28 事件解明⑤
「熊田は倒れこみました。江島さんは熊が死んでいるかどうか確認するために近づきました。そして、熊の背中にファスナーがあることに気づいたはずです。江島さんはファスナーを開けて、驚きました。中に人が入っていたからです。江島さんは着ぐるみを脱がしました。しかし、すでに手遅れでした。そういうわけで、熊田は頭の部分だけ着ぐるみをかぶって死んでいたのです」
「悲惨な亡くなり方で……」
「悪党の末路なんてそんなもんですよ」
言葉に詰まった神田正雄に、係長が言った。
「誤って人を撃ってしまった江島さんは気が動転していたでしょう。森の中へ戻ろうとして、柵を越えようとしました。しかし、自分が越えてきた柵ではなく、より右側の柵を間違えて越えてしまいました。柵の後ろは旅館の裏側です。柵を越えた所に足場はなく、柵を掴んだまま4メートル下へ落ちてしまいました」
「おう、だから柵が壊れたのか」
「はい。江島さんが落下した所には、車に乗った吉村がいました。猟銃を持った男が露天風呂から落ちてきたのです。吉村は驚いたでしょう。ただ、江島さんも驚いたのです」
「そりゃあ、吉村が全裸で車に乗っていたからな」
「いえ、違います。かつて自分がお金を渡したオレオレ詐欺の受け子が、吉村であると気づいたからです」
「ええーー!」
京子が驚いた。
「吉村はモヒカン刈りでした。江島さんがかねがね復讐してやると言っていたモヒカン刈りの男です。壊れた柵の隙間から少し明かりが漏れてくるだけで、周りはほぼ暗闇でした。しかし、たとえ吉村のヘアスタイルがぼんやりとしか見えなかったとしても声や雰囲気で、江島さんにはすぐにわかったはずです。目の前にいるのが自分の復讐相手であると。銃を構える江島さんを見て、吉村は車から降り、銃を奪おうとしたはずです。そして、江島さんと吉村は揉み合いになりました。68歳の江島さんには、不利な戦いでした。銃を下に落として雪に埋もれてしまいすぐにどこかわからなくなってしまいました。江島さんは車に乗り込み、逃げようとしましたが、吉村に車から引きずり出されました。その時に江島さんが車のキーを抜き取ったと考えられます」
「おおー、なるほどー。すごいじゃない、小春ー」
「吉村は、江島さんを川へ突き落としました。そして、車に乗り込みましたが、キーがないため、エンジンをかけられませんでした。全裸の彼には死活問題だったのです」
「はあ、気の毒に……」
神田正雄がつぶやいた。
「外は吹雪で、車を走らせることも、暖房をつけることもできないという状況でした」
「おう、だったら、旅館の表に回ればいいんじゃないのか? 公然わいせつ罪のほうが、凍死するよりはマシだろ」
「ええ、そりゃそうですよね」
係長と神田正雄が言った。
「当然、吉村もそうしようとしました。彼は車から降りて、旅館の玄関まで歩くことにしました。全裸で、裸足で、彼は吹雪の中、雪が積もった地面を歩きました、旅館の入口に向かって。彼は、なんとか、旅館の横辺りまで来ました。しかし、そこで思いもよらない恐怖が吉村を襲ったのです」
「おう、なんだよ、香崎、ホラー映画じゃあるまいし」
「そうよー、小春ー」
「旅館の横には、常時点灯している街灯があります。その街灯のそばに、いつも木村さだおさんが車を止めていますよね」
「はい、いつも私がその場所に自分の車を止めています」
木村さだおが答えた。
「その頃、あなたは車の中で岡倉さんと会っていた。ですね?」
「……ああ、そうです」
木村がぶっきらぼうに言った。岡倉君子はうつむき加減だった。
「吉村は、その車のそばを通ろうとしました。吹雪の夜、街灯がチカチカと点灯している場所です。彼は恐怖のビデオを編集しなければ、老婆に呪い殺されてしまいます。そういう状況の中、彼は車のそばを通ろうとしたのです」
「おう、で、何だよ、香崎。何が起こったんだよ」
みんなが息を殺しながら私を見ていた。
「何と言えばいいのか……その、車が、揺れていたんです。ガタガタッ、と」
「ブッッ!!!」
神田正雄が飲んでいるお茶を噴き出した。
木村さだおは咳払いし始めた。岡倉君子はそわつき始めた。
その場が、すごく気まずくなった。しかし、係長だけが目を輝かせて訊いてきた。
「激しくだな! 激しく揺れていたんだな!」
「係長ー、県警のセクハラ相談窓口に通報しますねーー」
係長はしょんぼりした。
今村知子は、係長と京子のやり取りを見て、必死に笑いをこらえていた。
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