第77話 脅迫

「帝国の納税を商会紙幣で行えるようにしてはどうでしょうか?」

「と、言いますと」

「いえ、お客様に融資を行おうという話がございまして、そこで納税に困っていると伺ったものですから。勿論融資の回収は私どもで行いますから。悪い話では無いでしょう?」


 市警察の制服が合服から冬服へと移り変わる頃。

 もう何度目か分からない非公式交渉罵倒合戦が行われていた。


「それでは帝国貨幣の価値が無いと認めるようなモノでは無いか!」

「しかし、最早現物資産の徴収しか徴税方法が無いのでは? 帝国は物物交換時代に戻る。ということでしたら、商人同士で勝手にやらせて頂きますのでもう二度と提案致しませんが……」


 ドーベックは、確かに対外諜報機関を持たなかったが、よりシンプルで、かつ堂々と行う合法的情報収集――商人のソレ――を行うことができるという点に於いて、非公然活動を考慮しても帝国より優位に立っていると後世から評価される。


 10ある貨幣のうち、2を手元に残し、8を投資する。この8を回収可能であると仮定すると、帳簿上18の貨幣を出資者は持つことになる。これが信用創造の根本であるが、ただでさえ生産に於いて帝国の全部よりも優位に立っていたドーベックは、軍事に於いても同様に優位に立っていると商人の間で考えられるようになって、きっちりと回収・・するだろうという評判も一緒に付いて回った。


 じゃあ、その帳簿上の『18』には信頼がおける。

 取引にも使える。帳簿に計上できる。でも、帝国への納税は帝国貨幣が必要だから、帝国貨幣は溜め込んでおこう。

 こういう機序で、帝国貨幣は今や殆ど市場で得ることが出来なくなった。当然、各地の鉱山は増産を命じられてそれを達成しようとしていたが、『焼け石に水』とかそれどころでは無い状態であることは論を持たない。


「これは帝国政府を考えてのご提案です。我々が把握している情報では、帝国貨幣は最早貨幣としての存在意義を喪失しています。金本位制を廃止されますか?」


 カタリナを抑え込む為に、シレッと入れられた無関税条項によって、僅か二ヶ月の間に年次徴税が困難なまでに帝国経済はぶん殴られていたのだ。

 それぐらいの威力がある代物を入れる程に、帝国の縦割りは酷い有り様であったと言って良い。今から必死になっても、もう遅い。


「我々だって、そちらが『密約』を守っていないことは把握している」

「と、言いますと」

「『難民』だ。アレは公国の国境線外から持ってきた劣等種だろう!」

「その解釈については既にお話した通り、『新たに』『国境線外』でという解釈をしております。戦時中に我が国へ移送された民は今や市民であると考えております」

「ならば、こちらも『禁忌』を破るぞ」

「何をされるのですか? 我が国の象徴は公爵に封ぜられている筈です。まさか武力行使されるのですか? それなら我々もエピソードカバーストーリーを……「それも守っていないでは無いか!」


 カバーストーリー条項。

 帝国がボコボコにされた原因はカタリナが大魔法使いだからだよ。というバカバカしいがファンタジックなカバーストーリーは、商人らから全く信用されず、寧ろあの日見た『部隊』が戦闘をして、普通普く通づるにボコボコにしたのだろうと理解された。


「我が国は積極的に陛下は天才だと喧伝しておりますので……」


 ドーベックは、『大穴の麓を血に染めて メウタウの流れを血に染めて 稀代の天才 大商人 自由と富の象徴よ あゝ その名も高き カタリナ陛下 あゝ その名もゆかし カタリナ陛下』という『カタリナ陛下の歌』をレコードから各出先機関で垂れ流すという嫌がらせ兼プロパガンダを行っていた。


「馬鹿にしおって!」

「我が国としては安全保障のため、今すぐにでも我が国の周辺に展開する諸侯部隊に攻撃を加えても構わないのですが、それを自制しているのです。我々がこのを伸ばす前に、お急ぎになった方が宜しいですよ?」


 この外交員は、当時ドーベックが大量破壊兵器サリンを生産・備蓄しているという情報を把握していた。しかし、その意味を本当に理解してはいなかった。

 端的に言えば、まだまだ舐めていたのだ。



****



「現在の我が国の要求は――


 一、独立国としての承認。

 二、自由貿易の確定。

 三、商会紙幣の帝国内での法定通貨化。

 四、投資対象に対する工場・部隊駐留の保障。

 五、帝国側での非武装地帯の設置。

 六、密約の全部撤廃ないし公開化。

 …………

 ……


――こりゃ通らねぇだろ。無条件降伏よりヒデェぞ」


 外交部員が差し出してきたファイルに目を通してから、ガチャッ、と机に戻す。


「しかし、本件は陛下の直接指揮に依りますから……」

「誰が陛下にレクしたんだ……俺か」


 確かに私は『軍事的にドーベックは負けてはいないが、勝ってもいない』と言ったのだが。


「で、コレが今後提示していく交渉材料ね……


 一、ドーベックが諸侯分の税を代納する。

  →諸侯に対して経済的影響力を直接行使。

  →武力威嚇と行使をオプションとして常――


 あーあーあー」


 ナチュラルに武力による威嚇がオプションにあったのでそこで読むのを止めてしまった。こんなのただの恫喝である。

 なるほど、ドーベックを商会が支配したときのようなことを、帝国の全部に対してやろうとしているのか。それも、武力を背景にして。


「こんな焦らなくても良いだろうに」

「首相が直接具申されては?」

「そうするかぁ……」


 机上にあった『132mm多連装ロケット砲』の資料を引っ掴み、電話で警備兵を呼び出してアポを取ってから例の扉の前を開ける。


「リアムか」

「意見具申に参りました」

「外交交渉のことか?」


 この人は、何でも見通すのだな。


「それと、新兵器についての報告です」

「おお、待ってたぞ――どっちを先にするのが良い?」

「では、報告から先に」


 多連装ロケット砲。

 1基で8km先に16発のロケット弾をバラ撒く能力を持つコイツは、当然きみどりサリン弾の使用も可能である。


 現在実用化し得る限り、至短時間に大量のサリンを簡便に投射することができる兵器。


 野戦に於いては大変便利だろう。


「これが一番時間あたり投射量が多い兵器か?」

「はい」

「1基頭306kgのサリンを瞬時に投射。1コ射撃単位大隊で3.6トンか」

「敵野戦部隊に刺されば大変有用な兵器となります。勿論、単に榴弾を投射しても強力です」


 本当は航空機からバラ撒くのが一番時間あたり投射量が多いのだが、現時点に於いては運用不可能だ。


「これ、都市にも使えるよな?」

「勿論――今、何と?」


 陸軍参謀本部 秘密

 陛下・・は、そう書かれたファイルをデスクから取り出して諸元らしい表を引き出す。


「都市には2コ射撃単位もあれば十分なのかな? この見積上は」

「その見積は初見です。何故……」

「勿論、オプションとして保持する為だが。確認するが、コレは公開して良い方の兵器なんだよな?」

「……ええ」


 戦略兵器は、確かに政治の道具だ。

 だが、戦術普通の兵器がいつ政治の道具にならないとされた?

 兵器は道具だ。運用次第だ。


「列車砲だっけか。アレを秘匿しつつコレで威嚇しようと思うんだが」

「それは普通、恫喝と言いませんか?」

「しょうがないだろう。債権回収なんて威力があってナンボのモンだ」


 民事執行法上、執行官はその職務を執行するに際して抵抗を受けたときは『威力を用い』或いは『警察上の援助を求め』ることができる。

 前世、学部生時代にそんなことを習ったし脳味噌のシワにも刻み付けられているが、コレを剣と魔法の世界でやろうとするとこういう実装になるのか、いや、やり過ぎじゃないか。みたいな思考が行ったり来たりする。


「で、意見具申が何だっけ?」

「はい、現状の我々の主張を帝国が受け入れることは期待できないと考えます。引き下げるべきです」

「あーそれね、心配すんな」


 ファイルがデスクの端に片付けられ、その後に少しの吐息があって。


「帝国、もうじき崩壊するから。駄目だもうあの国」


 やっぱりか。


 首相の胸に、諦観にも似た絶望が去来した。



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