第18話
「……雲雀ケ丘高等学校旧校舎屋上にてロシア『
これを無力化。
本国の次期暗号屋候補国外拉致の阻止には成功するも、国内で暗躍するロシア側
寂れた雑居ビルの一室。『古物商嘉神』と扉に書かれただけの事務所。
中央にテーブルとソファ、壁際には怪しげな皿や壺、書籍が並んだ棚が置かれ、窓際にパソコンの乗ったデスクがあるだけの殺風景な部屋。
「しかしお前、いくら致命傷を避けたといっても、身体に大穴を空けられたんだ。バックアップの連中を事前に呼んでいたとはいえ、連中と桐ケ谷の到着がもう少し遅ければ、どうなっていたかわからん。わかってるか?平坂」
嘉神支部長の前に座り、私は塞がり切っていない腹の傷をさすりながら相槌を打っていた。
「わかってますよ……っ痛てて」
黄恋春との屋上での殺し合いから一月。私は生き残っていた。
何故か?
「忍術だっていうぐらいだから、そういうのもあるのかなって期待を込めただけだよ。じゃあさ、素人でもすぐできる技とか無いの?」
「まぁ、すぐできる技とかは無いけど……例えば、人間を正面から見て縦に二分する線が引かれていると見たとき、線上にあるのが人間の急所や。正中線言うんやけど、万が一、ナイフとかで刺されそうになったらこの辺は最低限守ることやな」
つまり、あの瞬間。土岐は黄による急所への一撃をわずかに逸らしていたのだ。
その状態で身代わりの術を使ったおかげで、私は即死を免れることができた。
「桐ケ谷も驚いていたぞ?暗号屋の坊主に護身術を教えたのは意図しての事だったのか?」
「いや、そういうわけでは……」
「まぁ、いくら何でもそこまではできないよな」
嘉神支部長は、封筒を取り出すと、私の前に置いて言う。
「桐ケ谷の治療のおかげで、お前も敵工作員もたまたま生きて回収できたが、今後同じ幸運が続くとは思わない事だ。特に、娑婆に出てからはな」
「わかってますて……そのための監視用式神やないんですか?」
任務を終え、機関の息がかかっている治療施設で目を覚ました私は、開口一番「退職させていただきます」と機関からの離脱を宣言したのだった。
諜報機関という組織の都合上、そう簡単に辞める事は難しいだろうと踏んでいた。
しかし、蓋を空けてみれば私が治療施設に入ってから出るまでの1週間で、退職が正式に決定した。
「私も詳しいことは聞いてないんですが、嘉神支部長が色々手を回してくれたそうですよ。それとなく御礼を忘れないようにね」
治療施設からの退院の日。私を2度も死の淵から救ってくれた呪術医の桐ケ谷さんが教えてくれた。
「以前も教えた通り、機関から抜けるといっても、監視は付くし、国外への渡航にも制限がかかる。そのことを忘れるな……そういえば、娑婆に出てからの稼ぎ口は見つかったのか?」
退職後の動向に関る報告書を読んでいるはずだからおそらく知っているだろうと思ったが、そうでも無かったらしい。
「土岐家で護衛チームの指揮官を任される事になりました。斡旋してくださり、本当にありがとうございました‼」
「斡旋などしていない。向こうが勝手に催促を送りつけてきただけだ」
「……そういうことにしときますよ」
一連の手続きを終え、私は事務所を後にしようとする。
「平坂輝」
嘉神支部長に呼び止められ、私は振り向く。
「生きろよ」
いつになく神妙な面持ちで告げられた別れの挨拶を、しかし私は笑顔で受けとり、部屋を後にした。
坑道のカナリアは羽ばたいた 荘村計輔 @Toh-mA
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