第34話 破砕

「概方で構わん! 集団先頭の辺りだ! 撃て!」


 1中長アンソンは、弾が敵に当たらずとも『効果を発揮する』ことに気付いた。頭上を通過し、或いは地面で土を散らすだけでも、十分に敵の脚は遅くなった。それを集団の先頭辺りで起こせば、後続が詰まる。


「機関銃! 脚この位置、目標、正面の横行する敵、リード1、準備でき次第撃て!」


 リアムは本部管理中隊から、機関銃1丁を引き連れていた。昇降口に土嚢と一緒に据えられたソレは、大量の予備弾薬と共に積み込まれていた。

 何発か撃つごとに『抜け』があったし、暫くしてジャケットの水が全部蒸発して銃身が過熱し、陽炎が立った、機関銃手が、水筒の水をドバドバとジャケットに注ぎ込む。暫くしてまた陽炎が立ったが、概方に向けたまま構わずにハンドルは回される。布製ベルトリンク弾帯が、銃の右側へと積み重った。


 客車の隅から垂れる雨水を水筒に入れるべく手を突き出しながら、機関銃手が叫んぶ。


「もう水がありません!」

「じゃあ、小便でも唾でも入れろ! 撃て!」


 機関銃手は、機関銃が陸軍対人火力の骨幹である歩兵ことを自覚し、教範戦闘間常に射撃所要に応えること第十章ができるよう、武器を愛護し、自ら『機関銃』手段を尽くして射撃を継続第二節しなければならないより


 この逸話は、『機関銃手の心得』として、永く語り継がれることになる。


 当然、向こうフランシアも黙って撃たれている訳では無く、矢を射掛けてきた。

 向こうも相当な速さで悪路を駆けているのに、相当正確にそれらは飛んで来る。

 列車内に飛び込んだり、跳ね上げられた窓ガラスに命中したりした幾つかの矢で、列車の床は血に濡れた。だが、その程度で互いの戦意は衰えなかった。

 弾薬箱を持った兵が、血に足を取られて転ぶ。この列車の乗り心地は悪い。壊れた箱から、油紙に包まれた小銃弾がゴロゴロと転がった。


「負傷者を窓際から下げろ! 怯むな!」


 河を挟み、並走する勢力の間で銃弾と矢とが飛び交う。

 向こう岸から湯気が上がっているのが、車内からでも見えた。



****



「走れぇ、走れ、走れぇ!」


 ヒュン、ヒューンという、礫が上空を通り過ぎる音の中、我々はドーベックへ向け一直線に走った。時折鳴る「ピン!」という音は、ごく近くに礫が飛んできたことを意味していたし、やや低い、ぐぐもった音が鳴る度に誰かが崩れ落ちた。

 アレが追いかけてきたとき、まだ我々の脚の方が早かった、しかし、アレはずっと同じ速度で走り続け、ついには我々に並走するに至った。


「あの化け物、鉄ムカデか!?」

「まさか!」


 伝承にある、『大穴』から這い出してきたという生き物の話が一瞬流れたが、一蹴される。もしそうだとしても、そうで無かったとしても、今、我々に礫を射掛けてくることに違いは無かった。

 ムカデの腹からは、敵兵が構える何かが絶えず白煙を吐いている。どうやらアレで礫を飛ばしているのだと理解した。まさか、劣等種にアレを与えているのか?

 幾らキチガイとはいえ、キチガイが過ぎるのでは無いか? 反乱を起こされたらどうするのかとか、そういったことは考えなかったのか?

 今戦っている相手が、あまりにも常識から外れていることに慄く。身体を苛む風雨由来の寒さの他、心までもが苛まれた。こんな相手、こんな無茶苦茶な相手、道理を無視した相手、味方ごと地面を吹っ飛ばすようなのが相手で、勝てるのか?


「一斉に射よ! よーく兵を狙え!」


 ベッペの隊は、大変に精強であった。

 一塊となって飛ぶ矢は、敵に有効打を与えているように見えた。


 しかし、

 雨、濡れた地面、敵。

 それらが三位一体となって体力を奪い、徐々に視界が霞んでくる。


 敵の速度は、全く変わらなかった。それどころか、吐き出す黒々とした煙はその勢いを増していた。アレは、疲れを知らないそうだった。並走から、徐々に追い抜かれつつある。


 カタリナは、道理を知らないが、戦が上手い。

 あんなモノまで使役している。劣等種も、強いと認めざるを得ない。


 街は、ドーベックはすぐそこだったが、気付けばそこからも白煙がポツポツと上がっていた。敵は、あそこにも居たのだ。


 完全にアレの方が優速だ。もう無理かもな、そう思ったが、今更「もう逃げよう」とも言えなかった。その勇気は無かった。

 だが、


「殿下、あそこで円陣を組みましょう。一旦休み、夜明けと共に敵へ押し寄せるのです」


 同じく負けを悟ったのか、ベッペが身体を寄せてきた。

 円陣を組むことなんて考えていなかったが、そういえば習ったような、習わなかったような気がする。だが、この荒れた息を整えられるだけでもありがたかった。脚を緩め、思い切り息を吸った。もう、日は落ち始めていた。寒くてしょうが無かった。


 後世の歴史家の中では、この瞬間にフランシア家側の敗北が決定したとするのが通説である。結局のところ、戦闘とは指揮官同士の意思と意思のぶつかり合いであり、どちらかがその意思を放棄した時点で、はじめて勝利が決定するのだ。



****



「勝ったな」


 列車が敵集団を追い越したのを確認し、発煙弾を上げる。

 もう辺りは暗くなり始めていた。望達目標敵の殲滅を達成するためには、闇が辺りを包む前に、敵をこの平野に閉じ込める・・・・・必要がある。


攻撃は、機を失する事の陸軍作戦教範無いよう、迅速的確かつ徹底的に行う第6章『攻撃』第1節より


 ドーベック駅は、いつも鉱夫や労働者が奏でるのとは違う喧騒に包まれていた。

 無理をしたボイラーが爆発しないように慎重に操作する技術者機関士が居る一方、白い腕章を付けた衛生係が、うめき声を上げる負傷者に毛布を被せ、担架に乗せ病院へと担ぎ込んでいる。負傷者のうち何人かは、血の気が無かった。負傷者から装具弾サスが取り外される。それらは、もう彼らには必要が無い。

 雨は一段とその強さを増し、誰もが濡れている。風が吹き込んできて、くしゃみが出そうになった。思い切り鼻を啜る。こんなところロイスに見られたら、風邪をひいてしまうと怒られてしまうだろう。早く風呂に入りたい。


 そんなことを考える余裕が一瞬だけ生まれたが、最後にやることがあった。戦闘団の幹部をラッパで呼ぶ。


「戦闘団は、これより攻勢に転移する。命令を下達するぞ。2中隊は3中隊掩護のため直ちにBP1へ展開。警戒要領は計画所定。1中隊は再度乗車、BP4からBP5に展開、現在GF遊撃部隊HQCo本部管理中隊が退路を遮断すべく活動中だから、それを援護する。なお、交戦間に投降の機会はなるべく与えろ。そろそろ弾が無いだろ」


 製造した小銃弾は、その殆どを先程の戦闘で射耗していた。3中隊の備蓄を分配しても、各人が弾納に突っ込める分しか残っていなかったのだ。これで逆襲発揮するのは狂気の沙汰だが、元々この戦況推移が狂気の塊みたいなモンである。正直、デブリーフィングはやりたくなかった。


「これが最後だ、気ぃ張れ! 今夜はゆっくり寝るぞ!」


 矢雨を受け、弾雨を発したヘブン発ドーベック行き臨時列車はボロッボロだったが、ドーベック発ヘブン行き列車はキレイだった。

 兵は乗り込み次第、椅子や床に座り込む。皆一様に息をして生を実感した後、眠りに落ちていった。これまで鉱夫や労働者の靴裏に踏みしめられてきた客車の床は、泥まみれ、草まみれの兵隊のベッドと化していた。

 その合間を縫って、伝令がやってくる。


 2中隊40名死傷。


 いつ集計したのかも分からない2中隊の状況だった。大体、1コ小隊が戦闘不能という訳だ。もしかしたら、1中隊もそれぐらい被害が出ているかもしれない。確かに、客車はさっきよりも空いているようだった。


 だが、戦意は依然高い。

 あと少しで、勝利を掴むことが出来る。

 胸がすく。身体が軽くなる。


 最終的な集計が出るまで、この高揚と栄光に見合う代償犠牲であるかは、結論は出せない。

 だが、ドーベックを守るために必要な代償であって、理由のあるものであることは、言える。いや、胸を張って言わなければならない。


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