第35話 望達目標

「斥候を出しましたが、敵は我々をこの平野に閉じ込めようとしているようです」

「そうか……」


 化け物に追い抜かされ、街への突入を諦めて態勢を立て直そうと泥の中で円陣を組んだ後、ベッペ隷下の部隊が偵察に出かけ、悪い情報をもたらしてきた。


「となると、さっき西へ向かっていったアレの中には敵がぎっしりだった訳だな」

「そういうことになりますな」


 畜生、ワイバーン騎龍にアレを吹き飛ばさせれば良かった。

 追い抜かされるという恐怖、道から外れたら泥に脚を取られるという恐怖にかられ、化け物と並走して矢と礫とを射掛け合ったのは、明らかに間違っていたと今更になって気付く。


「如何致しますか」

「……今日は、今日はもう、休もう」

「……そうですね」


 いざとなったら、脚で逃げ切ることが出来るだろうという驕りは、まだあった。

 それに、もし近接戦に持ち込まれたとしたら、寧ろ有り難かった。


 だが、疲労と空腹で、もう我々は戦える状態には無かった。

 せめて、眠りたかった。恐らく敵が植えたであろうトウモロコシを、斥候が何本か持ってきてくれた。やはりあの街は相当豊かであるようだ。生のままむしゃぶりつく、甘い。繊維が歯に挟まる。

 トウモロコシの穂軸を放り投げる。もうソレを叱る人間は居なかった。

 円陣の中心、最も安全とされるソコで、スザンナは目を閉じる。

 風雨が苛む中、手で顔を覆って、ゆっくりと息を吐くと、顔と手だけに温もりがあった。野営用の装備は、突撃発揮前に置いてきている。



****



 戦闘団CP指揮所まで戻り、現状を把握する。

 戦闘団はこれまで100名近い死傷者戦闘不能者を出しており、弾薬も残り少ないが、全戦術単位が活動可能であり、かつ、鉄道も依然利用可能であった。

 敵は、殆ど平野のど真ん中で集結しているようだ。このままR3を引き返すのか、それともBP1ドーベック西を強襲するのか、或いはR1海岸沿いまで頑張って到達するのかは不明だが、敵の段列はHQCo本部管理中隊が襲撃して鹵獲している。

 敵が突撃時に残置したそれらと、『劣等種』は大変貴重な情報や装備品の山だったが、今はそれを解析する局面には無い。

 『劣等種』は、殆どがフランシアの荘園から徴用されてきた者だったようで、戦意は無かった。コミュニケーションには難儀したものの、シチュー温食を飲ませたところ簡単に懐柔することができた。


直轄斥候レコンから、敵2コ大隊、約800はBP3の北で円陣を組んでいるようです」

「了解」


 赤く塗られた菱形のコマを2コ手にとって、BP3の北のあたりに置く。

 詳細位置の報告が無かったということは、恐らく窪地でも丘でも無いところに集結しているのだろう。本当に走るしか能が無い、馬鹿共だ。我々のど真ん中でやることじゃない。


GF遊撃部隊宛発煙信号、『遊撃戦開始黄色』」


 GF遊撃部隊は、2コ小隊からなる戦闘団直轄部隊であり、レコンはココから派出している。まだ『特殊部隊』とまでは言えないが、任務的にはそれに近いものがあった。

 GFは自転車による機動力に加え、森林潜伏能力、悪路踏破能力を持ち、連発弾倉付き銃を配備されている。つまり、計算上1コ中隊並の射撃能力を発揮するハズで、実際敵の迂回行動を潰したりしている。


 R3脇の森に展開していた彼らが、山道を下ってくる。もうあそこには1Coが展開している。

 800程度2Bn-では、あそこを強行突破することは不可能だろう。

 なお、図上想定ではもう彼らGFは『居ない』はずであった。見積もりが不正確だったのか、敵がよほどの悪手を重ねたのかは分からないが、事実として、彼らは無傷に近い貴重な戦術単位まだ死ねるだった。


 2、3中隊に伝令を飛ばす。今夜ゆっくり寝るため、日没までにやることがあった。



****



 ちょうど眠ろうとしたところだったのに、『あの音』が聞こえて目が覚めた。


 ヒューン、ヒュン、ピン!


「敵襲!?」


 眼の前で味方がゴロゴロと斃れていった光景が脳裏に過る。

 体が泥まみれになるのも構わず、皆地面と可能な限り一体になろうと伏せていた。

 暫くして、礫が円陣では無く、外哨に向けられたモノであることに気付いたときには、外哨は全員死んでいた。


「これは……」


 敵がどこに居るかすら、分からなかった。

 今回、ココで円陣を組んだのは、近くの丘に外哨を展開して敵の攻撃を早期に察知するためだった。

 それがどうだ、彼らは我々に一報する前に、皆死んでいる。


 その後も、敵はチラチラと稜線から頭を出しては、メチャクチャに礫を飛ばしてきた。それも、ずっとそれが続いた。あの道具は大変に便利なんだろうな、そんな所感を持つ程に、勝利への意思は泥と血に濡れ、そして踏みにじられていた。


 もう勝てない。それは分かっていたが、捕らえられるということが脳裏に過ぎった。どんなことをされるか分からない。そして、今我々がココに居る名目を思い出した。


 同胞を虐殺した報復。


 そうだった、カタリナは、同胞を枝肉にして、それを絵に描いて丁寧に保管するような奴だった。

 何故、ココの近くの荘園がこの平地に手を出さなかったのか?

 大穴が怖いからでは無い。荘園経営上、劣等種と下っ端に任せれば良いからだ。この平地がもたらす経済的利益は、それを克服して余りある。


 分からないからだ。

 カタリナの思考回路が、なぜ、アレがここまで発展しているのか、あんなに大きな街があるのか、そして、なぜ、カタリナに付き従う兵隊劣等種は、空の目も無いのにこちらを把握し、そしてこちらが嫌なことをして、不思議な道具と化け物とを使役しているのか。


 じゃあなぜ、我々は今回、ココに来ることが出来たのか?

 知りたかったからだ。

 カタリナが、外からの攻撃にどのように対処し、そしてそれをどのように克服するのか、或いは、我々でも勝つことが出来るのか。


 比較的新興の我が家、跡継ぎに女しかいない我が家の、焦り。

 それを利用されたのだ。


 そもそも、あの情報はどこから流れてきたのか?

 ああ、クソっ。クソッタレ!


 いっそもう殺せ!

 身体の熱が赴くまま、味方を励まし、引き連れて丘を駆け登ると、横隊があった。一列が、煙を吐いた。



****



「えぇ!?」


 てっきり明日の朝ぐらいまで動かないと思っていた敵が急に突撃を開始したという情報橙発煙弾に触れ、声が出た。

 威嚇のために2、3中隊を引き連れ、一斉射撃で敵を怯ませて追い散らし、投降せしめようとしたのに、そのプランが一瞬で泡になった。


着剣つけけーん!」


 横着して予備銃では無く、拳銃で済ませたことを後悔した。

 銃剣は、『理解される』ということを知っているからこそ、その後悔は増幅される。


「第一列! 銃口正面構えつつ! 第二列!……


 2中隊はスムーズに『対騎横隊要領』をこなして槍衾を作ったが、3中隊の一部は、はじめて、或いは久しぶりに戦場にやってきた興奮からか、バラバラな動作が目立った。

 それでも一応の隊形を整え、丘の上に陣取る。


 ドドドという音は、身体を興奮と恐怖とで熱くした。小便を済ませておいて助かった。

 戦闘服の一番上のボタンを外す。努めてゆっくり、吸って、止めて、吐いて、止めてを繰り返す。

 騎兵突撃なんて、前世ではもう過去の遺物であり、経験することなんて無いと、教範からも100年以上前に消えている代物だった。

 しかし有史以来、第一次世界大戦まで、彼らは確かに主要、そして唯一の機動戦力であり、その衝撃力は長らく唯一無二だったのだ。

 威嚇を目的に、横隊を組んでいて良かった。

 陣地も無い場所で散兵線を敷いていたら、おそらく3中隊は『足音だけで』崩壊していただろう。怪我の功名だった。


「まだ撃つな! まだあたらん!」


 できるだけ引き付けてから、一斉に射撃させるつもりだったが、敵の頭がやや見えた瞬間、右手3中隊の方から銃声がして、それにつられて横隊の全部が射撃を開始した。


 まだ命令は出していなかった。


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