第1章 第3話 オタクが存在しない世界

「――ぇ……?」


 気がつくとわたしはベッドの上にいた。


 ていうかなんかすごいデジャヴ。でも今度はちゃんと覚えてる。


 わたしは悪魔、レヴィアに殺された。そして死後の世界でもう一度殺された。

 おそらく、地獄に堕とすために。でもここは――。


「地獄、って感じじゃないわよね……」


 わたしの身長の数倍はありそうなやたらスプリングの利いたベッドに、ふっかふかの毛布。そしてベッドの周囲には純白の分厚い天蓋が張られており、外の様子は見えないがかなりの好待遇であることがわかる。ここが本当に地獄なら逆に天国の様子が気になるところだけど……。


「あの悪魔のやりそうなことぐらいわかってるのよ」


 どうせ平和なのはこのベッドだけで、外は血の池とか針山が広がっていたりするのだろう。あの女ほんと最低だからな……。このわたしが無様にも地に膝をつけたのにも関わらず何の反応も示さないなんて人間としてどうかしてる。あ、悪魔だったかそれなら納得できる。


 とにかく外を見てみなければ何も始まらない。わたしはベッドから起き上がり天蓋を開けることにした。


 少なくともこのスペースは安全なようだしもう少し長居してもいいが、たとえ外が想像も絶するほどの地獄だったとしてもわたしにはさして問題はない。


 地獄は人間が堕ちるもの。ならその中にオタクはいくらでもいる。そいつらを魅了すれば地獄の苦難も代わりに受けてくれるはずだ。


「地獄のオタサーの姫に、わたしはなる!」


 そう決意し、天蓋の外を見てみるとそこには予想外の景色が広がっていた。


「――あの女は何を考えてるのよ……」


 ある意味で当たり前。それでいて想像もしていなかった光景。ベッドの外には普通の部屋があった。


 普通の部屋と言ってもあの選別の間や想像する地獄のような理を超えた部屋ではないという意味。学校の教室と大差ないほどの広さを持つ空間は清掃が行き届きすぎていて生活感を全く感じない。ライトやテレビといった電化製品はないが、代わりに机や本棚などの家具は華美な装飾が施されており、テレビで観る海外の高級ホテルなんか比べものにならないほどの高級感が肌を刺激する。何にせよここが地獄だとはやっぱり思えない。


「いやいやそんなはずないって」


 あの悪魔が地獄と言った以上ここは何があっても地獄なのだろう。だとしたら答えはこれだ。


「どうせこの建物の外が地獄なんでしょう?」


 わたしはベッドを降り、部屋の奥にある小さな窓を開けた。両開きの窓が外側に開き、外の風景を露わにさせる。わたしの考え通りならこの外こそが地獄で……。


「ほんと何がしたいのよあの女は……!」


 溢れかえる人。積荷を引く馬。石で造られた建物や地面。栄光を示す噴水。


「これじゃあまるで異世界転生じゃないの……!」


 わたしの眼下に広がるのは地獄とは程遠い、中世を想像した時に誰もが想像する通りの光景だった。


 横を見てみるとこの部屋が他の建築物よりも数段大きい城のような建物の一室だということがわかった。しかもおそらく最上階。最高級の扱いだ。


 中世と言えば異世界転生。でもレヴィアは地獄に堕とすって……。


 いや、そういえばわたしが異世界転生なんじゃないかって言った時にレヴィアは肯定も否定もしていなかった!


 でもだとしたらどういうこと? この中世が地獄ってこと? まぁ現代と比べると生活レベルではそうなるかもしれないけど……。


「お目覚めのようですね、姫」


 思考を巡らせていると、わたしの背後から扉が開く音と共にわたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。しかも声の主はあいつ。


「ちょっとレヴィア、どういうこと!?」


 今はわたしを呼び捨てにしたことよりもこの状況を理解する方が優先だ。わたしは叫びながら振り返ると、度肝を抜かれた。


「……なにレヴィア、その格好?」

「なにって、見ての通りです」


 そこにいたのは相変わらず無表情で淡々と話すレヴィア。だがその服装は彼女の印象と大きくかけ離れたものだった。


 白いカチューシャ、黒のミニワンピースにニーソックス、腰に巻かれたフリルのついたエプロン。それは完全に主にかしずく職業を示す服装。


「メイドですよ、姫」


 当然のことのようにそう言い放つと、レヴィアは両手でスカートの端を掴んで小さく礼をした。


「だから何でメイド服なんか着てるのって訊いてんのよ」


 わたしの彼女に対する印象はメイドの真逆。むしろそういう人間を侍らせている王女って感じだったのになんて様だ。なんかむかついてきた。


 彼女にそんな格好をさせてはならないと理屈ではなく本能がそう告げてくる。誰かにかしずくだなんて決して認められない。おそらくレヴィアの生物としての格がそう思わせているのだろう。


 それなのにくそ、何でこんなにも似合ってるんだ!


 人の完成系のような顔立ちと惚れ惚れしてしまうほどに美しい金髪、理想的なスタイルがメイド服と相性がよすぎる! 超キレイ!


 そうかわかったわ。職業としてのメイドと思うと人間を超えた神々しさを持つレヴィアは不適合だけど、萌えとしてメイドを見ているオタクの観点に慣れ親しんだわたしにとってはその神秘的なオーラも魅力的に思えてしまうんだ。


「……どうしました? そんなボーッとした顔をして」


 くそ、無表情で首を傾げる姿もすごく様になってる! これアニメだったらクーデレ系メイドキャラとしてすごい人気を博したんだろうな。


「……何でもないわ。いいから全部説明して」


 このわたしが魅了されるとは屈辱だわ。一瞬わたしがオタクみたいにキモくなっちゃったじゃない……。


「ではおそらくあなたが一番気になっているであろう疑問から答えます。ここが本当に地獄なのかどうか。その答えはイエスです。もっとも、あなたにとっては、という意味ですが」

「つまり本物の地獄じゃなくて、地獄のように辛い場所、ってこと?」

「そういうことです」


 やっぱりわたしの解釈通りの答えか。でもだとしたら余計わからない。


「別にわたし中世でもそんなに辛くないわよ?」


 中世のことを詳しく知っているわけじゃないけど、野生動物を狩ったりトイレも何もない家に住むわけでもない。それにこんな豪華な城に住まわせてくれるのならそれなりの待遇は受けられるだろう。


 そのはずなのになんだろう。何かを見落としているような気がする。


 根本的な、何かを。


「おかしいですね。中世ということは電気が通っていないんですよ?」


 その何かを気づかせたいのか、レヴィアはまるで推理漫画の探偵のようにわざとらしい口調でヒントのようなものを投げかけてきた。でも答えは変わらない。


「まぁスマホとかテレビがないのは辛いわよね。SNSのない生活なんて小学生以来だしアニメも観れ……っ!」


 あ。


 終わった。


 わたし、終わった。


「ようやく気づいたようですね」


 あのことに気づいた私の顔がよほどおもしろいのか、レヴィアは珍しくニヤリと口角を上げる。


 そうか。これが狙いだったのか。


「やってくれたわねレヴィア……!」

「言ったでしょう? ここは地獄だと」


 血の池に落ちるのも針山に刺されるのもわたしにとってはたいした苦難じゃない。


 誰かがわたしを助けてくれるから。身近なオタクを使って逃れることができるから。


 でもこの世界ではそうはいかない。


 電気がない。ということはアニメがない。それ以前にこの時代では紙だってまともにないはずだし、アイドルという文化もなかったはずだ。


 つまり。


 ここはオタサーの姫というアイデンティティが喪失する世界。


「オタクが、存在しない世界――」

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オタサーの姫が本物の姫になっちゃったので全世界の人間をオタクにしちゃいます! 松竹梅竹松 @syotikubai

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