第84話 総軍

 朝清掃と午前中の課業が無くなったという放送の後、武器格納中の我々学生は皆一様に歓声を挙げた。つまり午前中は寝てて横臥しても良いということだ。

 ゾロゾロと居室へと帰っていく人波の中には私語が満ちている。課業中は『三歩以上駆け足』なのだから、課業外は歩きたい、私語をしたいと思うのが人というものなのだろう。


「な、な、行くのかな、戦場」

「どうだか」


 サスペンダーを捻ったまま付け、銃剣を左右逆式典時左、武装時右に装着し、格納前に手を滑らせて小銃を落としたソイツ――タイラーが、半分興奮した風に話しかけてきた。


「20人は殺してやるんだ、弾倉は20発入りだろ? 『単発』にして慎重に狙えば――「オメェはその前にちゃんと装具を装着できるようにしろ」


 正直、自分は目の前の同期のように楽観的にはなれなかった。

 まだ、自分は彼らに報復するに足りるほど強く、そして賢くなれていないという漠然とした直感があった。どうしたら、こいつのように自信が持てるのだろうか。


「学科とかどうするのかな」

「さぁ、一時凍結とかじゃ無いか?」

「下っ端で突撃とかすんのかなぁ」


 今の我々は『学生』であって、階級は与えられていない。

 つまるところ、動員されたその辺のおじさんの方が偉いのだ。

 タイラーは興奮して、周りで聞こえた話題を拾っては投げ、拾っては投げを繰り返す。

 午後から全部戦闘訓練になるんじゃ無いかという噂が丁度流れて、


「俺、装具弾サス作ったままにしとこうかな」

「やめとけ、狩られるぞ」


 装具を作ったままロッカーに保管することは禁止されている。

 物品管理とか、迅速かつ臨機応変な準備に対応するためとか、そういう理由らしい。


「要領だよ、要領」

「知らんぞ、俺は」


 しかし、何故『元帥』はあのようなこと――基本的な作戦計画をべらべら喋るようなことをしたのだろうか。馬鹿なのだろうか。

 国家市民軍一番の下っ端は、それでいてある程度は中枢となるべく教育を受けつつあったから、本質的な所に自力で気付きかけてはいた。

 だが、結局、それを実際に活かすほどの力は無く、その結論は安易で、下劣だった。

 そして無事始まった午後の課業中にロッカーを狩られ、皆で仲良く腕立て伏せをすることになった。この一事象は当時の国家市民軍にはドーベック全体と同じような熱狂が――現実離れした熱狂が――あったという一断面に過ぎないが、兎も角、自信に満ち溢れていたのだ。


 しかしその中枢、国家市民軍総軍本部には、氷のような冷徹さを以て事態を見通す者が、殆ど唯一、そのような態度を取っている者が居た。


 赤いカーペット、大きな国旗、上質な仕上げの、大きな机。

 その『誕生日席』にあたるところに、元帥が居て、非常呼集の後ここへと招集された主要幹部将校が列席し、国旗の前に設けられた一段高い席に「最高指揮官首相」が居た。

 奇妙なことに、『元帥』は未だ主要幹部らに対して命令を下していなかった。もし、先程の訓示を実行するならば、敵が準備する前に行動しなければならないという焦りが、瞳に現れて元帥を見つめていた。


「本戦役キャンペーン間、本格的地上作戦は、行わない」


 立ち並ぶ将校らに、元帥はそう宣言した。

 エッ、という困惑が焦りに代わり満ちる中、元帥は眉一つ動かさず手元の紙を読み上げる。

 彼は列席者同様に戦闘迷彩服を着ていて、階級章として国章正六角形が4つ付いている他、綺羅びやかな装飾とか、ぎらめかしい勲章とかは付けていなかった。


 それは総軍の幕僚らが作った資料を経て行われた元帥の意思決定を表現したものであって、つまりは国家の武力行使方針であった。


「知っての通り、本格的地上作戦とは、作戦基本部隊師旅団をその主体として行う作戦・戦略級の作戦――つまり、第二次平野防衛戦のような大規模戦闘を言う。


 以下、総軍司令官が認識する今般の事態について述べる。


 事態

 イェンス家旧所領は、現在境界線を確定させるべく、周辺諸侯間で活発な紛争が行われている。これに伴って略奪を始めとする対民間人被害が発生しており、また、クロメウタウダニ病害による食糧危機と併せて人道危機状況が生起している。

 我が国は、自由主義独立国家として、この状況を重く受け止め、深く懸念している。

 帝国の慣習によれば、我々は、直ちに該地域に対する武力行使が可能であるが、しかし我々は、先の戦役に於いて帝国政府との間で共同宣言を行っており、これは帝国の慣習を優越するものであると考えられる。


 よって政府は、帝国政府に対し、11月30日を回答期限とする最後通牒を実施した。即ち、


 1 旧イェンス家所領に於いて発生している人道危機状況の解消。

 2 旧イェンス家所領に於いて発生している病害に対する介入の容認。

 3 非武装地帯を侵犯した勢力に対する帝国政府による制裁。


 の三ヶ条である。


 政府は、本事態が適時に解決されないことは、憲法第九条第二項に定める『我が国の平和と独立並びに国及び市民の安全と人権』への重大な脅威であると見做し、また、建国宣言及び先の総選挙の結果を鑑み、最後通牒と同時に同条第四項及び第五項に定める戦争の開始をした。期間は、12月1日から事態が終息するまでの間である。


 帝国政府は、本最後通牒を帝国政府の他に公開しないように依頼し、両国間の懸案を解決すべく尽力するとしたが、未だ具体的回答は得られていない。


 よって、国家市民軍は、本事態。即ち人道危機状況を終息し、周辺地域に於いて平和を執行するべく、国家市民軍法第76条、同法第88条の発動を前提とした武力行使を準備する。


 以上が、前提となる今般の事態である。以下、総軍司令官の状況判断を述べる。


 第一条 制約

 1項、平野外に於いて我々は1コ連隊戦闘団を展開させる程度の兵站基盤しか持っていない。

 この制約を克服することは、当面の間困難である。しかし、我々は最後通牒の時期を間近に控え、かつ、文民統制に服する以上、活用可能な時間的資源の制約は大きい。である以上、本戦役に於いて国家市民軍に課せられた任務をよく分析し、我々の能力内で達成可能な目標を設定する必要がある。

 仮に平野内外の食料需要を満たすべく、平野外に於いて地域を確保する場合、その期限は、12月1日から3ヶ月、即ち、来年の3月1日である。


 2項、今我々が運用可能な作戦基本部隊は、2コである。

 確かに首相が選挙で主張したように、ここに動員兵を加えれば4コ作戦基本部隊を編成することは可能ではあるが、攻撃を行うに際して必須となる運動戦に動員兵を用いることは避けたいし、行軍での落伍その他の問題があることを踏まえれば、動員兵を平野外運用することは作戦上・練度上困難である。

 特に、火力戦闘に際して必要となる兵站を現在持っていない以上、平野外に於いて作戦基本部隊が火力戦闘を展開することはできない。


 第二条 本戦役の性質

 本戦役の軍事的目標は侵攻、即ち地域そのものの確保、帝国諸勢力の旧イェンス家所領放棄放棄であり、敵戦力の殲滅では無い。

 よって、本作戦の第一期に於ける戦術上の目的は、敵部隊そのものの破壊では無く、敵中枢を狙撃的に破壊することになる。


 2項、我の乗じうる敵の弱点。

 敵は大小様々な勢力が離合集散して概ね3コの集団を構成しており、相互の集団は略奪を繰り返しながら小競り合いをしているような状況下であり、その首脳は旧爵領庁に於いて慣習的会合を開いており、旧爵領庁に意思決定中枢が集合している。

 しかしながら、当該地域はクロメウダニ病害のまん延によって略奪による食料の確保は困難であり、結局のところ根拠地からの市場流通に依存している。

 また、ドーベック市内には、軍・警察の監視下に於いて帝国政府の間諜を活動させており、以上の情報は帝国政府も承知していると考えられる。そして、先に行った非常呼集、及び訓示、引き続くR3周辺への部隊集積によって、敵が我が本格的地上作戦を行うものとする確信を得た場合、敵は我がメウタウ河沿いに師旅団級の攻撃を行うものとして準備を実施することが想定される。


 3項、敵の乗じうる我の弱点。

 我は、ドーベック平野に所在する特別な勢力であって、かつ、航空戦力を持たず、政治的にも大変弱い立場にある。

 このため、敵勢力の全部が糾合して全方向から平野への侵入を図り、又は空地連携した攻撃を行った場合、GLOC地上連絡線が寸断され、或いは港湾施設の破壊によって完全に孤立し、食料資源の困窮に直面する可能性が大である。


 第三条 我の取る方針。

 第二条2項に挙げた兆候、即ち、敵部隊、特に先の戦役に於ける戦訓を有する内務卿隷下部隊の築城又は集結その他が確認できた場合、我は、爵領庁に対し、特殊部隊による化学攻撃を実施する――



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第85話 対照

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