第24話 幕僚教育
「まぁ、取り敢えず各々検討してみてくれ」
用意した資料を各中長に手渡す。
本来、こういった任務分析や状況判断といったものは幕僚組織が付属する
今回は練習だ。敢えて、「答え」である方針を標示してから、そこに至るまでの過程を連隊の幕僚として踏ませる。
幕僚にとっての『戦闘』は、実際に部隊が戦火を交えるずっと前に始まっているのだ。
「地形の分析をもっと詳しくやってみよう。防御の観点から見るとどうだろうか、1中長」
「防御適地は
1中長のアンソンは、亜人だ。
耳をピンと立て、背筋を伸ばしてはいるが、尻尾が殆ど棒のようになっている。感情が彼女の「犬」の部分から漏れているのだ。
「そんな緊張しなくて良いから、教育だからな、これは」
「は、はい」
向いてなかったかもな、一瞬そう思ったが、彼女を抜擢したのは適当では無く、やる気と体力を見込んでのことだ。
「任務分析が終わったら休憩を挟むから、それまで頑張れ」
そういや、前世じゃよく自販機に学生を並ばせ、一本ずつ何か奢ってたなというのを思い出す。甘ったるいエナジードリンクが懐かしい。
「実は砂盤上に標示してない防御適地があるんだが、分かるか?」
「えー……河の南岸、渡河点直後でしょうか?」
「大正解だ!」
メウタウには、幾つか橋を掛けている。
R3と今回呼んでいる、メウタウ河北側に沿うように通っている道路を南に分岐し、大穴東にある
「とすると、防御適地は隘路出口に加えて鉱業地域北の渡河点直後、ドーベック西の外縁ということになる。更に選鉱場の北西に河が形成した自然堤防――あー丘があるから、そこも防御適地だろう」
馬鹿と煙は何とやらだが、軍事において敵よりも高所を取るというのは非常に大切なことだ。高所は見晴らしが良いし、見晴らしが良いということは
「じゃあ、敵の特質について。3中長」
1、2、3と建制順に回るだろうと思っていたのか、ピーターは一瞬驚いたような顔をした後に咳払いをした。
「えー……はい、編成表を見る限り、赤部隊の規模は150騎の中隊相当部隊4コ、これに指揮部隊併せて620、この大隊相当部隊が3コ連結に加えて増強で……2000騎と見積もられています」
なお、数字の中身は当てずっぽうだ。文献上の数字やら記憶やらを一応アテにしてはいるが、まぁ大体たぶんこんなモンだろうという域を出ない。
「更に航空部隊、即ちワイバーンの支援もあるんじゃないかなと推定しているな」
取り敢えず兵科記号は『ヘリコプター』に相当する∞に頭と尻尾を生やしたような気持ち悪いモノをワイバーンに割り当てている。切実にデザイナーを急募したいが、まぁ分かれば良いのだ。
「今現在、ワイバーンに対して我々はどう対処できるか、2中長」
「はい、小銃で一斉に射撃します」
「当たると思うか、当たって、効くと思うか」
「……」
当たらない、わからない。というのが正直なところだった。
魔法がどれほどのものなのかも、我々はよく知らない。何なら、
「ま、多分無理なんだよな。そのため……」
懐からサイコロを取り出す。
「当面の間、平地でワイバーンの攻撃を受けた場合、このサイコロの目の半分だけ小隊が吹き飛ぶという想定にしようと思う。1以下ならば被害は軽微。但し、6が出たら中隊は壊滅扱いだ」
「陣地構築中は?」
「その場合は――四分の一としようか。この場合、2以下ならば被害は軽微扱いとしよう」
本当は十分の一、ソレ以下でも良いかもなと思ったが、現代戦において
分からないならば、分からないなりの処理の方法があるのだ。
「更に敵は騎兵ということで、高速に路上、ないし平原を移動することができる。平均移動速度は15キロ毎時と見積もっているな」
この『キロ』というのは当然「ある長さ単位の1000倍」を示す接頭句なのだが、『ある長さ単位』についてはまた別に機会を設けて説明したいと思う。
「これを総合すると、どのように敵を評価することができるか? 1中長」
「はい、赤部隊はワイバーンの支援を受けた3コ大隊基幹の1コ
「よし、じゃあ次は味方について考えてみようか、これは……サンドロ、分かるか」
急に、後ろに控えていた本部管理中隊-臼砲小隊の小隊長に話を振ってみる。
「えぇと…………臼砲が使えます」
こいつら、いきなり話を振られてビックリし過ぎだろと思いつつ、いや、どの世界でもそんなモンかと諦める。確かにこんな感じだった。
「うん、自らの所掌を掌握していて大変よろしい」
「他には、2中長」
「はい、
やっぱり中長は将来参謀にするしかねぇなと確信しつつ、砂盤上のコマを中隊ごとに整理して並べる。特質の分析では、まず規模を掌握しなければならないのだ。
「我の特質として、さっき見たように防御適地を利用可能である他、さっきサンドロが言ってくれたように、本部管理中隊に対して各種機能が付与されているというものがある。即ち――防御陣地と、本管の各種機能を、如何に使いこなすかというのが今回、我々に課せられた問題だ」
そう言い切ってからふぅ。と息を吐き、休憩と解散、再集合時間を言い渡す。
本当は2/3ルールとか色々あるのだが、彼らにとって初めての指揮所演習だ。初回はこんなところで良いだろう。
「それじゃ続きだ。今回は方針案について既に1つ付与されているから、その一個前、目標について検討してみよう」
任務は『付与された目標』を達成するために策定されるものである。
つまり、具体的に軍事作戦についてあーだこーだ考えるためには、その目標について具体的に検討することが必要不可欠なのだ。今回はこれが問題となる。
「必ず達成しなければならない目標は? 3中長」
「ドーベック市街を防衛することです」
「砂盤上の標示で具体的に言うと?」
「えー……BP1で赤部隊の攻撃を破砕することです」
「その通りだ」
俗に必達目標と言われるものは、『コレが達成できなかったら任務失敗』というものである。じゃあ、『失敗とまでは言えない』目標は?
「では、達成することが望ましい目標は? 1中長」
「えー……」
「方針案から逆算して良いよ」
「敵を撃破することです」
「そうだな、それを以て、鉱業地域の防護を完遂することだな」
味方について考えるのは良い。
「じゃ、今度は赤部隊について考えてみようか」
「……?」
実は、方針を策定するにあたって、肝要となるのが敵に付与されているであろう任務である。何故ならば、戦闘とは即ち相手との武力闘争であって、相手の
今回の場合――
「赤部隊は、鉱業地域を攻撃するか、ドーベックを攻撃するか、或いは、その両方、選鉱場含めた全部を攻撃しようとしているのか。分かる者」
いざ、さぁどうだと言うと悩ましいものがある。相手が何考えているかなんて、結局のところ知ることは出来ないからだ。
「全部だと考えます」
臼砲小隊長、サンドロが声を上げた。
「何故そう考える?」
「赤部隊はR3から侵入すべく集結しています。空から我々の拠点の配置を見ることが出来る以上、我々に三箇所拠点があることは把握しているはずです。ならば、R3から直接ドーベックに向かえば鉱業地域からの攻撃を側面から受けることは掌握しているでしょうから、取り敢えず態勢を整える為にも、選鉱場の破壊を目指す筈です」
「なるほど」
敵の有理点を踏まえた、良い分析だ。
なお、個人的に設定した赤部隊の目標は、必達目標を『隘路出口の確保』望達目標を『ドーベックの占領』としている。そうじゃなきゃ、こんな極端な戦力配置はしない。
「ま、大体こんな感じに各検討要素を並べていって順に検討し、設定された目標を達成すべく任務を設定し、それを達成するために部隊を運用する訳だ」
前世では、
まだまだ、教えなければいけないことは多いし、準備すべきものは多いが、果たして間に合うのだろうか、一抹の不満を覚えるが、我々は『やるしかない』のだ。
「
今はまだ、彼らはそういったモノが出来なくても良い。私がやれば良いからだ。
では、私が一人で出来ないことは何か?
「ロベルト、
我々に、
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