義妹が何を考えてるか分からない話
「にいさん」
「うわぁっ!?」
急に自室の扉が「バタン」と開け放たれて、相も変わらずベッドでゴロゴロとしていた俺は、驚きでその身を大きく震わせた。
それと同時に、音がなった扉の方へ視線を急転回させる。と、そこには我が可愛い義妹――月乃氏が仁王立ちされていらっしゃった。
「……って月乃かっ。び、びっくりしたわ……」
「そう。なら良かった」
「よ、良いのかそれは……」
と、そんな会話をしていると、月乃は「お邪魔します」と告げて、トコトコと音を立てて部屋に侵入してきた。それを俺はジーッと見守っていると、何故かごそ、とベッドが音を立てて一沈み。……え?一沈み?
「コラコラ月乃さんっ?何当たり前のようにベッドに乱入してきてるんですか?」
「……にいさんがヘンタイさんだから」
「……この状況だと、月乃の方がヘンタイさん見えちゃうんだけどその変はどうお考えで?」
「おんなのこはせーふ」
「そんなのないからっ!女の子も普通にアウトだからねっ!」
抗議の声をあげると、のそのそと俺の上に跨ってくる月乃。つまりは、朝起こされた時と同じような状態になっているということだ。
お腹の辺りに、その小さな両手が添えられて、それがなんとも小動物のように思えて、胸の中で愛しい気持ちが広がっていく。
「えっと、その態勢好きだね?」
「……にいさんのが奥深くまで突き上げて来るから?」
「いや本当に何言ってるのっ!?」
どこでそんな言葉知ったんだろうか。にいさん、お前をそんなえっちではしたない子に育てた覚えはないぞっ!
「それよりにいさん」
「は、はい?」
「今から時間ある?」
「う、うん。全然暇ではあるけど……。どこか行きたいところでも?」
そう問うと、月乃はその大きな丸眼鏡を左手でクイッと上に持ち上げて、まるで何かの核心に触れるかのような、そんな雰囲気を醸し出す。
「にいさんの部屋、とにかく汚すぎる」
「それはにいさんも思う」
「どうして他人事なのバカにいさん」
「いてっ」
パシンと、おでこを一発弾かれる。思いのほか威力が強くて、俺はその弾かれた箇所を右手で抑える。
そんな俺を、月乃は呆れるかのような目つきで見つめてくる。
「このままだと、にいさんがダメダメのダメな人になっちゃいそうで、義妹として、これは大変由々しき事態だと認識してる」
「じゃあ月乃が一生面倒見てくれたらいいんじゃね?」
と、冗談まがいに笑みを溢しながらそう言ってみる。
「………………」
「……つ、月乃?」
急に訪れた静寂に、俺はただならぬ不穏な空気を感じ取って、細めていた目を恐る恐る開けてみる。
月乃は茫然としているのか、口を半開きにしたまま俺の方を凝視していた。
丸眼鏡のレンズの奥に見える目は、かすかにだけど、いつもより大きく見開かれていて。
その小さな顔にある頬は、ほんのりと赤みを帯びていて。
し、しくった……。瞬時に、そう理解した。
多分、というか絶対にキモチ悪いと思われた。いくらなんでも義妹に、一生面倒を見てくれなんて、単純に考えれば頭がおかしすぎる。何を考えて生活してきたのか研究が必要なくらい、脳みぞが腐っていることだろうに。
それに――今日の朝に、俺は事故ながらも軽い不貞を犯しているのだ。ほぼほぼ半裸状態で、月乃に迫った。
そんなことがあった後にに、「一生面倒を見てくれ」という台詞。
俺は生活の保護をしてくれとの意を込めたものだったのだが、聞きとりようには、その、なんと言うか……、「一生俺の性のたかぶりを処理してくれっ!」なんて風に聞こえてもおかしくはないかもしれなくもない。
……いやぁキモチ悪いったりゃありゃしないねまったく。本当、こんなやつが義兄で申し訳ないと、つくづく自分でも思ってしまう。んまぁ、自覚してるんなら直せよボケッ!って感じだけど。
俺はこの沈黙を切り裂くために、怖いながらも口を開いた。
「月乃っ……?その……、さっきは本当にごめんなっ……?」
「………」
「嫌に決まってるよな、こんなやつの面倒を一生見るなんて……。だからさっ、さっきのセリフは忘れてくれっ……」
目の前で両手を合わせて――合唱のポーズと取って、懇願する。
再び訪れる沈黙。
そして数秒の時が流れた後、俺の上に乗る義妹は、口を開ける。
「……ふーん」
ちょ、なんか怖いんですけどぉぉ……?
様子を確認するために俺が閉じていた目を開ける。
とそこには――月乃はいつもの無表情を浮かべていて、
「ふーん、そっかそっか。にいさんは私に一生面倒を見て貰いたいんだっ」
「えっ、いやそれはだから――」
「なるほどなるほど。にいさんは私に面倒を見て貰わらないとなんだっ」
いつものように、淡々と。小さく、単調で。
でもそれを放つ声は、どこか弾んでいるような気がした。
「だってにいさんは私に面倒見て貰わないとなんにもなーんにも出来ない、ダメダダメな人。……それなら、私が面倒を見てあげないと、しっ、仕方ないよねっ」
「あ、あの月乃さん……?」
「……うん、なら解った。私が――一生、にいさんの面倒を見てあげてもいいっ」
「へっ……?」
顔を近づけると、ぷいっとそっぽを向いてしまう月乃。……なんでや。
あぁくそぅ、なんか最近、どんどん月乃のことが分からなくなってきた。
一番近くにいるはずなのに。一番良く見て来たはずなのに。
可愛い義妹が――月乃が。何を考えているかまったく分からない。
――もしかしたら俺、義兄失格なのかもしれないな。
「んっ、よいしょっと」
月乃はベッドから降りて、ドアの方へと駆けていく。
俺は身を起こして、その小さな背中に声をかける。
「あ、あれ月乃っ?そこ行くんだよ。片付けは――」
「大丈夫。すぐ来る。……ちょっと着替えするだけ」
「……了解」
「だから――」
月乃がパッと、振り返る。
満面の笑みを浮かべて。
「寝ずに、ちゃんと待っとくんだよっ?――お兄ちゃんっ」
すたすたと廊下を歩く音が遠ざかってから、俺はもう一度ベッドに身を投げる。
そして、混乱でおかしくなりそうな頭を押さえた。
――いやぁ本当にほんとうに。
義妹が何を考えているか分からない。
〈あとがき〉
日常パート難しいです。
〔7000PV〕幼なじみに恋する俺が、義妹に惚れるなんて絶対にありえない。 しろき ようと。(くてん) @Siroki-Y
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