紛争
第23話 情報
「あ~……」
窓ガラスを張り替え、鉄条網の配置を再考しているとき、ふと思い出した。
「金庫の中にアレ入ってるわ。解剖図」
「なんだ、そんなモンですか」
警保係幹部、ジェレミーはそう聞くと不安げな目を柔和にした。
「あーそっか、お前は知らんのか、
「えっ!」
人間の解剖図は、医学上の要請によってこの街ではまぁまぁ簡単に手に入れることができた。どこの誰だか分からん無縁仏の解剖は、ショーとしての産業化の兆しを見せつつあった程である。
だが、
知っての通り、彼らは我々『劣等種』とは異なり、地上を支配する種族である。というか、実質的にこの国を支えているのは彼らと、彼が運営する荘園だ。(この街も国内法上の扱いはイェンス爵領の中で無断経営される『カタリナ氏』の荘園ということになるのだろうか?)
「こりゃ不味いなぁ……」
制帽を脱いでボリボリ頭を掻きたかったが、流石にやめておいた。
「そんなもの、いつどこで、誰が……」
「まだ機織りが主力だった頃、工場で、俺が、攻められたから」
前世の記憶をたどれば、「落ち武者」がそれ相応の目に遭うのは当たり前ではないかと言いたくなるのだが、この世界における彼らの傲慢さを知っている以上、そんなことで正当化できるとは思えなかった。
というか、冷静に考えればアレを見せたときのカタリナさんの反応を見て焼却処分にでもすべきだった。もったいぶって金庫にしまい込んでおくからこんなことになるのだ。
「あのときの……」
「内緒だぞ。あの存在が勘付かれただけでどっかの氏族にこの街を蹂躙されかねん」
下手すりゃ、怒り狂ったどっかの氏族が正義の名の下に空地同時攻撃を仕掛けてくる可能性がある。氏族制封建国家(中央の統制が弱い)では、存立の正当性にゆらぎが生じたらすぐに付け込まれかねない。
それに、今の我々に空地協同攻撃を凌げるだけの力は無い。
****
「悪いがド至急で小銃の更新と機関銃、砲の開発・製造をしてくれ、小銃以外は最悪ワンオフ品で構わん。ダム計画は凍結する」
急遽幹部連中を招集して会議を開き、今まで概念だけ伝えてきたモノの開発を命じてみる。
「だいぶ無理です」
「まぁそうだよな」
脳内時計を数百年遡り、こりゃ無いと困るよというモノから順に挙げていく。
「薬莢銃」
「それはまぁ……薬莢が高コストになりますが」
「薬莢連発銃」
「故障が頻発して良いならば」
薬莢連発銃まで行けば上々だ。何なら『現代』戦でも使うことができる。
「よぅし良いぞ、機関銃は?」
「薬莢弾がどんなものになるか検討しなければ……」
「図面は俺が起こす」
「ワンオフで良いならば」
畜生、間に合って一丁か二丁か。
それに薬莢が薬室に張り付き、抽筒子を無理に動かして薬莢が千切れて銃がお釈迦になるとか、色々不具合起こすんだろうなぁ。そうすると反動利用もガス圧利用も中々厳しいかもしれない。
「砲は……」
「臼砲ならなんとか」
「対空砲は厳しいか」
臼砲とは、まぁ要するに臼の底に火薬を敷き詰め、その上からクソデカい砲弾を被せてドカンと飛ばす大砲のことだ。砲身が短いため、技術的な難易度は榴弾砲やカノン砲と比べて低い。(専門的な話をすると腔圧とか焼き嵌めによる残留圧縮応力の利用とか色々あるのだが、これは割愛してレダおばさんに土下座することにする)
大威力だが重く、高性能な榴弾砲と迫撃砲の登場によって廃れる歴史を『きっと』辿ることになるだろう。この街の歴史が続けばの話だが。
「射向を維持する架台を作るのが困難になりそうですが……」
「じゃあ……まぁ良いや、どうせ作った所でどうにもならん」
威嚇だけでも出来れば良いんだが、と思いつつ、どうせレーダーも
「最悪――
カタリナさんに空中で取っ組み合いでもしてもらうかと思ったが、よく考えればあの人がワイバーンとか、そういうモノに乗ってるのを見たことが無い。期待しないことにしておく。下手すりゃギャンブルでスッたんだろう。
ここまで思考を巡らせたが、まだ口は開いたままだ。居合わせた者が注目している。
「ダム工事の所要で陣地を構築しよう」
****
現状、私が用いることが出来るのは、重要施設を警備する直属の警備部隊と、街頭の秩序・治安維持にあたっている警保部隊だ。
この大体2コ中隊に、引退して今は別の活動に勤しんでいる者を動員できてもう1コ中隊。これに技術者とか鉱夫とかを選抜動員して本部管理中隊を設置し、
今のところ、具体的に誰々が攻めてくるとか、そういった情報は無いが、そもそもこの街は「価値がありすぎる」街だ。
いつ誰が攻めてくるか分からない以上、この機に陣地構築ひいては、防御戦闘全般の計画を行うことは重要だろう。
概ねの地形を再現した『砂盤』の周りに各指揮官を集合させる。
「それじゃあ、只今より計画の下示及び戦闘指導の教育を行う。楽に休め」
軍隊で『楽に休め』と言われたら、大体「普通に休め」という意味だ。寝転がったりしたら
「この街も随分大きくなったが、いつどのような攻撃を受けるかは分からない。そのため、組織的防御戦闘の要領についての確認を大体このように行うってのをだな、把握をしてくれ」
一応こういう建前にしておく。
「『敵』は、ここを占領せんとする荘園の騎人丸ごとに、更にそのお上の支援を受けたモノ――1コ増強騎兵旅団としようか。仮に赤部隊と呼ぶ」
ちょっとザワ、という音が鳴る。多すぎないか。なぜ。そんな感じだ。
なお、連隊とか旅団とか師団とかの概念については事前に教育済みである。
「我は1コCTを以て防御戦闘を実施する――取り敢えずダム建設前に戦闘が行われるとして――我々の西、大穴を北に回る、メウタウ横の街路、
赤色のコマを砂盤の隅に設置する。
砂盤上には、既に幾つかの防御陣地予定地が標示されている。味方のコマはまだ配置されていない。
「で、このように防御陣地を準備したとしよう。このような状況下で、戦闘団の地位及び役割は? 1中長」
「敵の侵入を拒否すると共に――「違うな、そりゃ任務だ」
作戦上の地位及び役割とは、要は『何をする誰』のことであり、この場合は『ドーベック諸地域の防御を担任する
因みに上級部隊として存在すべき
「じゃあ役割は?」
「えー……敵1コ
「素晴らしい」
「じゃあ次、2中長、地形上の特質を分析してみようか」
第2中隊――通称警保中隊――にはジェレミーを中隊長に指名した。
「はい、我は河川に陣地を委託できますので、河川方向、即ち南方からの攻撃は考慮しなくても良いと考えます。更に、メウタウ側から南側は複数の支流があることから、
「……3中長はどう思う?」
「メウタウで我が防御すべき地域――即ち鉱業地域と選鉱場、ドーベックが南北に寸断されているため、河川を挟んで別箇所を同時攻撃された場合、我は二方向対処を強いられます。一方で、隘路に設置した我の防御陣地と守備すべき地域、即ち
「そうだな」
ちょっと敵の行動見積もりも混ざっているが、まだそれは良いだろう。
「ま、2中長、3中長共に正解だ。ずっと平原で暮らしてるから分からんかもしれんが、平原である以上、いっぺん平野に出られると迂回やらを許しやすいというのもその他にあるな。だからここ、隘路の出口に陣地構築する旨予定するんだが、そうするとR1、R2を経由してドーベックを直接攻撃する敵への対処に難儀する。一方で我は鉄道を用いれば防御すべき地域間を迅速に機動することも出来るだろう。ホントは山岳とか――敵が機動できんような地形があったら防御しやすかったんだが、ま南からの攻撃はR1を経由するものの他は考えなくても良いだろう」
後半の言葉は、ずっとシワクチャの列島を防御することを前提として色々考えてきたからこそ、口を突いて出てきたものだった。鉄道の存在に各中長が言及しなかったのは残念だが、きっと『気付かなかったのでは無く、当たり前だから口に出さなかった』のだろう。しかし、見積もりを行う上では重要な検討要素は漏らすべきでは無い。それが我の有利点となる場合は特にだ。
「軽く準備体操もしたことだし、始めようか。CTの方針案を付与するぞ。『
砂盤上で赤いコマを幾つかR3沿いに置き、ドーベックへ向けてぐい、と動かす。
「敵は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます