第23話 モブ vs 姫騎士

「ひと君、ほんとうに出るの」


 今回はただの交流試合なので時間と得点をはかるだけで審判はいないようだ。交代は自由とみて、制服のYシャツにズボンを膝までまくり上げたところで心配そうな緋色にニカッと笑いかけた。


「うん。ケガしない程度にやるから平気だよ」


 うそだ。ウソをついた。

 久しぶりの本気バスケ。手加減なんてできるわけがない。緊張と興奮で心臓が飛び出しそうだ。

 全中を最後にさよならしたハズの場所なのに、どうしてもここへ帰ってきてしまうのだ。


「森田、交代だ。おれも仲間に入れてもらっていいか?」


 近くを通りかかった一年の森田に声をかけた。男バス部員の中で一番足が止まりがちだったそいつは一目見るなり「助かった」とばかりにモヤシみたいに細い手を挙げる。病的なまでの白さだ。これで体力もモヤシなんだよな困ったことに。


「遅いじゃないですか、もうヘトヘトですよ」


「お疲れ。もう少し体力つけた方がいいな、本番はあと3クォーターもあるんだぞ」


「相手めっちゃ速いし強いんですよ。おれなんて走らされてばっかり」


 たしかに強豪校だけあってオフェンス・ディフェンスの切り替えが早い。そのうえ、相手はまだ誰一人として息があがっていないのだから体力の差は歴然としている。一年部員の初陣としては厳しい。


「先輩なら勝てますか?」


 肩で息をしながら森田が訊いてくる。


「分かんねーけどやるだけやってみる。お疲れさん」


 ハイタッチをして白線の内側に踏み入れる。緋色のなにか言いたげな顔が見えたけど戦場コートに立った瞬間どこか遠くに追いやられた。ごめんな、ここにいる間は考えられそうにない。


「――ちくしょう、このままやられてたまるかよっ!」


 小石崎の怒号が響いた。

 自陣のゴール下でリバウンドボールをキャッチしたところで目が合う。


 おそいっすよ。

 呆れたように唇が動いた。


 「すまん」と片手をあげると仕返しだとばかりにボールを投げてきた。汗が染み込んだボールはめちゃくちゃ重くて痛い。こちとらウォーミングアップもしてないのに人使い荒いな。

 相手の4番がすばやく反応しておれの前に立ちふさがる。黒髪が馬の尾のようになびいた。間近で見ると本当に美人だな。


「はじめまして姫氏原キャプテン。月波ウチの一年が世話になりました」


「――っ!!」


 びっくりしたように見開かれる目。だがいまは試合中だ。隙をついて飛び上がり、そのままゴールめがけてボールを投じた。ジャンプシュート。おれの得意技。


「これはほんの挨拶がわり……ぃよしっ!」


 ボールは寸分の狂いもなくゴールに吸い込まれていく。成功する軌道は同じだから打った瞬間に入るかどうか分かるんだ。


 これで15-23。残り時間二分。下剋上はここからだ。


「正確無比なスリー……おまえこそが『おけがわゆうと』だな」


「はい、そうですけど?」


 4番は強い眼差しでおれを見据えている。怒っているのかと思った。


「今までなにをしていた!」


 怒った顔のままズイズイと近づいてくる。

 なんだなんだ、おれなにかしたか?(そりゃあ目の前でジャンプシュート見せつけたけど)


「なにしてた――って今日遅刻したことか? 飼い犬が逃げて大変だったんだぞ、これでも駅から全速力で走ってきたんだ」


「ちがう! そういうことではない。わたしが一体どれだけ……あぁもういい、この試合が終わったら話がある。絶対に逃げるなよ!」


「???」


 全然話が見えない。


「姫!」


 4番にボールが投げられた。あっと思ったら反射的におれの体が動いてパスをカットしていた。そのままドリブルにつなぐ。


「ゆーうーと!」


 後ろから恨み節が聞こえてくる。

 悪いな、試合中なんでね。


「山崎、小田! あれやってみろ、練習での適当シュート!」


 ゴール近くにいたフォワードのふたりに声をかけた。そろって丸坊主のふたりはびっくりしたように挙動不審になる。

 お前ら、おれが入ったからって安心してただろ。バスケは五人でやるもんだぜ。


「させないからね!」


 パスコースに入ったのは金髪ツインテのギャル。あれ大会で見たことあるぞ、比嘉先輩の妹じゃないか?


「名前はたしか……比嘉のぶ子」


「だぁ! その名前で呼ぶなー!!」


 焦って突っ込んできたところでフェイントをかけて軽くいなした。


「山崎、小田、とりあえずなんでもいいから打ってみろ、フォローはおれがする!」


 丸坊主の大きいほう、身長177センチの山崎にボールをパスした。両手で構えてイチかバチかのシュートをする。敢えなくリングにはじかれた。

 こぼれだまを拾ったのは丸坊主の小さいほう、身長167センチの小田だ。ドリブルで切り込もうとするがすでにゴール下は混戦状態。どうするどうする。


「えと……パ、パス」


 きょろきょろしてる! 失敗してもいいからシュートしろよ!


「もーらい!」


 甘いパスはあっさり相手にカットされる。

 すぐさま青嵐が攻撃に転じた。


「速攻だ! これ以上恥ずかしいところを見せられるか」


 4番はちらちらおれを見ながら走っている。なんで?


 青嵐が速攻を仕掛け、ウチが戻りきらないうちにあっさりゴールを決められた。

 これで15-25。残り時間一分少々。


 スローインしたあと小石崎に声をかけた。


「おまえがポイントガードとしてボールを回せ」


「おれが、っすか?」


「おまえがだ。小石崎」


 不安そうな眼差しを肯定してやった。

 一年の中では小石崎がもっとも能力が高い。将来的にキャプテンになれる器だ。そのためには実戦経験と相応の覚悟がいる。


「残り時間を考えれば逆転は難しい。だったら少しでも楽しまないとな。おれのことも手足みたいに扱っていいんだぜ。うれしいだろ」


 ポンポンと肩を叩いて先に走り出した。


「だったら……おれたち一年に遠慮しないでください」


「ん?」


 振り向いた途端、乱暴にボールをパスされた。


「先輩の本気のバスケが見たいです! そしたらこの目に焼きつけて一生の目標にします!」


 カッと目を見開き、唾を飛ばして叫ぶ。

 なぜか笑いがこみ上げてきた。


「……ハハッ」


「なにがおかしいんですか?」


「いや別に」


 普通そういうのはプロ選手の圧倒的なプレイに対してするものだけど。

 後輩たちの憧れになるのも、まぁ、悪くないか。


「――わかった。よく見ておけよ」


 さぁいくぞ。

 心の炎がおおきく燃え上がるのが分かった。



 ※



「制服野郎、さぁ来――えっ」


 身構えていたのぶ子は一瞬にして抜き去られていた。まったく動きが見えず、反応すらできない。


 ザッとネットが揺れた音で得点が入ったことに気づいたくらいだ。

 見れば自分だけでなく周りの女子たちも何が起きたのかと困惑している。


 17-25。


「焦るな、時間をかけて攻めればこちらの勝利だ」


 気丈な碧だったが目の前で味方からのパスを奪われた。ひとりだけ音速の世界にいるような素早さでいとも簡単にレイアップシュートを決めている。


 19-25。


 ゴール下でのディフェンス。ボールを頭上に掲げたまま後方にジャンプした。のぶ子が驚愕する。


「ちょ――フェイドアウェイなんてできんの!?」


 センターのスミレがファウル覚悟で止めに入る。しかし腕が当たりながらもボールは規則正しい軌道を辿ってゴールに吸い込まれていった。その後のフリースローも当然のごとく入る。


 22-25。わずか3点差。残り僅か。


「とにかく攻めるぞ! 攻め続ければ時間が味方してくれる!」


 碧は走った。

 青嵐高校女子バスケ部のキャプテンとして負けはおろか同点などありえない。

 たとえそれが『ゆうと』であっても。


 月波の一年をかわしてスリーポイントの体勢に入った。ここで三点とればタイムリミットだ。


「これで……」


「遅ぇよ」


「ゆうと!」


 投じたボールはすぐ真上で叩き落される。その先でボールを拾ったのは小石崎だ。

 いまなら相手コートはがらがら。教えてもらったスリーが打てる。膝をやわらかくして体のバネを使ってボールを放つ。


「やべっ!」


 わずかに軌道が外れ、リングにあたって弾む。

 そこへすかさず手が伸びてきた。


「明日からスリーの練習倍だからな」


 リバウンドをそのままダンクしてプットバックしたのは不格好な制服姿の桶川佑人である。ほぼ同時に試合終了を告げるアラームが鳴った。


 24-25。月波高校男子バスケ部の敗北だ。



 ※



「あぁもうマジ疲れた……」


 アラームが鳴った瞬間、疲れから座りこんでしまった。

 こんなに動いたのは久しぶりだ。今夜は絶対に筋肉痛。鶏肉食べよ。


「だいじょうぶか」


 手を伸ばしてくれたのは4番の姫氏原だった。手を掴んで立ち上がり、そのまま握手を交わす。


「サンキュ。ありがとうな、楽しかった」


「楽しかった? 鬼神のような形相で攻めておいてよく言う」


「そっちも強かったよ。さすが青嵐高校のキャプテン。ウチの一年じゃまだ歯が立たないけど、すごくいい練習になった」


 24-25。

 結果的には負けたけどアイツらにとっていい機会になったはずだ。

 姫氏原たちは男子なら県大会の上位にも匹敵するレベルだから、地区大会突破の大きな自信につながるだろう。


「――と、悪い。いま本当なら女子バスケ部同士の試合のハーフタイム中だったよな。いつまでも邪魔してちゃいけないから帰るわ、反省会もしないといけないし」


「待て」


 コートを出ようとすると袖を引っ張られた。

 おもむろに姫氏原が髪をほどく。艶やかな黒髪が高級な糸のように滑らかに広がり、一層華奢に見えた。


「ゆうと、わたしの髪はどうだ?」


「髪……? うん、綺麗だと思うけど」


 初対面の相手だし、事実艶があってキレイだが特にそれ以上の感想はない。


 それなのに相手はたちまち顔を赤らめた。


「……ありがとう。ずっとそう言って欲しいと思ってたんだ」


 いつの間にか背中に伸ばされていた腕。ぐっと引き寄せられたかと思うと肩口に顔をうずめて抱きついてくる。頬に熱い吐息を感じた。


「――逢いたかったぞ、ゆうと」


「えっ、ちょっとま、え……え!?」


 ごめん、わけがわからないよ。

 なんでおれコートの中で初対面の美女に抱きしめられてるんだ?


 たのむ。だれか説明してくれ――!!

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