亀が贈った塩

 ヘッドホンを外してそのまま椅子の背もたれに全体重を預ける。

 今まで気にも留めていなかった蝉の声がうるさい程に聞こえてくる。

 そのまま目を瞑ると、不本意にもさっきの対戦が頭の中に蘇る。

 あそこでむやみに暴れずにちゃんと最後までガードしてれば逆転していたかもしれない。もうちょっと冷静に立ち回れば……。

「だああ、暑いなぁもう!」

 暑さのせいだけでない苛立ちが俺の中で暴れていた。

 部屋の中にいても嫌な記憶がよみがえるだけだし、コンビニに出かけることにした。


 外は強烈な直射日光が降り注いでいて、光と影のコントラストがくっきりと分かれたモノクロの世界のようだった。空だけは対照的に透き通った青色をしていて、飛行機雲がそれを裂くように一筋走っていた。

 アスファルトの上を歩き始めると、サンダル越しに熱さが伝わってくる。

 翔は、怒っただろうか。

「たかがゲーム……か」

 よく親や先生に言われ続けてきた言葉だ。

 そりゃ大人達にとってみればそうかもしれないけれど、俺たちにとってゲームは本気になれる唯一無二のもので、俺たちの絆そのものだと言ってもいい。

 本気だからこそ、負けたくないし、負けると死ぬほど悔しい。

 かといって「たかがゲームで」という一番嫌な言葉で大切な友人を失ってしまっていいのか。

 俺はしばらくサウナのような外気の中で立ち尽くした。

 額から出た汗が落ちて、アスファルトに吸い込まれていった。

 

 コンビニから帰って部屋に入ると、いつもの癖でゲーム機の電源を入れる。

 画面には、翔からのメッセージが届いていた。

 URLがいくつか載っているだけだった。

 それを開くと、俺のキャラの解説動画や翔の使っているキャラクターとの対戦動画が流れた。じっとそれを見ていると新しい発見があった。

 えっ、この技、こんなところで打ち勝てるのか。

 えっ、この間合いだとパンチがカウンターヒットするのか。

 そうしていると不思議と次に戦うときにどんな戦略を試して驚かせてやろうかと考えている自分に気付く。

 それから1週間、翔とは連絡をとらなかった。

 自分の対戦動画も見直して、よく失敗するコンボの練習をし、対策を徹底的に練った。

 ただ、このまま普通にリベンジするのでは面白くない。翔に手加減されても嫌だしな。そう思った俺はわざわざ別アカウントを作った。

 翔がゲームをしてそうな時間を狙ってアカウントを検索する。やっぱりいた、対戦募集中になってる。

 リベンジマッチだ!

 

 対峙した翔はやはり以前よりもさらに強くなっていた。

 先を読もうとするその先を読んでくる。だが今回は俺も負けてはいない。そこからさらに有利な読み合いに持ち込む。

 翔の大男のキャラクターは一撃が入るとかなり大きなダメージが入る。とにかく可能な限り堅実に立ち回る。そして大ぶりの攻撃が空振りした時に最大反撃をいれる。これが必勝法だ。

 最終ラウンド、体力が削られて画面端に追い詰められる。以前負けた時と同じような光景に背中に嫌な汗がでる。

 大男はその丸太みたいな太い腕で大振りのパンチをしかけてきた。

 この場面でそんなリスクの高い攻撃をしてくるなんて誰も思わない不意の一撃。

 だが、それは読んでるぜ。

 俺はそれをガードしきって必殺技で切り返した。

 画面上でK.O.の文字が表示される。

「っしゃー! 見たかこのやろー!」

 嬉しさのあまり叫んで椅子から立ち上がって腕を振り上げた。

 それと同時に翔から通話が入った。俺は応答ボタンを押す。

「さっきお前のキャラ使ってる人と対戦したんだけどさ」

「へぇ、そうなんだ」

 俺は冷静にしらをきる。

「あれ、お前だろ」

「え……っと何のことかな?」

 秒でバレた。

「とぼけんな、分かんだよ。まぁいいや、俺はお前に強くなってもらわなくちゃ困るからな」

「怒ってないのか? 『たかがゲームで』って言ったこと」

「んなことで怒らねーよ。どうせ悔しかっただけだろ?」

「まぁそうだけど。……悪かったな」

 図星をつかれて返す言葉もない。

「翔って負けて落ち込んだりしねぇの?」

「俺ってなんか負けてもあんまり落ち込まないたちなんだよな。負けた方が次にどうやって勝つか考えられる課題が見つかるからな」

「お前のそういうとこ、俺は尊敬するよ」

「だけど、お前だってやってのけただろ? 明らかに成長してた」

 悔しいけれど、そうだ。翔はすべてを見越して俺にあのURLを送ったんだ。

「でもなんでそんな、敵に塩を送るようなことを」

「さっきも言ったろ、お前には強くなってもらわなくちゃ」

「それの意味がよくわからないのだけど」

「二人でやるもんだからだよ、格闘ゲームってのは。そうだろ?」

 音声の向こうで、翔の憎めない笑顔が見えたような気がした。

 

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