第83話 非常呼集
ピーッ! ピーッ! ピーッ!!!
聞き慣れない警笛の後に放送機器からノイズが流れる。
ベッドから飛び起きて放送に耳を澄ます。
「学生隊非常呼集。服装、乙武装。集合場所、舎前」
週番からのダルそうなアナウンスに続いて、カチ、カチ、と電灯が灯されて視界が開かれる。
シーツを畳み、布団を畳み、端揃えもソコソコにベッドを片付けて、迷彩戦闘服、鉄帽、半長靴を身に付けていく。電球が滲む。目がしばしばする。
正確に言うと、身につけるというよりも大急ぎでオッ被った上で半長靴に足を突っ込んで弾帯とサスペンダーを片手に走りながら履くいう感じだが、兎も角、規定の服装をして武器庫前に並び、銃剣と小銃とを受領した後に小銃の槓桿を引いて安全装置を掛け、中隊ホールで銃剣を弾帯に装着、肩章を外してサスペンダーを通し、肩章をもう一度付けて……
「ロテール! ロテール! 肩章、肩章付けてくれ!」
「馬鹿お前サスペンダーねじれてんじゃねぇか!」
半分パニックになった、やや不器用な他学生を手伝ってやりながら、慣性で後ろへズレた鉄帽を前へズラす。髪の毛とライナーとが擦れてジョリ、と音が鳴った。
国防大では、学生が住む寮を大隊、フロアを中隊と呼んでいる。
それぞれのフロアの中央に「中隊ホール」があり、居室と寝室の群れを短冊状に吊るしている
大体1フロアあたり200人が住んでいるからという理由で、『中隊は家族』という意識を養成する為とかの理由らしいが、正直まだココに入って2ヶ月しか経っていない自分のような軍役経験の無い者からしたら、まだその感覚は理解できなかった。
我が
学生隊全体としてはパニックにはなっていなかったが、少なくともドタバタはしていた。
もう横隊が出来始めている。『控え銃』をして駆け足で自分の小隊へ向かい、前、右と位置を合わせる。
「銃、点検!」
「「銃、点検!」」
大隊が集合し終わって舎前がようやく静かになった後、大隊学生長からの号令で再び『物騒』さが満ちる。
まず、槓桿を引いて槓桿止めに引っ掛け、次いで左上方に掲げて薬室内を確認。武器油を軽く帯びたクロームメッキが街灯を受け、鈍く煌めいている。
「薬室よし!」
次いで左手で各部を撫で回しながら、
「消炎器よし! 照星よし! 剣留めよし! 規制子よし! 被筒部よし!……
自分は床尾板まで終わったので、『控え銃』の姿勢で号令を待つ。
……床尾板よし! 床尾板留めネジよし!」
案の定、さっきサスペンダーを捻っていたアイツの声が最後の数秒だけ夜空に響いた。
「元へ、
槓桿止めが解除され、或いは槓桿が圧され。復座バネの力がジャキン! と小銃を鳴らす。
この
「銃点検で異常あった者ぉ!」
「「
「「
ココにはそういう実戦経験者が少なくない。
しかし、我が大隊の
そこから縦隊に並び替え、総軍のグラウンドまで行進し、他部隊を待っている間に日が出てきた。『整列すべき部隊』が整列するまでの間ずっと『休め』で待機していたが、たまに小銃が倒れ、次いで列員が倒れる音が時折鳴った。
一方、私の中にはとうとう始まるのか。という期待で胸がいっぱいになり、泥酔に似た高揚があった。
「元帥閣下が登壇されます。部隊気をつけ」
「気をつけぃ!」
そこには確かに『元帥閣下』――ついこの間まで首相をやっていた、『弱腰』と評される人物が居た。
「おはよう」
彼は部隊が挨拶を返すことを期待していたようだが、返ってこないと察すると話を続けた。
「さて、今回集まってもらったのは他でも無い。就任の挨拶を諸君らに直接行いたいと考えたからだ。楽に休め。
知っての通り、私は内閣の命令を受け、カタリナ陛下から国家市民軍元帥として任命された。
よって再度、一段下からではあるが、諸君らの指揮を執る。このことを大変光栄に思う。
改めて、国家市民軍諸君、そして市民諸君に告ぐ。
ドーベックは、帝国、内務卿との約束を破り、皇帝の顔に泥を塗ることになる。
市民諸君は、このことの意味をしっかりと理解した上で、それでもなお、彼らの暴虐と圧政とを許さないとする決意を示した。
私は、その決意に心から敬意を表する。
困難な道を歩むのは我々だけでは無い。市民が、国家そのものが諸君らの後に続くのだ。
私は内閣総理大臣の命令を忠実に遂行し、諸君ら国家市民軍を鍛え、導き、ドーベックを勝利の栄光で満たす。そのために最善を尽くすことをここに約束する。どうか、よろしくお願いしたい。
我々は、まず西へ向かう。
メウタウの流れを保全し、その恵みを、我々が乾かぬように、飢えぬように。そして黒病を封じ込め、根絶するために。
我々は少なくとも、フランシア家の旧領まで西進する。間諜を通じ、私の言葉を聞く、関係の諸侯に告ぐ。どうか、我々が破壊の限りを尽くす前に、去り給え!
我々は、魔法を屈服させるだけの破壊を飼いならしている。
我々の戦術は、卓越した知恵と洗練を以て、万民を開放すべく研鑽を積んでいる。
我々の部隊は、精強にして活発で、士気と正義感に満ちている。
今、私の前に整然と立ち並ぶ精鋭二万は、諸君らの中に煮えたぎる鉛弾を撃ち込み、或いは粉砕し、侯らが想像しないような規模の破壊を向ける意志と能力を持っている。
侯らも、内務卿とフランシア家が我々に敗北したことは知っているだろう。
平野にさえ手出ししなければ、我々は侯らに害を為さないと、そう内務卿は約束したと聞いている。
内務卿はその約束を我々に履行させるに足る実力を持っていない。
侯らは、最早その存在と地位そのものが我々の敵なのである。再度告ぐ。我々の手が届かぬところまで、早く去れ!
我々は、最早平野の中で安らぐことを良しとしない。
歴史の審判が我々に正義の判決を、解放であるとする評価を下すとすれば、それは大陸にあまねく圧政と偏狭とを駆逐し、我々の信じる規範を津々浦々に満たしたときである。
新たな秩序を、正義と公正を。市民はそう命じた。
私は、ドーベックの剣として、市民からの信託と命令を受ける諸君らに、ドーベックそのものの名誉と高潔とが掛かっていることを重々承知して欲しいと願う。
銃剣を研ぎ、命令に備えよ。
以上を以て訓示とする。部隊解散」
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