第85話 対照

 ドーベックの機動兵力は、僅か1コ隊しか居ない。

 即ち、平時は郵便局、有事は騎兵大隊として運用されるフランシア家の騎人達である。


 彼らはまだ動員されていなかったから、放送を以て『元帥』の訓示を聞いていたが、西に向かうと聞いたとき、ついに歓声を挙げた。

 別に支配者として舞い戻ろうという訳では無い。唆し、パイを奪った連中に間もなく報復が――今や圧倒的な破壊を、洗練された統率を以て運用する我らドーベックによって、直接下すことができるという理解をして、歓声を挙げた。


 無論彼らは、元帥が敵を騙すために味方を騙したということを承知はしていなかったから、急速に活発となった軍事郵便を回すのに忙殺され、今か今かと動員を待ち侘びていた。

 当時、郵便局員によって様々な機密資料や現金などが運送されていたから、護身用に武器を携帯して良いということになっていた。それは最初、警棒から始まり、先の戦役第二次ドーベック平野防衛戦を経て、彼らが大切にしていた武具の携行までもが許されるようになっていたから、暇さえあればその辺の空き地で素振りや打ち合いに励む局員らと、それに併せて響くカッ、カッ、という小気味よい音が良く響いていた。


 そこには確かに誇りとか、名誉とか、そういったものがあった。



「作戦第一期となる爵領庁への攻撃は、以下の要領によって行う。

 兆候を敵に感知させないため、可及的速やかに山中に前進拠点を設置。

 漸次特殊部隊1コ中隊を前進させ、迫撃砲を以て爵領庁に対してきみどりサリン弾を投射、逃走又は接近する敵の伝令その他については主に機関銃を以て、中距離から撃破する。


 散布後、部隊は化学防護服を着用して爵領庁に突入。生残勢力を掃討した後、国旗を掲揚。写真撮影の後、国旗、文書を散布して撤収。


 写真はドーベックで現像し政治的資源、作戦資料として利用する」


 一方、国家市民軍の最上層部は、ロマンもへったくれも無い作戦計画を以て「一撃」を加えんと画策していた。


「爵領庁には相当数の民間人が在住している筈です。避難勧告などは行わないのでしょうか?」

「奇襲効果を維持するため、行わない」


 爵領庁。爵領庁。と言っているが、つまりは帝国行政定義上の主要都市だ。『100平方テール辺り4族以上の密度で居住する領域』であり、イェンス家の次――つまり次の『貴族』を選ぶための小競り合いを、爵領庁を聖域として、傭兵とか三男坊とか、部下とかを使って行っているというのが正しい。先ほどの『総軍司令官が認識する事態の概要』で争っているとされる3つの勢力の本拠地(というか、実家)がココに集中しているのだ。

 だから、意思決定中枢が爵領庁に所在していると看破されたと言えばそれまでだが、リアムはこのことを妻と首相とに相談していた。


「首相閣下……」

「本作戦案は奇襲効果を維持すべく、警告射撃その他を行わない旨、私が修正した」


 当初リアム元帥は、半日前に照明弾と発煙弾、榴弾と焼夷弾とを撃ち込み、逃げ出した者達の中から高位者を見出し、それを狙撃するという作戦を立案していた。

 爵領庁は城塞都市であり、出入り口が限定されるから可能という見積、結論ありきのソレを一応添えて。


 だが、当然ながら特殊部隊1コ中隊で都市を包囲して狙撃するなんて芸当は相当困難――たとえ、完璧な監視哨と機関銃座を各城門に整えたとしても、隠し通路やら何やらがあることは殆ど確実で、当然ながら我々はそれを把握していない。


 じゃあ、奇襲的に化学攻撃を仕掛けて『駆除』するしか無い。

 当然、『効果』を発揮するために(迫撃砲であるにも関わらず)狙撃的な射撃を指向するが、飽くまでそれは奇襲効果と限られた弾量を有効活用するための策であって、ある程度の巻き添え被害は当然許容される。


 丁度、殺虫剤が虫の神経中枢に作用することによって、その構造を破壊せずとも死に至らしめられるように、敵の神経中枢を殲滅することができれば、結果として全体で流れる血の量は少なくなる。

 たとえ非戦闘員、民間人を巻き込むとしても、それは直接的・具体的な軍事的利益の存在によって正当化される。


 いわゆる、コラテラル・ダメージ巻き添え被害というやつだ。


 当然、六角リアムの脳内には、戦闘機ステルス・マルチロール機による精密爆撃とか、FPVドローン一人称視点自爆ドローンによる殺害とか、或いは夜間潜入による殺害・拘束DAとか、そういったオプションがあった。


 だが、当時のドーベックにはそれをやれるだけの技術力は無かった。


 将校らは、今度は自分らが破壊と死とを振りまくことになった――それも、意図的に、非戦闘員にもそれを振りかける――ということを理解して、一様に沈黙した。

 てっきり、先の難民移送作戦のように、国家の総力を以て、万民を開放するのだと。そう思っていたし、選挙でもそのように説明されていた。

 だが、それを行える環境を整備する前提として、このようなことをしなければならないというのは、『些事』だった。少なくとも、些事のように見えた。


「敵が支配する領域への侵攻というのは、こういうことだ。諸君、腹を括れ」


 頭では分かっていた。大量の避難民が発生するだとか、侵略者になるとか。

 だが、今までドーベックはあまりにも上手く「侵略者」を捌いてきた。敵はどうだろうか? 国民保護という概念はあるのだろうか?

 その答えはフランシア家郵便局を見れば分かる。


 六角リアムは、殆ど全てを理解していた。

 あの意思決定総選挙によって、防衛に於いて主張できる正義は無くなり、侵略者としての誹りを受けることになると。


 だが、それを破ってでも、市民の意志に従うべきであるという美徳シビリアン・コントロールを優先した。

 説得を尽くして、尚手続き上の正義が果たされたならば、それに従うべきであろうと。

 それに、そのうちやらなければならないことを、今やることになったのだと。もう少し準備したかった。もう少し、洗練された形でやりたかったが、最早それは出来ないのだと、少しの責任転嫁を添えて、悟った。


「本作戦は高度に政治的であり、現場でその判断を行える者が指揮する必要があると考えます。特殊部隊長がこれを行うという理解で宜しいでしょうか?」

「本作戦中は元帥が特殊部隊の指揮を、平野防衛については内閣総理大臣閣下が師旅団の指揮を執る」


 だから、せめてもの償い――国家と歴史への償いとして、悪事の沼にダイブすることを選んだのだ。



****



「奴らめ、舐めやがって、調子に乗ったな」


 一方、内務卿の中には名誉に立脚した復讐心があった。

 彼は戦訓を収集し、それを部隊運用に投射するだけの有能さと勤勉さがあった。そして、これまで『帝国』は全て平野への攻撃をして返り討ちに遭っていること、ドーベックの強さというのは、準備に立脚していることを見抜いた。


 彼の手元には、『元帥現地語では『大将より上』というニュアンス』となった『リアム』がした演説――あまりにも安直で、そして調子に乗っていて、挑発的なソレ――の書き下しがあった。


 彼らの破壊は、穴の中まで殆ど手を伸ばせない。


 それに、西に向かうということは、メウタウ河沿いに攻撃をするということだ。あそこは道が狭い。つまり、そこに努力を集中することが出来る。


 僅か2ヶ月で整備・訓練した『帝国内務軍』は、その当時内務卿が用いることができる戦力の中で最も洗練され、それでいて国家市民軍に対してある程度対抗可能な――つまり、穴掘り――能力を持っていた。

 更に、魔法の発揮体系を速射重視として、『氷』と『炎』を反復して速射させる訓練を行わせ、単位時間あたりの破壊を増大させた。

 攻撃魔法を威力あるものとするためには、熱を奪い、それを投射することが基本的なものとなる。だから通常、冬場は魔法の威力は低くなるが、致死的なまでに熱を奪うということも当然可能である。


 幾つかの村落劣等種を殲滅して、内務卿は『これなら歯が立つ』という確信を得るに至って、その上、今度はリアムが攻めてくるということを知って、思わず笑みを零した。


 調子に乗った若造を、今度こそ屈服させる。


 国内秩序の維持のため、忙しく動く職員らの中、内務卿はむしろイキイキと働いている。

 彼の想像を超える洗練と残虐、非道と決意を以て、リアム六角が掌を広げ、それを握り潰そうとしていることも、最早戦術的勝敗とか、政治的云々とかを超越した次元で、帝国が敗北と滅亡の道を歩もうとしていることも、まだ内務卿は認識出来ていない。


 寧ろ、種族を超えてリアム劣等種を好敵手として認識していることを認知して、ふふ、とその滑稽さを自虐する程度の余裕があった。


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