第12話 奇跡に似た喝采で
目が覚めた。窓の外から、さわやかな鳥の囀りと僅かな風の音が聞える。
息を吸いながら手足をむずがる子供のように伸ばして、息を吐きながら思い切り力を抜く。
(朝か…)
あの後、軽めの夕食を部屋に運んでもらい、入浴や歯磨きを済ませた後、また泥のように眠ったはずだ。そう思い出しながら、イグジスタは天蓋から垂れるカーテンをそっと捲り、床に足をつけた。
室内はまだ薄暗く、夜が明けて間もない時刻だろうと考える。部屋にもうひとつある妹用のベッドでは、まだ彼女が柔らかい眠りに包まれているようだ。微かな吐息の繰り返しに、何故かほっとしながら、音を立てないよう慎重にイグジスタは寝台から抜け出した。
寝室にある三つの窓…イグジスタの寝台がある西側の窓、フロールの寝台がある東側の窓、そして北側の窓、そのいずれにもカーテンが引かれていて、室内は暗い。イグジスタは北側の窓に向かい、そっと音がしないようにカーテンを半分ほど開ける。
眼に見える窓の先、イグジスタにとって忌々しい山がその偉容を誇っていた。多くの国民にとってそれは、マウンテンビューという絶景に違いない。
東から昇る朝日が、雪の残る稜線を浮かび上がらせていく。黄金に似た輝きで、神聖すら感じる光を目で追いながら、
(随分遠くに来て、近付いてしまったもんだな)
そう、イグジスタはぼんやりと思う。
(良かったか悪かったかわからないが、とにかく、ようやっとスタートラインに立ったようなもんか。
出来の悪い俺にしちゃ、よくやったんじゃないか?
エリタージュの兄貴と本気で戦って、いけすかない筋肉マンにも、まぁ、デレ?てもらたっし?
それでよかった、ってわけでもないけど)
思い返せばおぞましい記憶しかないはずの山だが、こうして見るぶんには神々しい。それをにやにや笑いを浮かべて満足げに見やっていると、衣擦れが聞こえて東側の天蓋の幕が開く。
(生きてるって、悪くない、な)
「イグジィ」
呼ぶ声に応えて、そっと振り向けば、そこにはイグジスタの女神が立っていた。横から注ぐ夜明けの陽の中で、淡く縁取られていく美しさがそこにある。
「フロール」
奇跡に似た喝采で、太陽が昇るように。祈りに似たその名前を呼べば、紅い髪の乙女は、寝起きの柔らかい微笑みを白い髪の少女に降らせた。
『おはよう』
俺、悪役令嬢に転生しましたが、魔法少女になります! 桂詩乃 @ShinoKatsura
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