第30話 生命
だが、その利点が今、欠点となっていた。
「頭が見えたら各個判断で発砲して構わん! 2小隊は弾切れまで撃ったぞ!」
3小長の声は、戦場の中でもよく通った。
しかし、彼の部下がどこに居るかは一見分からない。森の暗がりに穴を掘り、偽装網を被ってしゃがんでいたからだ。敵方から矢が飛んでくるが、どうやらこちらの詳細な位置を狙って射るというよりも、『森』を目標にしているようだった。
ケンタウロスの死体が小山を築いている光景は、確かに衝撃的ではあったものの、よく見ればそこまでの数は無かった。数えれば100までは行かないんじゃ無いだろうか?
確か敵は、2500ぐらい、旅団とかいう規模だ。
「来たぞ! 気ぃ張れ!」
訓練の通り、敵の腹辺りを狙う。
照門と照星を結んだ先に、敵を置く。呼吸の度に照星がブレる。かといって息を止めると、心音がやかましい程にこだまする。
極力ゆっくり引き金を引き絞る。閾を超えた途端、撃針が突進する。
敵は前方へ倒れ込んだ。胸から腹が大きく動き、必死に息をしようとしているのがココからでも見えた。
イメージと反して、銃弾を浴びた者は、後ろへ吹き飛んだり、派手に血を出したりはしなかった。ただ、突然力が抜けてゴロ、と転び、その後で肉袋から血が漏れ、地面へと滲み出していた。
風が吹き、一瞬の静寂が訪れる。それを破ったのは、有り難いことに味方だった。
「3小長! 居るか! 生きてるか!」
「はい!」
中隊長が、1小隊を引き連れてやってきた。
そういえば、もうとっくに先遣は後退して中隊一丸となっての戦闘を実施する時期になっているはずだった。
そして、今の部下の状況を把握できていないことに思い当たった。
「状況どうだ?」
「現在は敵の前進が停止しているように見えます」
「そうじゃなくて、人員は、武器は」
口から出任せに何か言おうと思ったが、警笛がその思考をかき消した。
「対空警報!」
先任曹長が、長一声の警笛後に叫んだ。最悪だ。
今、この
確か教育では、陣地に居る限りは航空攻撃を凌ぐことができるとか言っていた。嘘つけ、敵は上から攻撃してくるんだぞ、穴を上から見られるんだぞ。
過密状態となった壕の中で、頭を抱えるようにして伏せる。バレないことを祈るしか無かった。壕内に人の熱気が満ちる。折角乾き始めた下着が、また汗で濡れた。
「煙幕、煙幕!」
ラッパが鳴らされたが、ここまで苦労して持ってきた発煙装置が起動する気配は無かった。向こうも伏せているのか、或いは聞こえなかったのか。そもそもあそこから煙幕を流したとしても、風が強くてここまで覆うことは出来ないだろう。
汗でベチャベチャになった戦闘服が、突如として冷たくなった。さっきまで壕内の熱気に晒されて悶々としていたのが、嘘のようだった。
体温が奪われ、ガタガタと震える。汗冷えかと一瞬思ったが、頭上の葉っぱが急速に凍結するピキピキという音で、周囲の――森そのものの温度が極端に下がっていることに気付いた。
「なんだコレ」
直後、砂塵が壕内に吹き込んできた。
衝撃が、鼓膜を、頭蓋を、全身を強打する。木の幹がへし折られ、色々なモノが飛散する。ヘルメットと落ちてきた重い枝が擦れてギリギリ鳴った。吹き飛ばされた様々が地面に落ちる音、それがパラパラと軽やかなものになってからようやく、陣地の近くで爆発があったことを理解した。
深く息を吸い、吐く。身体はまた熱くなっていた。水筒の水が呑みたくなった。負い紐を引っ張って小銃を寄せ、抱え込む。損傷は無いようだった。
ああ良かった、まだ、生きている。
****
「ここは道が細すぎて隊形が組めんな」
「それに敵は森から魔法で礫を飛ばしてきておる。我々の盾ではこれを防げん」
隊の進行が止まり、かれこれ4時間ぐらい経った頃、年寄連中が何やら深刻そうな様子で話している。
当初の緊張感――心臓が走り、冷や汗が出るような――は薄れてきたが、もう疲れ果ててしまった。正確には、緊張することすら出来ない程にスザンナは疲れていた。
大穴の近くとか、それに付属する昔話とかは、もうどうでも良かった。
「もう帰ろうよ……」
「
「でも伝令と長槍でしょ?」
専門が違うのでは無かったか。
「今回の長槍はやってくれるそうですよ」
執事は空を指した。雲間に、悠々と飛ぶワイバーンが居た。こちらに降りてくる。
ワイバーンは、思っていたよりも大きかった。なるほど、そりゃあエルフが強い訳だ。変な納得があった。エルフは、まるでピエロのような派手な格好をしていた。ブヨブヨした服は上下左右で色が違い、ズボンに至っては派手な赤色の下地が見えるよう、切れ込みが細かく入っていた。
年寄と幾らか言葉を交わし、小袋を投げて寄越された後、ピエロは中身を確かめてワイバーンの首を返した。
暫くして、谷に爆音と歓声が響いた。
「やったぞ! ザマァ見ろ!」
さっきまでの陰鬱な雰囲気は一掃され、
「こんな初陣って……」
パパはどうやら、必ず勝てるからと、家全体の武士を動員する一方で、その指揮を(形式上)私に置くことで、名誉を与えようとしたらしい。
その上、家臣に武功を立てさせることや、そろそろ国から動員が掛かりそうだから、家そのものが『戦う』練習として、今回の『懲罰』とやらをやることにしたようだ。
ヘトヘトになっていたが、勝手に脚は進んだ。胸より上の体調は最悪だったが、蹄鉄の調子は良かった。
暫く進むと、隊が敵と交戦した跡があった。
地面がポツポツと掘り起こされている。これが、
それが単に「流れ」たモノであることは、その少し先、路肩に延々と積まれた味方の屍と、グチャグチャになった地面を見て理解した。
朝に食べたモノを、道の真ん中にぶちまけた。とうもろこしがあった。
実を言うと、少し戦いに憧れていた部分があった。
武家の長女として生まれ、将来は家督を継ぐことになっていたのは理解していたし、武勲物語や、先祖の猛々しい話を聞くのは好きだった。
しかし、現実の戦争は、退屈で、不愉快で、不便で、そして醜いものだった。
隊列は、また止まった。最悪なことに、私はまだ味方の骸の横に居た。
先頭が、また敵と戦っているらしい。
もう既に、一割以上の味方が戦えなくなっていた。
私も撃たれたらこうなるのか、と、ピクリとも動かない知った顔を見て思う。
ずっと眺めていると、「あっ、動いた」となる瞬間があった。生物は、生きている以上、どこかが少し動くものだ。目の前に並べられた死骸は、血の気の引いた顔は、唇は、半開きになった瞼は、当然動かない。動くわけがない。脳味噌の癖のせいだった。
結局、私達が平原に出ることが出来たのは、
執事は、初陣で食欲があるのは大したモノだ。とか言ってガハハと笑っていたが、どう返したら良いのか分からなかった。
でも、私はまだ、生きている。それだけは分かった。
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