葉桜琴乃は好きと言わせたい。

 

 第八話目です。

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 葉桜琴乃はざくらことの。高校二年生。

 可愛い小動物系女子。我が学年のアイドル。超人気者。

 彼氏である俺、阿僧祇あそうぎ けいの太ももに頭を乗せて、横になっている。膝枕状態だ。

 今は俺のベッドの上。俺は漫画を、琴乃は恋愛小説を読んでいる。そんな琴乃が急にガバっと起き上がった。


「どうしたー?」

「……私、聞いてない」

「は? 何が?」


 珍しく真面目な表情の琴乃が、小さな両手で俺の頬を挟み込んでくる。俺たちは至近距離で見つめ合う。


「……私、聞いてないの」

「だから何が?」

「スキ……」

「なに? スキー? スキーに行きたいのか?」

「ちがーう! いや、冬になったら行きたいけど!」


 首を横に振った琴乃が、俺の頬をペチペチしてくる。


「だから、スキ……!」

すき? 農具の? 農業するのか?」

「ちがーう! 誰がそんなこと言った!?」


 今度は、俺の頬をムニムニして、ビニョ~ンと引き延ばす。


「痛い痛い。ひっぱりゃないでぇ~!」

「おぉー! 楽しぃ~! 京の間抜け顔。あはは!」


 琴乃が俺の頬を楽しそうに触り続ける。

 くっ! こうなったら俺もやり返してやる!

 俺は至近距離の琴乃の頬に触れる。マシュマロのように柔らかく、モチモチと弾力があって、プルプルと潤いがあって、スベスベと肌がきめ細やかだ。何という至福のほっぺ。


「うわぁ。なにこれ……最っ高のもち肌」

「ふっふっふ! どやぁ!」


 得意げに胸を張って琴乃がドヤ顔をする。でも、俺が頬をぷにぷにしているから、ちょっと間抜けだ。

 そんなに胸をアピールしていると揉んでやるぞ! しないけど。


「それで? 琴乃はなにが言いたかったんだ?」

「はっ!? そうだった。京! 私、京に『好き』って言われたことない!」


 なんてことに気づいてしまったのだ!

 ふと視線を落とすと、恋愛小説のページが開いていた。琴乃に薦められて俺も読んだことがある。丁度告白のシーンだ。このシーンを読んで琴乃は気付いたのか。


「さぁ~て、お風呂に入ってくるかなぁ~」

「逃げるなぁ~!」


 は、離せぇ~! 俺はお風呂に入るんだぁ~!

 無理やり立ち上がったら、琴乃は俺を離すまいとむぎゅっと抱きしめた。結果的に、コアラのように抱きつかれた格好になった。琴乃は小柄で体重も軽いので、あっさりと持ちあがる。

 引き剥がそうとするが、上手くいかない。手だけでなく、足までも絡ませている。


「ねぇねぇ! 言ってよ! 私に好きって言ってよぉ~!」

「い~や~だぁ~!」

「ねぇなんで? なんでなの? 恥ずかしいの?」

「当たり前だ! ……あっ」


 コアラのような琴乃が、ニヤニヤと笑っていた。今の俺の言葉は『好き』とは言っていないが、肯定したようなものだ。しまった。引っかかった。


「そうかそうか。京は恥ずかしいから言わないだけなのかぁ。なるほどねぇ~」


 こうなりますよねー。ここぞとばかりに揶揄ってくるよねー。知ってた!


「ほらほら! 男は度胸だよ!」

「このままだとお尻を触るぞ!」

「ふぇっ!? え、えっち! 男は度胸って言ったけどぉ~! それはまだ早いというか、心の準備が整っていないというか……えぇーい! 女はド根性!」


 そんな言葉初めて聞いたんだが。女は愛嬌じゃなかったのか?

 時々出てくる琴乃語だな。深く考えてはいけない。


「だんだんと琴乃が下がっているから、このまま降りるか、俺が抱っこで支えるかの二択なんだが、後者を選択した場合、お尻を触ることになります」

「あ、あぁ。そういうことね。びっくりしたぁ」

「抱っこした場合は、もれなくお風呂まで直行します。琴乃さん、選択を」

「……降ります」


 少し悩んだ様子を見せた琴乃だったが、恥ずかしさが勝ったらしい。顔を真っ赤にしながら俺の身体から離れた。

 ムスッと頬を膨らませながら、ビシッと俺を指さしてくる。


「京のばかぁ~! いつかお風呂に突撃してやるぅ~!」


 言いたいことを言った琴乃は、踵を返して戻っていった。

 向かった先は俺の部屋だろう。これから俺の枕に八つ当たりするはずだ。

 一人廊下に残された俺は、呆然と呟く。


「……琴乃にお風呂に突撃されたら、理性がぶっ壊れそうなんだが」


 俺は一人でお風呂に向かう。そして、着替えを持ってきていないことに気づいたのは、お風呂から上がった後だった。



 ▼▼▼



 電気の明かりが消え、シーンと静まり返った寝室。静かに、本当に静かに、非常にゆっくりと、ドアが開いて、誰かが侵入してくる。

 コソコソ入ってきた人物は、息をひそめてベッドに潜り込む。横を向いていた俺の背中にピトッと抱きついてきた。


「……何やってんだ、琴乃」

「ありゃ? 起きてたの?」


 俺はゴロンと寝返りをして、琴乃のほうを向く。パジャマ姿の琴乃が、目をパチパチ瞬かせている。

 夜の寝室に琴乃とベッドに寝ている。それの気付いた途端、俺の身体がカァっと熱くなる。

 えっ? 俺はどうすればいいの!?


「京と一緒に寝たくて」

「早く自分の部屋に戻れ」

「い~や~! 京と一緒に寝るの! 異論反論認めません! むぎゅ~!」


 琴乃がむぎゅっと抱きついて俺を離さない。甘い香りが鼻腔や肺を満たす。柔らかな胸の膨らみが押し当てられる。

 こ、この感じ! ノーブラだと!?


「は、離れろ!」

「嫌で~す!」

「なんでっ!?」

「だって、京が好きって言ってくれないし……」


 不満げな表情で唇を尖らせる。俺が『好き』と言わないから、こんな行動に出たらしい。


「付き合った時も言ってくれなかったよね?」

「そ、それは……」


 いや、待て。あれは俺は悪くないよな?


「琴乃のせいだろ! 突然彼氏にされて、異論反論認められずに、一方的に言いたいことを言った琴乃はお風呂に入りに行ったじゃないか!」

「あれ? そうだったっけ?」

「そうでしたよ!」


 琴乃がコテンと可愛らしく首をかしげる。忘れるなよ……。

 そして、不安そうに瞳を揺らし、声を震わせながら琴乃が言った。


「京は私のこと嫌い?」

「は?」

「ねぇ、嫌いなの?」


 何を言っているのだろう、琴乃は。わかってるくせに。

 でも、俺が直接言ったわけではないから、不安になっているのかもしれないな。

 口で言わないと伝わらない。それはわかっているんだが、恥ずかしいなぁ。身体が熱いなぁ。本当に言わなきゃダメ?


「べ、別に嫌いじゃないし……」


 くそう! 俺のヘタレ! こういうことしか言えないなんて! 俺の馬鹿!


「正直に言っていいんだよ。嫌いなら嫌いって……」

「阿呆」


 ウルウルと瞳を潤ませている琴乃をギュッと抱きしめる。

 この温もりが、柔らかさが、甘い香りが、俺を癒してくれる。琴乃の全てが愛おしい。


「好きに決まってんだろ」

「京……」


 琴乃を好きになったのはいつだろう? わからない。きっかけもわからない。気づいたときには好きだった。かけがえのない存在になっていた。俺は琴乃がいないとダメだ。

 ハッと息を飲んだ琴乃が、腕の中で上目遣いをしながら、一言呟いた。


「チョロ」

「は?」


 俺は琴乃の言葉が理解できず、呆然と固まる。


「京ってチョロい。さっすがチョロ京!」

「は?」

「よっしゃー! 作戦通り!」

「は?」


 なんか一人で喜んでる? 意味が分からないんだけど。

 琴乃は一人で盛り上がっている。


「いやー、こんな簡単に好きって言ってくれるとは! 愛されてるなぁ、私。うっしっし!」

「こ、琴乃!?」

「はい、京が好きな琴乃ですよ~! どうしましたかぁ~?」

「……部屋に戻れ。さっさと戻れ! 戻りやがれ!」


 恥ずかしさと悔しさを入り混じらせながら、俺は琴乃を引き剥がそうとするが、脚まで絡まっており、離れない。


「嫌ですぅ~! 今日は京と一緒に寝るのぉ~!」


 琴乃も必死に俺の身体にしがみついている。

 畜生! 全て琴乃の手のひらの上で踊らされただけかよ! してやられた!


「あぁもう! 悔しい!」

「ふっふっふ! 私は大満足です! この通り、録音もバッチリと」


 ニヤッと笑った琴乃が、どこからともなくスマホを取り出してポチっとする。今録音されたばかりの音声が流れ出す。


『好きに決まってんだろ』


 それは、今俺が琴乃に言った愛の告白。


「うわぁああああああ! うわぁああああああ! 止めろぉおおおおお!」


 俺は大声を上げて発狂する。耳を塞ぎ、ベッドの上でバタバタと暴れまわる。

 死にたい! 恥ずかしい! 穴があったら入りたい! いっそのこと誰か俺を殺してくれぇ~!


「ちょっと暴れないでよ!」

「いやぁぁぁああああああああ!」

「暴れるなら無限リピート再生するけど?」

「今すぐ大人しくなります!」


 即座にビシッと大人しくなる俺。無限リピート再生されたら、俺は頭がおかしくなってしまう。引きこもりになるかも。

 くっ! こうなったら俺のやり返してやる!


「こ、琴乃は俺のことどう思っているんだ?」

「えっ? 京のこと? 大好きだよ」


 キョトンとして、一切恥ずかしがることなく琴乃は言った。聞いた俺のほうが恥ずかしくなったんだが!?

 んっ? 琴乃の顔が赤くなっている気が……暗くてよくわからないなぁ。

 でも、俺も録音してやったぞ! ふはははは! お返しだ!


『えっ? 京のこと? 大好きだよ』

「おぉー! いつの間にか録音されてる。これは恥ずかしい……かな」


 ぐはっ!? か、可愛すぎるんだけど。恥じらう琴乃が可愛すぎるんですけど!

 心の中で悶えていると、琴乃が超至近距離で見つめてきた。甘い吐息が顔にかかってくすぐったい。


「ねぇ? 京は私のこと大好き?」

「…………大好き」

「ホント!? 私も大好き! んぅっ!」

「っ!?!?」


 この時、俺の唇と琴乃の唇の距離がゼロになった。俺と琴乃のファーストキス。暗闇のキス。

 まあ、親によると、俺たちは小さい頃から何度もぶちゅーとしていたらしいが、それはノーカウントでいいだろう。物心ついて、彼氏と彼女になってから初めてのキスだ。

 俺は、何もできず、ただ固まっていることしかできなかった。でも、一つだけわかったことがある。

 琴乃の唇はしっとり濡れてて、物凄く柔らかいんだな……。

 学年のアイドル葉桜琴乃。彼女は俺に好きと言わせて、あまりの嬉しさにキスをしてしまったらしい。





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お読みいただきありがとうございました。

予告通り、次回で完全に完結します。

次回は一気に時間が進みますよ。

お楽しみに!

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