葉桜琴乃には○○がいる。

 

第9話目です。ついに最終回!

甘さ控えめかもしれません。

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 葉桜琴乃はざくらことの。社会人4年目。

 可愛い小動物系女子。職場のアイドル。超人気者。

 実家から離れ、同棲している俺、阿僧祇あそうぎ けいと琴乃。

 高校も大学も無事に卒業し、就職して働いている。

 付き合い始めてから9年ほどが経った。

 俺たちの関係は良好だった。喧嘩しつつも、仲良いカップルだったと思う。

 しかし、ここ2,3カ月、琴乃の様子がおかしい。コソコソしているし、誰かと連絡を取っているらしい。四六時中スマホを手放さない。俺の前ではオシャレをしなくなった。露出を避けている。夜の生活も皆無だ。レスだ。

 金曜日の夜。働き終わった俺は、暗い夜道を歩いて帰宅している。

 琴乃にメッセージを送ったが、一向に返信はない。


「はぁ……もしかして、アレなのか?」


 疑いたくはない。でも、どうしても疑ってしまう。


「浮気……してるのか?」


 琴乃の行動は、浮気をしている人の行動にピッタリと一致する。

 まさか琴乃が……。でも、琴乃は綺麗で可愛い。職場で超人気で、男からもモテるらしい。イケメンから言い寄られたら、俺なんか霞んでしまうよな。


「はぁ……嘘だといいけどなぁ」


 ため息をついたその時、ピロリン、とスマホが音を立てた。すぐさまメッセージを確認する。


『京! 見て見て! お母さんたち新車買ったの! どやぁ!』


 俺は、一瞬で母さんからのメッセージを消去した。顔は感情が抜け落ち、無表情だったに違いない。

 ため息をつきたい気持ちを堪え、星空を見上げて声を荒げる。


「心底どうでもいいわ!」


 俺は一人でトボトボと帰宅する。

 玄関を開けると真っ暗。明かりが消えている。テーブルの上にはメモが置いてあった。


『体調悪いから先に寝るね。起こすな! 愛しの琴乃より♡』


 琴乃は、明かりを消した寝室のベッドの上でスヤスヤ寝ていた。可愛い寝顔だ。

 ここ最近、体調が悪いと言ってベッドに引きこもることが多かった。

 疑いたくはないが、一度疑念を持つと、心の中で消えずに燻ってしまう。

 俺は一人で寂しく夕食を食べる。



 ▼▼▼



 次の日は土曜日で、俺と琴乃の仕事は休みだった。

 のんびり過ごそうかと思っていたが、どうやら琴乃は出かけるらしい。軽く化粧をして、スマホの時間をチラチラと確認している。

 準備が終わった琴乃は、荷物をもって、玄関で敬礼する。


「わたくし、葉桜琴乃は出かけてきます!」

「了解であります!」

「行ってきまーす!」

「へーい。行ってらっしゃい」


 俺は笑顔で琴乃を見送り、玄関のドアが閉まった瞬間、すぐさま行動を開始した。

 何の行動かって? もちろん、尾行に決まっている!

 軽く変装して、バレないように琴乃の後をつける。

 5分ほど歩いた琴乃は、周りをキョロキョロとする。すると、停車していた車がクラクションを鳴らした。知らない車だ。

 ニッコリ笑顔を浮かべた琴乃は、手を振りながらその車に近づき、慣れた様子で助手席に座る。

 俺からは運転手が見えない。確認したいが、近づくと琴乃にバレてしまう。

 けれど、琴乃があんな笑顔を浮かべるなんて、相当仲が良い人間だ。例えば、浮気相手とか。

 夢であって欲しい。嘘であって欲しい。足元が崩れ落ちる感覚に陥る。心が空っぽになる。


「マジかよ……琴乃……」


 呆然と立ち尽くす俺は、琴乃が乗り込んだ車を、ただ見送ることしかできなかった。



 ▼▼▼



「おーい。京? どうしたの? 元気ないよー?」


 琴乃が心配そうに顔を覗き込んでくる。小柄な琴乃の小さな手が、俺の頬を挟み込むのように触ってくる。額に手を当て、熱を測ったりもする。

 浮気の決定的現場を目撃した俺は、いつの間にか家に戻っていて、気づけば数時間が経過していた。今日は何もやる気が起きず、ボーっと過ごし、夕方ごろに琴乃は帰ってきた。

 二人で夕食を食べたのだが、もちろん俺には食欲がなく、機械的に無理やり胃に流し込んだ。


「ねえ? 大丈夫? 気分悪くない?」

「……大丈夫だ」

「本当? 彼女に浮気された彼氏、みたいな顔になってるけど」

「うぐっ!?」


 なんだ? 俺に探りを入れてきたのか!?

 琴乃の顔はただ心配そうなだけ。これは演技なのか? コイツならあり得る。よく揶揄ってくるから。

 俺は琴乃が好きだ。大好きだ。でも、琴乃が別の男を選ぶのなら、俺は諦めよう。琴乃の幸せが一番だ。

 覚悟を決めて、琴乃と向かい合う。真剣に琴乃の綺麗な瞳を見つめる。


「琴乃……俺に隠してることがあるだろ」

「……えっ?」

「話してくれ」


 一瞬、琴乃の瞳に浮かんだ動揺の光を見逃さない。誤魔化そうと顔を逸らし、作り笑いを浮かべようとしたが、すぐに諦めて肩を落とした。小さく呟く。


「……そっか。気づいてたんだね。仕方がないか。ちょっと待ってて」


 琴乃は、寝室に向かい、何やらゴソゴソといろいろなものを持って来た。書類が多い。

 スッと俺に差し出してくる。


「まずはこれを書いて。話はそれからだよ」

「……わかった」


 俺は言われるまま、書類の欄を埋めていく。氏名や生年月日、その他いろいろ。

 心が空っぽの俺は、脳が働かず、内容が頭に入ってこない。

 全部書き終わり、琴乃が満足そうに内容を確認する。笑顔で頷いている。


「よし! オーケーだね!」

「……それ、何だったんだ?」

「ふぇっ? 何も見ないで書いたの? ここにバッチリ書いてあるじゃん!」


 琴乃が、書類の一番上を指さす。そこには、デカデカと文字が書いてあった。


「ズバリ! 『婚姻届』です!」

「は?」

「明日一緒に出しに行こうね! パパ!」

「えっ?」


 えーっと、全然状況が理解できないんだけど。

 俺が書いたのは婚姻届? それって、結婚するときに書くやつだよね? えっ? なんで? 別れ話になるはずじゃ……。


「琴乃?」

「なーに?」

「他に好きな人がいるから俺と別れるんじゃ……」

「あ゛っ?」


 笑顔の琴乃の顔から、スッと感情が抜け落ちた。物凄くドスの利いた声で、俺の身体が震える。滅茶苦茶怖い。

 無表情の琴乃が、静かに近づいてきて、俺の頬を容赦なく引っ張る。


「変なことを言った口はこれかな? かな?」

いふぁいいたい……」

「私が京以外の男が好きで別れる? そう言った口はこれかな? かなー?」

いふぁいでふいたいです!」

「どうしてそんなこと思ったの! ばか! ばか京!」


 ぷくーっと頬を膨らませて、琴乃がプンプン怒っている。俺は、引っ張られて赤くなっているだろう頬を撫でながら、もごもごと小さな声で話し始めた。


「だって、ここ最近琴乃の様子がおかしかったから。俺に隠れてコソコソしてたし、スマホはずっと持ち歩くし、俺の前でオシャレしなくなったし、体調が悪いって夜の誘いも断ってさっさと寝るし、男の車に乗ってどこかに行くし……」

「ちょっと待って! 最後のだけはよくわからない!」

「今日のことだよ!」


 思わず声を荒げてしまうが、琴乃はキョトンとするだけだ。理解が出来ない様子で首をかしげている。


「今日? 今日は京のお母さんとお出かけしただけだよ」

「へっ?」

「新車に乗せてもらったの。新しかったよぉ。それでね、婚姻届けを貰いに行ったり、ベビー用品のお店を見て、いろいろ教えてもらったりしたの」


 えっ? あれっ? お出かけの相手は男じゃなくて俺の母親? そう言えば、昨日、新車買ったってメッセージが来ていた気が……。


「コソコソしてたのは、京のお母さんに相談に乗ってもらってたから。スマホを持ち歩いてたのはそのせい。オシャレをしなくなったのは、身体を冷やさないため。体調が悪かったのは本当。でも、私はあまり酷くならない体質だったみたい」

「……マジか。疑ってごめん」

「本当に疑ってたの!? だから落ち込んでたのかぁ! 私が浮気したと思って? そんなことするわけないじゃん! 早とちりしすぎ!」

「…………良かった。滅茶苦茶安心した……」

「もう! 私を信用してください! 何年一緒にいると思ってるの! あぁ~あ。私の心がちょっと傷つきました。傷ついちゃいました! これは一生償ってもらわないとダメですね。というわけで、結婚しよっか!」

「そうだな……」


 俺はつい反射的に答えてしまい、そして少しの間、琴乃の言葉を考える。


「は? ちょっと待って! いきなりすぎてついて行けない! 結婚!?」


 急展開過ぎる!? た、確かに、今婚姻届けは書かされたけど!

 結婚!? というか、プロポーズ!? 琴乃から!? せ、折角俺もいろいろ考えていたのに……。ムードも何もないな。

 琴乃が、椅子に座る俺の太ももの上に座ってきた。慣れた様子でキスをしてくる。


「京は私の夫になって、私は京の妻になるの。異論反論認めません」

「どこかで似たようなことを聞いたな」

「異論反論認めませんが、不満は言ってもよろしい! ありますか?」


 昔から変わらない悪戯っぽい笑顔を浮かべる琴乃。大人になっても可愛い。愛おしい。

 浮気を疑うなんて、俺は馬鹿だった。琴乃が浮気なんかするわけがない。

 これから一生尻に敷かれそうだ。今も敷かれてるけど!


「不満なんかあるわけないさ。琴乃、結婚しよう。一緒に幸せになるぞ!」

「うん!」


 俺と琴乃は、誓いのキスをする。

 幸せすぎて身も心も蕩けていく。誓いのキスはしばらく続いた。

 ゆっくりと顔を離すと、瞳を潤ませ、頬を朱に染めが琴乃が微笑んでいた。嬉しさや恥ずかしさが伝わってくる。


「京大好き」

「俺も琴乃が大好き」


 俺と琴乃は結婚するのか。そうかそうか。何と言えばいいのだろうか。やっと夢が叶う、みたいな気持ちだ。


「結婚するなら、親に挨拶しなくちゃダメなのか。うわぁ。緊張するなぁ」

「あっ、それならもう済ませたよ」

「は?」

「私が先に挨拶しといた」


 ちょっと待て。目の前でニコニコしているこの子は何を言っているのだろう?

 もう済ませた? 先に挨拶した? 意味が分からない。


「ウチの両親にも、京のご両親にも『結婚しまーす。京を貰いますねー』って、先週言ったよ」

「先週!? 一人で!?」

「うん。そしたらさ……」


 琴乃が何故か途中で言い淀んだ。どうしたんだ?


「なんだ? 『いいよー』って軽くオーケーされたのか?」

「ううん、違うの。『えっ? まだしてなかったの?』って本気で驚かれた。もう既に結婚していると思ってたみたい」

「あぁー……」


 そういうところあるよね、ウチの両親と琴乃の両親。正月とか普通にお互いの実家に行くし。その度に『孫はまだか』って言われてた。なるほど。だから『結婚はまだか』って言われなかったのか。


「『じぃじ』や『ばぁば』になることも喜んでたよ」

「そうかそうか。でも、俺も挨拶に行きたい……って、んっ? 『じぃじ』や『ばぁば』? どういう意味だ?」

「どういう意味っておじいちゃんとおばあちゃんって意味だよ。ちなみに、私がママで、京がパパ」

「……んっ?」


 ごめん。全然話について行けない。急展開過ぎ。

 ニコニコ笑顔の琴乃が、俺の手を自分のお腹に誘導する。琴乃のお腹は温かい。

 笑顔であっさりと重大なことを暴露する。


「妊娠しちゃった!」


 その瞬間、俺の周囲を流れる時間が凍り付いた。


「ニンシン?」

「3カ月だってさ。避妊してたけどさ、避妊具が無くなっちゃった日が一日だけあったじゃん。一日だけなら大丈夫でしょって言ってたら、見事に子供が出来ちゃいました。いやー運が良かったねぇ。あれだけ求められれば出来ちゃうか。あはは!」


 にんしん。ニンシン。にんしん。ニンシン。

 こども。コドモ。こども。コドモ。こども。

 脳が処理能力をオーバーしてしまって、状況が理解できない。


「避妊はちゃんとしましょうってことで、京はパパに、私はママになります! そろそろ理解できた?」

「えぇ……えぇええええええええええええええええ!?」


 俺の叫び声が部屋中に響き渡った。そんな俺を見て、琴乃はケラケラと笑っている。

 結婚かと思っていたら、妊娠して子供がいる!? 出来ちゃった結婚!?

 再び俺は叫んでしまう。


「これから忙しくなるよー! 幸せの覚悟をしてよね、私の旦那様(笑)」


 琴乃は、悪戯っぽくウィンクして、むぎゅーっと抱きしめ、チュッと優しくキスをしてくる。

 俺の妻になる葉桜琴乃。彼女に浮気相手はいなかったが、お腹に俺との子供がいるらしい。



 <完結>


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 お読みいただきありがとうございました。

 読者様の『続いて!』というお声が多く、何度も心が揺れましたが、これにて完結とさせていただきます。

 高校時代や大学時代に起きたイチャイチャは、読者の皆様が好きにご想像ください。

『長編に!』というお声も頂きましたが、琴乃と京はダラダラと長く続けさせたくありませんでした。

 私のただの我儘です。


 新たな長編ラブコメ作品の設定を考え始めました。

 主人公は、京と琴乃の子供にしようと思っています。

 現在は、いろいろ大変なので、いつ書き始めるかわかりませんが、二人はいつか再び登場します。

 夫婦になってもイチャイチャしていることでしょう。


 

 読者の皆様、本作品を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。



 2020/5/19 作者:クローン人間

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葉桜琴乃には彼氏がいる。 ブリル・バーナード @Crohn

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