第31話 小康

「分隊長! 分隊長ぉ!」


 ついさっきワイバーンの航空攻撃を受けたこの陣地は、うめき声と煙が満ちていた。木が燃えるパチパチという音は、ここから離脱しなければ死ぬことを意味している。


「1、2小隊は直ちに中隊CP指揮所まで離脱! 急げ!」


 爆発は、陣地に直撃した訳では無さそうだった。

 見える範囲の人員はショックとかすり傷程度の被害しか無かったが、問題は全員がそのザマだったことだ。ボロボロである。小隊の何人かは頭を抱えて座り込んでいた。


「馬鹿野郎テメェ死にてぇのか! 立て! 逃げるぞ!」


 銃床でヘルメットテッパチをどつく。胸ぐらを掴んで引き上げ、銃を押し付けると、アワワといった感じで銃を抱え、フト自分を取り戻したようだ。目に光が戻る。グリ、とこっちに向く。


「2小隊、各分隊毎自転車乗車後は分隊長所定で中隊CPまで下がれ!」


 こうなっては、小隊単位で指揮するよりも、分隊単位怒鳴り声がよく聞こえる範囲で部下を掌握させた方が良い。

 なんかもう、身体が不快とか、そういうのはどうでも良かった。ただ、部下を死なせたくないという気持ちと、強い敵がい心とがあった。

 ふと敵方を見ると、『小山』から死体を引っ張り出し、道の脇に並べているところだった。壕から走り出て、倒れた木に伏せて概方に小銃を向けぶっ放したが、荒れた呼吸のせいで命中はしなかったようだ。


「小隊長! 下がりますよ!」


 小隊曹長が、銃を敵方に向けながら叫ぶ。

 左手でグッと上体を起こし、地面を蹴り上げて自転車集積点まで向かう。偽装網は乱暴に捲られ、4台の自転車が残っていた。

 多分、私が最後のハズだ。誰か、陣地に残っている。


 一瞬、戻ろうかとも思ったが、敵は小山を殆ど片付けている。


 すまない。

 自転車を立ててペダルを踏み込む。心地よい風が身体を撫で、逆にソレが身体の熱を強調した。


 暫くペダルを漕ぐと、CPから前進してきた4小隊が、林際に伏せようとしているのが見えた。

 彼らとCPとの間に自転車が差し掛かった頃、またパラパラという音が聞こえた。



****



「戦闘団長、1中隊はCOPを離脱。現在位置に集結中。2名死亡、3名行方不明、4名重傷。小銃5丁全損、全予備弾薬は小隊以下に配当。工事機材全損、救急用品全損。その他人員武器装具弾薬異常なし」

「了解、ご苦労」


 思ったより被害が少ないな。

 天幕内でアンソン1中長の状況報告を受け、最初にもたげたのは、そんな所感だった。ウォーゲームをやったときは、1中隊は壊滅して2中隊に吸収される想定だったのだ。

 兎も角、1中隊はその任務をしっかり果たしてくれた。遅滞目標の12時間は達成できなかったが、3中隊の戦力化は間に合った。

 しかし、敵が来ない。想定では今頃、撤退するCOPを撃滅せんと敵がBP5に突っ込んできているハズだ。

 敵の行進速度が遅すぎる。戦闘団の直轄斥候レコンはまだ発煙弾を上げていない。もう昼飯の時間だぞ。

 どうなってんだ?


「収集できた敵の情報は?」

「小銃は敵に有効です」

「それだけか」

「……はい」


 もっと偵察について教育すべきだったし、訓練を受けた直属斥候を割り当てるべきだったかもしれない。しかし、話を聞き出せればもっと有益な情報はありそうだ。


「了解、COPの戦闘経過について知りたい」

「はい、中隊は当初2小隊を先遣として配置中、敵先遣と接敵。中隊長所定により射撃を開始しました」

「接敵規模は?」

「敵は10~20の小集団毎に突撃を発揮していた為、小隊の小銃火力で十分対処が可能でした。一方で、戦闘間弓により3名が負傷、内1名が左腕貫通により重傷として後送しています」

「なるほど、敵は発砲煙に向けて射掛けてきた感じだったか?」

「はい」


 恐らく、速度を活かしてこちらを蹂躙しようとしたが叶わなかったのだろう。


「爾後、2小隊は全弾薬を射耗して後退、3小隊を推進した後、敵の前進が停止しました。状況把握のため、私が1小隊と2小隊の位置まで前進したところ、対空警報吹鳴、1、2小隊は壕内で……」


 あそこに2コ小隊詰めたのか! 交通壕含めても、かなり無理がある。

 まさか最先端の陣地をそこまで使い倒すとは思っていなかった為、少しゾッとした。確かに、敵が停止した場合どうするかとか、思ったより敵の前進が遅い場合どうするかとかは考えなかった。


「……急激に気温が下がり、直後、陣地右上空で爆発があり2名死亡、3名行方不明。林内で火災が生じたためこれ以上の戦闘不能と判断し、位置を放棄。中隊は離脱を開始しました」

「すまん、なんで気温が下がったんだ?」

「不明です」

「敵航空攻撃の兆候として、戦闘団に通達すべきだと考えるか?」

「はい」


 もしかして、散らかった部屋を片付けているのか? そんなことあるのか?

 全てのエネルギーは、最終的には熱として宇宙全体に拡散される。そして熱は、拡散する散らかることはあっても、集中片付けされることは無い。

 よく、散らかった部屋のことを『エントロピー拡散原則上しょうがない』とか言ったりするが、アレは熱力学的には全く正しいのだ。

 まぁ、そんなことは今はどうでも良い。『航空攻撃前に気温が極端に下る』これは重要な情報だ。


「了解、離脱要領は?」

「2、4小隊掩護下、1、3小隊が後退、爾後、2、4小隊が後退する要領を繰り返しました」

「障害や煙幕は活用できたか?」

「……いいえ」

「そうか」


 もしかしたら、障害の処理に手間取っているのかもしれないと思ったが、そうでは無いようだった。砂盤上で敵の推定位置に赤いコマを置く。

 敵が遅すぎて当初の作戦計画は使い物にならなくなっていた。本来なら、1中隊は再補給後すぐにBP5かBP4に展開し、HQCoと2Coの援護を行っているハズだ。


「敵が遅い原因は何だと思う?」

「はい、敵は死傷者の対処に手間取っているように見えました」

「あー……」


 なるほど、後送やら衛生やらの概念が無く、その場で治療したり弔ったりするからそうなるのか。変な納得があった。


「戦闘前哨は、敵をどれぐらい撃破できたと思う?」

「はい、敵の先遣部隊は壊滅させ、更に敵本隊と思わしい部隊の一部にも被害を与えています。R3上には敵で……敵で、小山ができましたから」

「それは、死体が重なって?」

「はい。敵はそれを利用して弓矢を射掛けてきました」

「……了解、数的には?」

「200~300は射殺と思います」


 実際には100も撃破してないだろうと思いながら、了解、と口ずさむ。


「小銃はどこが故障したか掌握しているか?」

「3丁は行方不明者が携行。2丁が燃えました」

「燃えた」


 被筒ハンドガードを含め、銃身や薬室以外は、木で出来ていた。多分、銃身の加工が悪くてとんでもない摩擦熱が出たのだろう。


「了解、予備銃と弾薬、救急用品は段列から受領してくれ、それと、工事機材はもう使わないから、特に指示あるまでは受領不要」


 戦闘で使いそうな地形には、もう陣地が掘ってあった。


「昼飯は食ったか?」

「いいえ、まだです」

「了解」


 一瞬、鉄道でドーベックに1Coを送り込み、3Coをこちらに展開させて1Coは予備として運用するか、と思ったが、1Coが我の最精鋭部隊であることに思いが至る。まだ、頑張って貰わなければならない。


ここ段列で食っていけ、シチューだぞ」

「戦闘糧食はどうしましょうか」

中隊長所定おやつにしな


 生地に砂糖や蜂蜜を練り込み、四角く成形して油で揚げてから油紙に包んだ『戦闘糧食』が、本来1Coが塹壕の中で貪るべき飯だった。しかし、折角敵が遅いのだから、温食を食べたってバチは当たらないだろう。

 予備材料も全部鍋にブチ込めと、段列に伝令を飛ばす。食い物を多めに準備しておいて良かった。


「それでは1中隊は1300まで食事、武器・身体の手入れ、爾後BP5に展開」

「了解」


 戦闘指導でビクビクしていた1中長アンソンは、もう居なかった。

 任務の達成と、部下に責任を持つ、中隊長が居た。


 敵方を見ようと天幕から出ると、北の空から、暗い、暗い雲が来るのが見えた。



****



「1中隊! 温食だぞ!」


 恐らく、この辺で鉱夫相手に料理人をしていたであろうドワーフが、デカい寸胴鍋を天秤に吊ってやってきた。煮えたクリームの、良い匂いがする。

 さっきまで自転車の側でへばっていた兵隊が、モソモソと立ち上がり、背嚢から飯盒を取り出して寸胴鍋の方へと集まる。誰が言うまでも無く、列が出来ていた。


 ある者は自分の自転車に腰掛け、ある者は地面で、ある者は分隊で輪になって。

 思い思いにシチューを啜る。美味しかった。身体に力が漲った。そして、置いてきた部下行方不明者に思いが至った、鼻水が出そうになって、思い切り鼻を啜って、目を戦闘服で擦った。ドーランで戦闘服で汚れた。


「みんな、食いながらで良いから聞いてくれ」


 普段の中隊長は、必ず部隊を整列、整頓させてから命令下達していたが、今回は違った。なんというか、角が取れたような感じがした。


「中隊は1250にBP5へ出発する。よって各小隊は1245を整備の概成目標としてくれ」

了解りょうかぁい!」


 中隊長の飯盒は、空っぽだった。

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