29 捜査終了

 私は話を続けた。

「吉村と熊田は、昨年度の日本の心霊スポット百選を検索していました。ちゃんと履歴に残っていました。吉村は、昨年の日本の心霊スポット百選に選ばれたこの幽玄荘の心霊現象のことを知っていたのです」

「あっ、夜になると旅館に停められている車が勝手に動くっていう心霊現象ですね!」

 今村知子が言った。

「ええ、今村さん、昨日あなたが教えてくれました」

「おう、香崎、そんなのあるのか」

「はい。その心霊現象を知っていた吉村は、実際に、自分の目の前で、車が動いているの目撃したのです。幽霊や呪いの類がこの世に存在するということを信じざるを得ない心理的状況下に置かれた吉村は、恐怖のあまり、その車の横を通ることができませんでした。彼は慌てて旅館の裏側へ戻りました。吹雪の中、全裸の彼が生き残る道はひとつしかありませんでした。江島さんが落ちてきた所をよじ登って、露天風呂にたどり着くことです。そこで吉村は高さ4メートルの壁を登り始めました。傾斜角度は約78度、ほぼ垂直です。しかも雪が付着していました。おそらく、彼は何度も登り、何度も滑り落ちたでしょう。そして、体力が尽きて、その場に倒れこんだ」

「おう、悲惨だな」

「はあ、何という壮絶な最期なんでしょうか……」

「そんなことが……」

 神田正雄と森田一子が言った。

「で、それで、刑事さん、江島さんはどうなったんですか!」

 女将が尋ねた。

「江島さんは、川に突き落とされた後、下流にある『市民憩いのハイキングコース』の池まで流されました。そして、昨日の早朝そこで発見され、病院へ運ばれました。昨日一時的に意識が戻りましたが、その後また意識を失い、現在も重体のままです」

「重体ですか……」

 神田正雄ががっくり肩を落とした。

「あの、刑事さん、私たち、江島さんのお見舞いに行けませんか?」

「いえ、それは難しいかと……」

 森田一子が言ったら、係長の電話が鳴った。高木先輩からだった。

「おう、高木か。おう、おお、そうか。わかった。ご苦労」

「係長ー、何だったんですかー」

「おう、江島さんの意識が戻った」

「あ、ああ、良かった」

 女将が胸を撫で下ろした。


 その後、若い頃から軽装で冬山へ入っていた江島さんは驚異的な回復力を見せ、無事に退院し、事件当夜の事を警察に語った。私が話した事と大方一致していた。

 もしも江島さんが森の中にいなければ、熊田は死ぬことはなかっただろう。吉村も死ぬことはなかったかもしれない。オレオレ詐欺の加害者と被害者、何とも皮肉な巡り合わせだ。


 こうしてこの複雑怪奇な殺人事件の捜査は幕を閉じることとなった。私が刑事になってわずか数日後に起きた摩訶不思議な事件だった。私は決して忘れることができないだろう、この奇妙奇天烈な殺人事件のことを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男湯露天風呂殺人 真山砂糖 @199X

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ