葉桜琴乃はデートをしたい。

 

 七話目です!

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 葉桜琴乃はざくらことの。高校二年生。

 可愛い小動物系女子。我が学年のアイドル。超人気者。

 俺、阿僧祇あそうぎ けいは琴乃の彼氏であり、琴乃は俺の彼女だ。

 ある日、俺が仰向けになって寝そべっていると、琴乃がトコトコやってきて、身体を跨いで仁王立ちした。短パンだから、下着は見えない。でも、綺麗な素足は眩しい。

 ふんす、とドヤ顔をして言い放つ。


「週末、デートに行くぞ!」


 ふむ。デートとはあのデートなのか? 街で待ち合わせをして、『お待たせ~!』、『ううん、今来たとこさ』とベタなやり取りをして、手を繋いで食事に行ったり、映画を観たり、買い物をしたり、最後にはホテルに行くこともある、あのデートか?

 ど、どどどどどどどうしよう!? 俺、デートしたことないんだけど!?


「返事は?」

「嫌だ」

「えぇ~! 何でよぉ~! 行こうよぉ~!」

「ぐぇっ!?」


 ガーン、とショックを受けた琴乃が、俺の身体の上に座り、胸ぐらを掴んでグワングワンと揺さぶる。き、気持ち悪い……。そして、あんまり動かないで! そこは敏感だから!


「行こうよ行こうよぉ~! おめかしするからさぁ~!」

「だ、だって、デートしたことないし……」

「は? 何言ってんの?」


 あっさりと胸ぐらを放され、ガンッと後頭部を強打してしまった。痛い。

 琴乃は、馬鹿かコイツは、みたいな眼差しで俺を見下ろしている。


「今までに何度もデートしたじゃん」

「は? 誰が? 俺が? 誰と?」

「京が私と」


 自分の顔を指差す琴乃さん。俺が琴乃と何度もデートしただと?

 ぽわ~ん、と記憶が蘇る。二人で買い物に行った記憶、本屋に行った記憶、ゲームセンターに行った記憶、ご飯を食べた記憶、アミューズメント施設で遊んだ記憶、図書館で勉強した記憶、映画を一緒に観た記憶、お互いの家に泊まった記憶。

 …………うん、俺、琴乃とデートしてたわ。ガッツリしてたわ。全部、デートじゃなくて遊びの感覚だったけど、どう考えてもデートだ。


「……全然デートカウントしてなかったけど、何度もしてたな、俺たち。じゃあ、行くか」

「うむ、よろしい。どこ行く?」

「決めてないのか?」

「ノープランです! どやぁ!」

「ドヤ顔するところじゃない!」

「うきゃー!」


 なんか調子に乗ってたから、くすぐり攻撃をしてやった。身を捩って笑い転げる琴乃。俺は無慈悲に冷徹に嗜虐的に容赦なく荒々しく、でも、優しく繊細に丁寧に琴乃の体中をくすぐり続ける。


「うひゃひゃひゃ! ぎ、ぎぶぅ~! あひひひひっ!」


 ギブアップか。仕方がない。今回はここまでにしてあげよう。

 ぜぇぜぇ、と息を荒げる琴乃が倒れて、俺の身体の上に寝そべった。体温が上がってしっとりと汗をかいている。熱が服を通して伝わってくる。甘い香りが強い。


「は、激しかったぁ……意識が飛んじゃうかと思った……」

「おい。言い方」

「え? 何が?」

「……別に何でもない」


 無自覚エロ。俺が思春期男子高校生だからか? 脳内がお花畑だからか!?

 琴乃は、何事もなかったかのように、俺の身体の上でご機嫌に寝ている。鼻歌も歌っている。


「それでどうする? テキトーに街をぶらつく?」

「それでいいのか?」

「もっちろん! 京と一緒にいるだけで私は楽しいも~ん! 目的もなくぶらつくのもいいよね!」


 くぅ~! 俺の彼女が可愛すぎる! どうすればいい? 俺はどうすればいいんだぁ~!?

 こういう時に、目ざとく気づくのが琴乃である。


「あれ? 照れた?」

「……別に照れてないし。普通だし」

「絶対に照れてる! 顔を見せろぉ~!」

「嫌だぁ~!」


 両手で顔を隠すが、琴乃がその手を払い退けようと四苦八苦する。方法を変えて、くすぐってくる。逃げたり体勢を変えようとするが、琴乃が乗っているため上手くいかない。


「照れた顔を私に見せるのだぁ~!」

「絶対に嫌だぁ~!」

「あらあら。仲良しねぇ~。ごちそうさま」


 そんなにほのぼのと見てないで助けてくれよ、母さん!

 あっ、ちょっと! 『ごゆっくり~』じゃないから! どっか行くな! 助けてくれぇ~!

 デート前の俺と琴乃は、結構騒がしかった。



 ▼▼▼



 週末。俺と琴乃は街をぶらついてデートをしていた。琴乃はお化粧もして気合十分。俺は、琴乃によって全て監修されて、自分でも驚くほど別人に変貌していた。琴乃の横に立っても存在を放てている。

 美少女の琴乃に注目が集まるが、華麗にスルーして、俺たちは気になったお店に立ち寄って、楽しい時間を過ごしていた。

 そろそろお腹が減ったので、ご飯を食べることにする。目に入ったのはオムライス専門店。


「行くぞー!」

「へいへい、琴乃様のお好きなように」

「嫌なら変えるけど?」

「……オムライスがいい」

「ふふん! お子ちゃまだなぁ、京は! 私もだけど!」


 琴乃は超ご機嫌だ。幸い席が空いていた。

 メニューを開いて、あれもいいこれもいい、と悩みに悩んで注文をする。

 運ばれてくるまでお喋りして過ごす。


「「 いっただっきまーす! 」」


 目の前にあるのは運ばれてきたオムライスが二皿。琴乃は普通にケチャップ。俺はデミグラスソース。シェアをすることになったのだ。

 パクパクと食べる俺たち。とても美味しい。


「はい、あげる」

「おう……って、マッシュルームだけかよ!」

「キノコなんか滅べばいい」

「そう言えば、琴乃はキノコが嫌いだったな」

「嫌いじゃない。大っ嫌い。オムライスにマッシュルームを入れる意味が分からない」


 まあ、それは俺もわからない。嫌そうな顔をしながら、ポイポイっと俺の皿にマッシュルームを入れる琴乃。可愛いから許してやろう。


「はい!」

「は?」


 突然、ニコニコ笑顔の琴乃が、スプーンを差し出してきた。オムライスが一口分乗っている。一体これをどうしろと?


「あ~ん」

「あ~ん? それってあの『あ~ん』か? 店の中で?」

「マッシュルームのお詫び」

「で、でも」

「食べて」

「えーっと…」

「食べろ」

「…………いただきます」


 顔が猛烈に熱くなるのを感じながら、パクっと食べる。味はよくわからないけど、とても美味しいということだけはわかった。

 妖艶に、Sっ気な雰囲気を醸し出しながら、うふっ、と微笑んだことが、揶揄うように聞いてくる。


「どう? 美味しかった? 私の彼氏(笑)さん? 愛しの彼女からあ~んされた感想を述べよ」

「…………美味しいに決まってるだろ。いちいち聞くな馬鹿彼女」

「ふっふっふ! どうする? またしてあげよっか?」

「…………お願いします」

「どうしよっかなぁ~!」


 くそう! 徹底的に俺を揶揄って弄って遊ぶつもりだな! 本当に楽しそうだ。

 こうなったら交換条件を。


「俺もあ~んするから」

「いいよ! するから! 早くあ~んして! 至急! ハリーアップ!」


 そ、そんなにして欲しかったのかよ。身を乗り出して即答する程ですか。

 気が付けば、俺と琴乃は周りの目を気にせず、お互いにあ~んをし続けていた。



 ▼▼▼



「ふぃ~! 美味しかったぁ~」

「そうだな。満腹だ」


 食べ終わった俺たちは、満足げに笑い合って一息つく。

 オムライスはとても美味しかったです。


「この後はまたぶらつくか?」

「あ、あのね……そのことなんだけど……」


 突然、琴乃が恥ずかしそうに俯き、身体をもじもじとさせる。時々、上目遣いでチラッチラッと様子を伺ってくる。

 なんだこの可愛い生き物は!?


「……ねえ、京?」

「な、なんだ?」


 恥じらう琴乃の姿に見惚れて、急速に喉が渇く。

 人差し指同士をツンツンさせて、か細い声で琴乃が提案した。


「……ウチ、来る?」


 俺は、氷の入った水をがぶ飲みした。



 ▼▼▼



 それから俺はあまり記憶がない。頭が真っ白になって、気が付いたら目的地に到着していた。琴乃が手を引いて連れて来てくれたらしい。

 慣れた様子で玄関のドアを開ける。


「ささっ、入って入って!」

「お邪魔します……」


 ゴクリ、と喉を鳴らしてドアをくぐった。見慣れた玄関。見慣れた壁。見慣れた部屋の作り。嗅ぎ慣れた空気。


「……って、俺ん家じゃねぇーか!」

「何言ってんの? 当たり前じゃん。私が今住んでるのはこの家だし」


 そ、そうですよねー。何故緊張していたんだろうか。何を期待していたのだろう。葉桜家だと思ってしまった。琴乃ってこういう奴だよな。

 きちんと手洗いうがいをして、琴乃に引っ張られる。連れ込まれたのは琴乃の部屋。

 ベットに突き飛ばされて、押し倒される。


「こ、琴乃さん?」

「京、やるよ」


 や、やるぅっ!? 琴乃ってそんなに肉食系だったっけ? 積極的過ぎじゃありません!?


「ま、まだ外は明るいからさ」

「明るいからするんでしょ! 暗くてもするけど!」


 そ、そうなの!? カップルってそうなのっ!?


「早く準備して!」

「じゅ、準備!?」

「そう! ゲームの!」


 …………んっ? 今、琴乃はゲームって言わなかった? 明らかに言ったよな。手にゲーム機を持ってるし。


「デートには、お家デートというものがあるらしいのです。なので、今からはお家デートです。ゲームで遊ぶのです!」


 そ、そっちですかぁ。焦ったぁ。そうだよな。これが琴乃だよな。何緊張していたんだろう。俺の馬鹿。

 ムクリと起き上がって、手渡されたゲーム機のスイッチを入れる。

 超ご機嫌の琴乃が、背中にもたれかかってきた。背中合わせの状態だ。

 苛立ちとか、残念な気持ちとか、がっかりした気持ちとか、全部ぶつけてやる!


「今日は手加減できないぞ」

「ふっ! 望むところ!」


 俺たちは乱闘ゲームで激しい戦いを繰り広げる。うぎゃー、と声を上げながらバトルをする。

 一進一退の攻防の中、俺は背後の琴乃に声をかけた。


「なあ琴乃」

「なーに?」

「デート、楽しかったな」

「楽しかったね」

「今も楽しいな」

「楽しいね」

「またデートしような」

「うん! もちろん!」


 琴乃の顔は背後にいるから見えないけれど、今は笑顔なのがよくわかった。

 学年のアイドル葉桜琴乃。彼女はまた俺とデートをしてくれるらしい。




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お読みいただきありがとうございました。

一話完結の予定だったのが、もう七話目になってしまいました。

連載しておりますが、たぶんあと二話で完全に終了します。


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