青々とし、陽光の煌めきを返す海原と、点々に散らばる白い雲が海原のそれよりは薄い蒼のキャンバスの上にあるだけだ。大地すらもない一面の海原に、アルゴーの巨影が不気味に映えている。


 何も変わらない、まるで一枚絵をずっと見せつけられるかのような飛行に、焦燥感だけが募っていく。微動だにしない速度計や高度計たちとは逆にゆっくりと、確実に燃料計の針だけが進んでいく。




「アルゴーまでいくつだ」




 覚悟を持って、伊吹に聞く。焦燥感が一際強まり、眉間を寄せる力が強くなる。


 伝声管を通して伊吹が息を飲む気配がした。




『50』




 ふと、何かが空回る音が聞こえた。驚いて見ると、エンジンの先端のプロペラの回転の調子がおかしい。慌てて燃料計を見れば、それは限りなくゼロに近く、後少しすればゼロになりそうだった。


 慌てて操縦桿を奥に倒して機首を下げる。速度計の針が少しずつ右回りに動く。だが、それも微々たるものだった。やはりエンジン出力が落ち始めている。葛城は自分の状態と周りの状況に気づけなかったことを後悔し、過去の自分を罵って責め立てた。


 このままでは思っていたよりも飛距離が伸びないかもしれない。最悪、予想より手前に落ちて、救難艇が来る前に沈む可能性もある。だけれども、緩降下以外にできることはない。せめて、祈るくらいしかできることはない、か。


 少しずつ高度計の針がゼロに近づいていく。1300、1250、1200……1000を切った。実高度は600メートルほど。




『アルゴーより入電。当機と救難艇の相対距離は10』




 このままの降下率でいれば、救難艇の数キロメートル先に着水することになるだろう。救難にくる小型艇の速力は毎時8ノット程度。時速にして15キロメートルほどであるから、到着まで若干の時間がかかるだろう。しかしそれは向こうがこちらを捕捉しているから心配はいらないだろう。


 問題は着水の瞬間だ。降下しているために速度は保持し続けているが、あともう少しでエンジンが止まる。


 高度600、実高度200メートルほどでついにエンジンが止まり、コックピットの中に風防の外の風切り音と自分の呼吸音だけが取り残された。荒い呼吸音が耳朶を打つ。


 高度500、実高度100メートルほど。速度は450キロメートル程度だった。操縦輪を僅かに左手前に引き、フラップを調整して右に傾いていた機体を水平に保ちながら機首を微妙に上げる。


 エンジンが止まり、機首を上げたことから、速度が大きく落ちていく。高度計の針も、その速さを落とすも、着実にゼロへと近づいていく。


 ここからは高度計があてにならない。400メートルほどの誤差があることは分かるが、それでも正確なものではない。400メートルきっかりを高度計の針が指す数値から引いて計算すれば、実際の誤差との違いで着水の瞬間を見誤り、最悪着水に失敗することになる。


 だから、ここからは自分の目と勘が頼りだ。




「…………。」




 風防から海面を見つめ、目算で高度を測る。機体底面はこの視点よりも低いため、それも考慮しなければならない。


 あと少しで、機体下面が海面を擦る。手を伸ばせば届きそうな距離にうねる蒼一面がある。


 一回、呼吸をする。もうすぐに下から突き上げるような衝撃が来る。そこで機首が海面に潜らないように、機尾が海面を破ることがないように、慎重に機体の左右を水平に保ち、機首を地平面と一定の角度に保つ。速度計の針がジリジリと左回りに回る。


 大きな衝撃がコックピットを襲う。その衝撃は止まることなく、絶え間なく葛城たちを揺らす。零式司令部偵察機の流美な機尾が海面を割き、その上に白色の轍わだちを刻む。減速し、瞬く間に機尾から機首に向かってと海面を割っていく。零式は僅かにうねる海上を滑走する。操縦輪を通して感じる、機体にかかった負荷から計算して、微妙に操縦輪を操作して機体が飛び跳ねないように押さえつけ、前のめりにならないように緩める。


 コックピットがガタガタと揺れている。上下に、横に、細かく揺られ、そして海上を滑るように高速で移動している。


 やがて、機速が緩まり、コックピットの揺れも小さくなってきた。最後に、零式はゆっくりと惰性で数十メートルほどを滑った後、ピタリと止まった。




「…………。」




 いつの間にかきつく握っていた操縦桿とスロットルから手を離し、背筋の力を抜いて息を吐いた。


 上を見上げると、変に鮮やかに蒼々とした紺碧の空に純白の雲が映えていた。


 それから手早くシートベルトを外し、風防を雑に開けてヨロヨロと左翼の上に立つ。見れば、零式はやや右斜めに前のめりながら沈み始めていた。左翼前端に腰掛けて救難艇を待っていると、後席の風防が動いて、中から書類を抱えた伊吹が出てきた。あれだけの修羅場を潜り抜けたというのに、相変わらず鉄面皮を被ったままだ。




「…………。」


「…………。」




 葛城と伊吹はしばらく無言のままだった。




「……なんで、積乱雲を目指せと言った」




 先に葛城が視線を外し、水平線から迫って来る小型艇を見ながら言った。




「普通はあんな事思いつきもしない。あんな馬鹿な真似、誰だって思いつかない」


「お前は普通ではない。あの道こそが確実だと判断した」




 葛城の吐き捨てるような言葉に、伊吹は淡々と答えた。




「普通じゃないって……俺でもあんな真似しねえぞ」


「だが、お前はあの道を選択した。お前でもあんな真似をした」


「…………。」




 葛城はそれを聞いて唖然とした。言い負かされたという訳ではない。どこか、見透かされていたというような、何とも言い難い不快感を抱いたからだった。




「まあいい。アンタはそれなりに優秀だし、これからもよろしく頼む」




 葛城は、おざなりに言った。すると、伊吹が突然葛城の飛行服の襟を掴み上げた。この女のどこにこんな力が、と葛城は思ったが、その感想はすぐに畏怖へと変わった。伊吹は右手だけで葛城を掴み上げ、氷より冷たく、刀よりも切っ先鋭い顔で葛城を睨みつけていた。




「お前、飛行中は黙っていたが、その口ぶりは何だ。私は中尉だ。口の振る舞いには気をつけろ。その口を排気管に押し付けて焼き焦がすぞ。分かったか、少尉?」




 先ほどとは打って変わって攻撃的な口調の伊吹を見て、葛城は、この女は確実に叩き上げだ、と思った。海軍兵学校卒ではなく、予科練を出て一等飛行兵として数々の任務をこなし、下士官を経て叩き上げで特務士官として飛行中尉になったのだ、と理解した。そのために、海軍特有の階級意識と下士官の粗暴さがないまぜになっているのだろう。だが、普通、特務士官と言っても葛城のように少尉止まりの者が多いために伊吹のことを兵学校卒だと思ってしまっていた。それに加えて、物言わず、無駄な所作が少なかったものだから、葛城はつい伊吹という女を舐めてかかっていた。


 この女は、まごうことなき鬼である。きっと、本性を剥けば、そこには葛城とよく似た怪物がいることだろう。




「わ、分かった……中尉、殿」


「…………ッ」




 襟を掴み上げられ、気道が狭まっている葛城が苦し紛れに言うと、伊吹は無言でさらに襟を持ち上げ、葛城の首を絞めてくる。




「りょ、了解致しました……中尉殿っ!」




 葛城が慌てて言い直すと、伊吹は左翼の上に葛城を放る。葛城は尻餅を突き、立ち上がりながら伊吹から距離を取り、乱れた飛行服を伸ばした。




「良いだろう。こちらからも頼むぞ、少尉」




 そう伊吹が吐き捨てると、カタカタという小型艇の機関音が聞こえてきた。救難艇が零式左翼近くまでよってくると、葛城と伊吹はそれに乗り移った。すぐに小型艇がスクリューを逆に回転させ、ゆっくりと後退を始める。ある程度下がると、小型艇は前進しながら右へ回頭し、海上に浮かぶ零式に背を向けて出発した。


 葛城は、小さくなっていく零式を見ていた。航空機との戦闘後のような被弾痕はないものの、機尾を浮かせて右斜め前に前のめって海上に佇む零式の姿は、どこか大きな疲労感を感じさせた。これから、あの機体は海底奥底へ沈み、魚礁となることだろう。それは、あの航空機械にとっては幸せな末路とも言えよう。


 だが、これで葛城とあの機体の縁は切れた。阿修羅は、次の修羅の道へと踏み出す。

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