第76話 秘密
訴 訟 法 ( 刑 事 )
ドーベック国法典 第3巻(刑法)1673頁
(自白法則)
第三百十九条 強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。
2 被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない。
3 前二項の自白には、起訴された犯罪について有罪であることを自認する場合を含む。
秘 密 保 護 法
ドーベック国法典 第4巻(行政)286頁
(間諜に対する調査)
第二十七条 秘密保護官は、服装、所持品の形状、周囲の状況その他の事情に照らし、第三条第一項の規定による秘密を脅かしていると疑うに足りる相当の理由がある者(以下「間諜等」という。)があるときは、これを拘束し、調査することができる。
2 検察官は、刑事訴訟に関する法律に規定する被疑者が間諜等にあたると思料するときは、裁判官の発する令状により、前項の規定により拘束し、調査することができる。
3 秘密保護官又は検察官は、第一項に規定する調査に於いて必要であると認めるときは、威力を用い、又は医学上の援助を求めることができる。
「段々効いてきますからね」
警察病院の医師と看護師が薬品を静注し、大脳新皮質を徐々に麻痺させる。
刑事訴訟の枠組みでは、レーリオに対して彼が持つ権利とかを説明してからで無いと『取調』を行うことは出来なかったし、レーリオは瞬時にソレを理解し、ただ口を噤んで待っていれば、物的証拠により起訴されて有罪になっても、死刑にはならないだろうということを承知していた。
だが、彼にとっては不味いことに、拘置所で聞き耳を立て、或いは雑談時にドーベックについて根掘り葉掘り聞こうとしたことが、この国の
確かに、シンプルな秘密保護法違反、つまり教唆や漏洩は遡及法の禁止によって罪に問うて刑法上の非難を与えることは出来ないが、新たに『間諜等』であると疑うに足りる相当の事由があると思料する場合には、秘密保護官は『調査』を行うことが出来る。
そんなこと通るんかいな、という問題に対しては秘密保護法二十七条
後にこの規定は
更に悪いことに、現時点に於いて、ドーベックに秘密保護官は存在しない。
検察官と同じく、当面の間、
このクソ複雑にして難解な罠にレーリオは引っかかったのだ。
「レーリオ君、ここだけの話、君、本当はどこの所属だ? コレ食って出たいだろ?」
眠らない程度に、窒息して死なない程度に。
絶妙な加減で注入された薬品がレーリオの理性を薄れさせ、そして心地よい浮遊感へと誘う。
目の前には御用達のホットサンドがあって、チーズと肉の脂とが本能的空腹を喚起させていた。『ここだけの話』というのも正しい。間諜等の生殺与奪は秘密保護官の裁量の中にあるからだ。
「……神祗官!」
「神祗官、内務卿では無いんだな。で、君は何を調べている?」
バインダー上の調書用紙と、右手に握られたペンとが酷使され、内容が速記される。
「帝国中の、あらゆること!」
「何故?」
「神に、聞くため!」
「なるほど、君への報酬は?」
「エルフ! エルフになれる!」
はあ、と一同が一斉にため息をついた。
あまりに支離滅裂だ。自白剤が強すぎたのかもしれない。
「自白剤の反復投与で脳機能が破綻するって有り得るんですか?」
「う~ん、不可逆的な障害は与えない筈なんですけどねぇ……」
約束通りホットサンドを食わせてやり、薬因とは別の理由で眠ってしまったレーリオを拘束具付きベッドに寝かせた後、
「逆に裏取ってみるか?」
「と言うと?」
フレデリックが過去何回かの資料をベラベラと捲ってから、パタ、とバインダーを閉じる。
「支離滅裂にしては一貫し過ぎてるように思うんだ」
「カバーストーリーの可能性が高いって前回結論したじゃない」
「でもこのままだと
「うーん……」
その実、公安刑事達の
それに彼らはあまりに多忙で、一つの事件にいつまでも首を突っ込んでいられない。
だから、
「しょうがない。現時点での中間報告挙げよう」
「アナタまで自白剤で遊んでることにされなきゃ良いケド」
「……なんで俺だけ?」
彼らは組織の論理に従って、上に責任を擦り付けることにした。
****
帝都に雪が降り、それが魔法で以て飛ばされ、或いは溶かされる頃。
内務卿は部下からの報告を受けていた。
「で、神祗は何と?」
「はい、どうやらドーベックは新たな道具を以て我々に対抗しようとしている、と……」
「どのような?」
「サリン。という物質であることだけは確実だそうで、ローブ状の防護服による訓練が行われているとか」
「また物騒な……」
「彼らの法に『大量破壊兵器』という規定が追加されたそうです」
帝国には、『神』が居る。
それはエルフ達に祝福と魔法とを与え、そして進むべき道を示してきた。
皇帝は神祗の長であり、年に一度、『神』と対話を行う。そして、神祗官が古代遺物を取り扱い、或いは年に一度の機会を有意義なモノにできるよう、情報を収集してきた。
だから、神祗は帝国内に於いて事実上の情報機関としても機能していたのだ。
「『砲』を更に超える破壊をもたらす兵器。ということか?」
「詳細は不明です。トークンの使用を要請しますか?」
「それは神祗の専権事項だ。介入したら何を対価に要求されるかワカラン」
神は、いつでも、何でも答えてくれる訳では無い。
時と共に湧き出る『トークン』を消費するし、残虐なこと、性的なこと、又は、神でさえも知らないこと。
そういうことは答えてくれない。だが、確かに神は我々に恩恵を与えているし、その実、あらゆる生物を『
現在では禁忌だが、やろうと思えば出来るし、やっている。
だから神祗官は、劣等種であろうと、何であろうと、『神』を有効活用するために雇用する。
劣等種と支配種との間にある格差を活かして、それを飛び越えることを報酬に。
何を隠そう、あの『
皇帝の地位は、国民の信託では無く、神託に依ると言って良い。
これらのことのうち、皇帝が神と対話しているとか、実は禁忌は本当に侵すことができるとか、そういう機微な情報は『皇帝のヴェール』に包まれていて、ほんの一握りしか知らない。
その一部が今、本当に隠さなくてはならない
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