あなたに逢いたい
下記の本編を読んでからご覧ください。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893337449/episodes/1177354054896593007
バスの車窓に映る自分の顔はひどく緊張していて、まるで自分ではないみたいだった。
「ひーめー、姫ってばー」
隣に座るのぶ子がしきり肩を叩いてくる。
「なんだ。酔ったのか?」
「違いますよー。いまパーキング、トイレ休憩です。このあと月波高校まで止まらないでしょうから行っておいたほうがいいですよ?」
朝5時に青嵐高校を出て三時間と少し。いつの間にパーキングに到着したのかまったく記憶になかった。出発時は薄暗かった空もすっかり明るくなっている。
「そうだな」と頷いて立ち上がった。眠けまなこをこすりながら他の部員たちもついてくる。バスを一歩降りた瞬間ひんやりとした空気が肺に飛び込んできた。
「ちょーさむいっ、あっためて姫ー」
のぶ子が抱きついてきたので「くっつくな」と引っぺがしておく。
こちらは青嵐に比べると高地なので空気が冷たいのだ。『ゆうと』と同じ空気を吸っているかもしれないと思うと感慨深い。
「山の稜線がくっきりと見える。自然豊かなんだな」
「ただの田舎じゃないですかー」
「くっつくな。暑苦しい」
二軍メンバーとわたしたちを合わせて30名ほどになる。なにかの軍隊のように女子トイレになだれ込むとほとんどの部員が鏡の前で念入りに顔の確認をしていた。脂とり紙で顔を拭ったりファンデーションを塗りなおしたりと忙しい。のぶ子はビューラーとやらで睫毛を持ち上げるのに必死だ。
「器用なものだな、わたしには真似できない」
「姫は日焼け止めくらいしか塗らないですよね。なのに睫毛は長くて常に上向き、吹き出物もないし肌はつるつるの陶器みたい。八頭身で背が高くて胸も大きいのにお尻と腰はきゅっと締まってる。ほんと生身の人間じゃないみたいですよね、見た目の悩みなんてないんでしょう、いいなー」
「失礼な。わたしにも悩みくらいある」
人間じゃないみたいと言われたのでつい言い返してしまった。
「悩み? なんですか、言ってみてくださいよ」
「みろこれを」
耳の上から後ろ髪を引き寄せて手のひらに乗せた。
「ついに枝毛ができてしまったんだ。2本も」
「ハイそーですか」
こちらは真剣に悩んでいるというのに心底どうでも良さそうだ。腹立たしい。
「そういえば姫はどうして髪の毛伸ばしてるんでしたっけ? 『ゆうと』が関係あります?」
念入りにファンデーションを叩きながらのぶ子が訊ねてきた。
「それはだな……」
鏡の向こうの自分と目が合う。
『ゆうと』と出会った頃は男のように短くしていた。簡単で楽なことをなによりも重要視していて、見た目に気を遣うなんて考えたこともなかったのだ。
「『髪の長い女の子が好きだ』と言っていた、それだけのことなんだ。長くしろと強制されたわけではないし、短い髪を笑われたわけでもない。わたしが勝手に、次に会ったとき驚かせてやろうと伸ばしていただけなんだ」
『ゆうと』はわたしに気づくだろうか。
気づいたとして、この髪を見てなんと言うだろう。
似合う、それとも似合わない、どっちだろう。
「せっかくならキレイになったって言ってもらいたいですねー」
「き、きれいだと!? わたしはそんなガラじゃないぞ」
「またまたぁ、満更でもないくせにぃー。あ、でもこれだけは言っておきます。すぐに連絡先を聞き出そうとする男はもれなくクズですからね。――いきましょ、集合時間ですよ」
わたしの肩をたたいてのぶ子が走り出した。
あとを追う前に再度鏡を見る。軽く払いのけた髪はそこそこ満足にいく艶を帯びている。
アイツ、きっと驚くだろうな。
もし「キレイになった」なんて言われたらわたしは――嬉しさのあまり抱きついてしまうかもしれない。
※
「オレに用事ですか? 青嵐のお姫さま」
案内係を務めてくれた間宮さんの後ろからひとりの男子生徒が現れた。すらりと背が高くモデルのように眉目が整っている。いかにも女慣れした笑顔には嫌悪感こそすれ、まったく魅力を感じない。
「あなたが『おけがわゆうと』?」
自分の発した声がこわばっているのが分かる。
「ええ。月波高校の生徒会長にして男バスの部長、桶川佑斗はオレのことです」
この顔には覚えがある。
のぶ子が最初に見せてきた『ゆうと』だ。
どういうことなのだろう。
わたしの探している『ゆうと』はこの学校ではない……?
やっとここまで来たのに。
ようやく会えると思ったのに。
「姫氏原さんのことはよく知ってますよ、今日練習試合があると知って『もしかしたら』と来てみて良かった。ネット上で評判でしたけど、近くで見てもやっぱりキレイですね」
桶川は図々しく顔を覗き込んでくる。いやらしい目つきだった。
わたしの実父も無類の女好きで、若い女性に次々と手を出しては母を泣かせたらしい。ヤツと同じ匂いがする。
「おや、髪になにかついてますよ。オレがとってあげましょう」
おおきな手が伸びてきて前髪に触れた。
「っ――触るな!!」
反射的に突き飛ばしていた。
相手はびっくりしたように後ずさり、目を白黒させている。
「姫どうしたんです!?」
尋常ではない様子に驚いたのぶ子が寄り添ってくる。
自分でもどうしてしまったのかと困惑した。どんなに嫌悪する相手であっても冷静に対応できるはずだったのに、触れられたくなかった。『ゆうと』以外には絶対に。
けれど。
今ここにいるのは青嵐高校女子バスケ部のキャプテン・姫氏原碧だ。
むやみに他校と諍いを起こすべきではない。
「取り乱して失礼しました」
必死に呼吸を整え、心を平静に保とうとした。
「お気を悪くなさらないでください、突然のことでびっくりしてしまって」
キャプテンとして、また青嵐高校の代表として必死に笑顔を取り繕う。
わたしなりの精いっぱいの譲歩として握手するための手を差し伸べた。
「……ヒステリックな女」
ぽつりとこぼした相手の顔からは笑みが消えている。
他人を見下すような冷めた眼。それがコイツの本性なのだろう。ずいぶん簡単にメッキが剥がれるものだ。
「握手はいいんで、とりあえずライン教えてもらえます? あとで連絡したいので」
ごく自然にスマホを取り出したので声をあげて笑いそうになった。
のぶ子の言ったことは事実だったらしい。
「分かりました。その前にひとつお願いがあります」
「ハイ? なんですか」
ぜひ見せてもらおうじゃないか。月波の実力を。
「わたしたちと交流試合をしませんか? さぞかし強いのでしょうね、部長さん」
【読み終わりましたら本編の続きへどうぞ!】
https://kakuyomu.jp/works/1177354054893337449/episodes/1177354054896717733
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