うーん、こ

コスギサン

第1話

「和成〜、ちょっとこぉーい。」


 庭からじぃじの声がする。

 僕は用件を先に言えよ、と思いながら重たい腰をあげた。おそらく庭の草毟りあたりだろう。


「なにぃ?じぃじ。」


「珍しいモン見つけたんだ。こっち来て見てみろ。」


 声の発生源を辿る。虫か何かだろうか。


「ホレ。」


 じぃじが指差した先にあるのは、うんこだった。


「ホレじゃないよ。これうんこじゃん。」


「珍しいだろ?」


 遂にボケが始まってしまったか...母親になんて切り出そうか頭でシミュレーションを始める。


「珍しいだろ?」


 二回言わんでもいいよ、聞こえてるから。


「珍しいって、毎日トイレで顔合わせるじゃないか。」


「バカかお前は。そういうことじゃないんだよ。」


 一体どういうことなのか。さっぱりわからん。


「じゃあどういうことなの?」


「庭にうんこが落ちてるんだぞ?なんでだ。」


「なんでってそりゃ、誰かがしたからでしょ。」


「誰がしたんだ。」


 そう言われると確かに庭にうんこが落ちているのは珍しい。というか異常だ。ウチはペットを飼っていない。


「...じぃじしたの?」


 第一発見者はやはり怪しい。たまたま見つけたフリをして、誰かのせいにしようとしているのかもしれない。


「自分でしたらおめぇ、片付けるだろうが。」


 それもそうか。殺人事件ではない。簡単に隠せない死体と違ってうんこなど拾って流せばいい。


「こりゃウチの誰かが犯人だぞ。」


「どうして言い切れるの?」


「ウチの庭は家と塀で囲われてる。うんこを漏らしそうなヤツがわざわざここは選ばん。」


「人目を避けるためかもよ?」


「人目を気にするならむしろここは最も危険だ。家を見ろ。」


「あ。」


 そう。ウチの庭は父親の部屋と面しており父の部屋からは庭の隅まで一望できるのである。そしてウチの父はカーテンを閉めない。つまり父親が部屋に居たら丸見えだ。


「でもさあ、そしたら庭からも父さんが見えるってことでしょ?人が居ることを分かっててするかな?」


「可能性は低いだろうな。そもそも外部の人間の犯行なら特定は不可能に近い。昨日滋は何時に帰ってきた?」


 滋というのは僕の父親。


「んー、21時くらいかなぁ。」


「オレは18時まで庭でパターゴルフしてたぞ。」


 ということは。もし外部の人間なら犯行は18:00〜21:00の3時間の間、ということになる。うんこ、という短時間で為せる行為に対してなかなか広い時間である。情報のない今絞るのは難しい。


「僕たちだけじゃ絞れないね。じぃじの言う通り家族に犯人がいるかもしれないし。」


「たとえ犯人だとしてもしらを切ってしまえばそれまでだ。オレたちだけで推理するぞ。」


 どんだけうんこに必死になってんだ。いいからさっさと片付けろよ、第一発見者だろ。


「推理ってどうやって?」


「まず家族内に犯人がいるものと仮定して被疑者を絞るぞ。」


 被疑者って...。

 お互いの記憶を元に、家族全員の動向をじぃじが表にした。


 犯行時間18:00〜21:00


 爺、18:00までパターゴルフ、20:00就寝

 婆、一日中在宅。17:00就寝

 父、7:00出勤、21:00帰宅

 母、7:30出勤、18:30機宅

 子、8:00学校へ出発。16:30機宅。


 なるほど、こうすれば分かりやすい。いやしかし17:00就寝て。半端ねぇな。


「可能性があるとすれば文代、晴子、お前。そして滋も21:00以降は犯行が可能だ。あまり絞れんかったな。」


 ナチュラルに自分だけ除外するな。ばれてるぞ。


「え?ばぁばは17:00に寝てるよ?」


「そりゃ考えが甘いぞ。寝ぼけて庭でうんこしちまうかもしれねぇだろ。」


 もしそうだったとしたら介護が必要になる。もしかしてこれ意外と重大な事件なのでは?


「晴子はおそらく違うな。帰ってきてからすぐ夕飯の準備をしていたし、何よりうんこしたくなったら家のトイレを使えばいい。」


 そんなの全員そうだろ。


「じぃじとばぁばの部屋から庭に行くにはリビングを通るから、もしばぁばなら母さんが一度目撃してるんじゃない?」


「確かにな。夕飯の時晴子に聞いてみよう。」


 飯時にうんこの話すんのかよ。


 こうして庭うんこ事件は一時保留となった。僕たちは夕飯まで各々自由に過ごした。



 そして決戦の時。20:00。僕とじぃじとばぁばと母が食卓を囲んだ。


「母さん、昨日夕飯の準備してる時、ばぁばがリビングを通らなかった?」


「 ? 通ってないと思うけど...」


 こりゃばぁば説は薄い。そもそもじぃじだってリビングでテレビを見ていたのだからばぁばが通れば気づきそうなものだ。


「おばあちゃんがどうかしたの?」


「いや、なんでもない。」


 さすがに食事中に便の話を持ち出すのは憚られた。ばぁばを一瞥する。茶碗を手に持ったままふんぞり返って寝ている。無理やり連れてきてごめんね、ばぁば。


「あらおばあちゃん寝てるじゃない、珍しく一緒にご飯食べるのに。」


 果たしていいのだろうか。このまま庭うんこ事件を僕たちだけで捜査して。既に母さんは僕がばぁばの何かを気にしていることを察しているだろう。母さんが変な心配をするかもしれない。


「母さん。」


 じぃじ、僕は言うよ。食事中にうんこの話をするというハズレ役は僕が引き受けよう。だからせめてじぃじ、僕を援護してくれ。


「ん?」


「実は今日、庭にうんこが落ちていたんだ。」


 食卓は静寂に包まれた。心なしかテレビの音が大きくなった気がした。薄い箱からの笑い声はこの状況とあまりにもミスマッチだった。

 じぃじも消しとけよ、大事な話をするんだから。


「食事中に変な話をしないの。」


 全く呆れた子だわ、そういう顔だった。やはり子供から話したのでは説得力に欠ける。援護射撃まだか。じぃじの方へ目をやる。


 母と同じ顔をしていた。


 じぃじ?僕たちは共に戦うと結託したんじゃないのか?なぜそんな目を僕に向けるんだい?


 そして次にじぃじが発した言葉は、僕の淡い期待をちりぢりに吹き飛ばした。


「和成、お前は何を言っとるんだ。」


 僕はリビングを飛び出した。


 ウソだ。ウソだ。庭のうんこで騒ぎだしたのはじぃじだ。わざわざ僕を呼びつけて犯人探しに巻き込んだのはじぃじだ。ばぁばが怪しいと言って寝ているところを引きずって連れてきたのはじぃじだ。

 僕はサンダルが逆なことにも気づかず、この騒動の爆心地へ向かう。


 昼間の全ては夢だったのだろうか。そこにうんこはなかった。




 風呂から上がって自室へ向かう、その途中、トイレから出てきたじぃじと対面した。


「じぃじ、うんこはどうしたの。」


 僕は先制攻撃を仕掛ける。庭のうんこのことだけではない。"庭うんこ事件"はどうした、そう聞いたのだ。


「 ? 今流したぞ。」


「違うよ、昼間のあれはどうしたんだよ。」


「まだバカなこと言ってるのか。夢でも見たんじゃないのか?」


「...じぃじは昨日の午後何した?」


「庭でパターゴルフしたぞ。」


「何時まで?」


「18:00までだな。」


 夢じゃねぇじゃん。こいつやってるわ、絶対こいつのうんこだわ。

 僕は大人がどういうものか知った。





 庭うんこ事件から2年が経った。結局犯人はじぃじだろうということで僕の中での庭うんこ事件は解決した。あれ以来庭からじぃじに呼ばれても聞こえないフリをしている。

 僕はじぃじに裏切られ、母さんに哀れな目を向けられてしまった。だがそれも昔のことさ。僕も少しか大人になった。

 うんこも過去も、水に流そう






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