ライバル!
園長
うさぎと亀
じりじりと大男に追い詰められた制服姿の女の子。
相手が掴んでくるか、殴ってくるか……。
大男のすごいプレッシャーを感じて冷や汗が出る。
いや……これはきっと掴みかかってくる、その隙をついてジャンプして逃げるんだ!
大男が間合いに入ったその瞬間、地面を蹴って華麗にジャンプで逃げ……ようとした瞬間、目の前には同じ高さに跳躍した大男がいた。
やばい!
大男に掴まれた女の子は錐揉み回転しながら地面に激突する。
そして表れるK.O.の文字。
俺は友人と通話しながらオンラインでこの春に発売されたばかりの格闘ゲームをしていた。
「だーははは! 見たか! 今の完璧なジャンプ逃げ読み空投げ! やはり俺は天才だ!」
狂気的とも言えるテンションで嬉しさを表現する声がヘッドホン越しに聞こえる。
「お前なぁ、これで勝率20%になっただけだぞ、勝ってるのは俺だろ」
リザルト画面を見ながらそう言う。今日の俺の戦績は8勝2敗だ。
部屋の中はクーラーをつけているのに暑くて、保冷の水筒に入れていた麦茶を飲む。
「俺はさ、自分の成長が嬉しいんだよ」
負けても冷静というか、へこたれない。
そこが少し鼻につくやつでもあった。
翔は俺と一緒に学校でe-sportsクラブを立ち上げた昔なじみの友人だった。
このことを聞くと「自由な学校だねー」なんて言う人もいるけれど。クラブ発足の申請をした時の生徒会長の「はぁ……まぁ、同好会なら別にかまいませんけど」という小ばかにしたような呆れたような顔や「遊んでばっかいないで勉強しなさい」と言う親と先生の険しい顔は忘れもしない。
翔と俺は、しかし本気だった。毎日学校が終わるとどちらかの家に行き、格闘ゲームの研究を行った。プロの対戦動画を見たり、技の発生フレーム《速さ》や特徴、キャラ相性や立ち回りの対策など、勝負の駆け引きに使う知識をノートに書き留めた。A4サイズの大学ノートは何冊も真っ黒になった。
白状すると、それまで俺は何をやっても長続きしなかった。けれど、ゲームだけはやり続けた。本気だったのだ。全然現実的じゃないかもしれないけれど、もしプロになれたら、なんてことを2人でよく話していた。
だけど翔は、この春から転校して新幹線じゃないと行けないような場所に行ってしまった。でも今もこうしてオンラインでゲームを続けていた。
翔は昔からあまり要領がいい方ではなかった。運動も、勉強も、今やってる格闘ゲームだって、俺にいわせりゃセンスのかけらもない、へぼへぼだ。
ただ、その胸の内には誰よりも冷ややかな情熱を秘めたやつだった。マラソン大会の前は必ず2か月かかさずに朝から走りこんでいたし、いつも授業ではつまづいているくせにテスト前になると地道に勉強を積み重ねてテストの成績はよかった。その惜しまない努力のおかげで、結果的に翔はなんでも俺より良い成績を収めていた。
「今は勝率20%でも、そのうち俺はお前を追い抜くぜ、見てろよ」
だからこう言う奴のセリフには妙な説得力があった。実際、このゲームはまだ翔が慣れていないだけだということを俺はよく分かっていた。
「へへ、やってみろって。お前の手の内はもう全部知り尽くしてるからな」
なんて強がりを言ってみたりした。
それから1週間が経った。
「今日こそ、お前に勝つ!」
翔は自信満々だった。だが、結果は俺の7勝3敗だった。
「やっぱ今日も俺の勝ちだったな」
「くそーなぜだー! 何がいけないんだ。理論上では俺の方がダメージを稼げるのに!」
「何の理論だよ、このゲームで俺に勝つなんざ100年早いぜ」
そう言って俺は鼻で笑っていた。
しかしその胸の内では、10%増えた勝率に焦りを覚えていた。
それからまた1週間が経ち、2週間が経った。
俺が翔の動きを先読みしようとするたびに、翔はそのさらに先を読んだ動きをしてくるようになり、俺の勝率はじわりじわりと下がっていった。
翔の対策をして練習しとかないと、という気持ちが募って焦れば焦るほど、俺の腕前はなかなか上達しなかった。
そしてずいぶん早くその日は来た。
「いぇー! これで俺の勝ち越しだ!」という声がヘッドホンから聞こえてくる。
俺はコントローラーを膝に乗せたまま[YOU LOSE]の文字が出る画面を見つめる。
今回もまた追い抜かれた。
「あー……まぁ、うん。今回は、まぐれかもな」
と言って悔しい気持ちをごまかそうとした。
「どうだろうな。でも俺はまだまだ強くなるぜ、お前はこの成長スピードについてこれるかな」
いや無理だ、ついていけない。直感的にそう思う。
ダメなんだ、俺は。何をやっても、こいつの努力にはついていけない。
勉強も、運動も、ゲームも。勝てない。勝てっこない。
俺は昔から努力する才能がない。何もかも中途半端だ。
翔のようにはできない。
そう思うと、胸の奥底から燻っていた黒い煙が拡がっていくようだった。
「なんだよ、たかがゲームで勝ったぐらいでよ……偉そうにしてんじゃねぇよ」
つい、俺の口からそんな言葉が漏れた。
しまった、と思って「なーんちゃって」と付け加える。
「……」
ヘッドホンからは、しかし何も聞こえてこない。
しばらくしてブツッという音とともに通話が切れた。
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