第21話 電化
ドーベックは今や、『大穴』なくして存在し得ないほどに『大穴』に依存しているが、ではどうやってそれを活用しているのか?
正解は「最初の方はツルハシで、今は爆薬で」露天掘りやら坑道掘りを繰り返し、鉄道を敷いて「最初の方は手押しで、今は外燃機関で」ガタゴトと運んでいるのだ。
さて、外燃機関と言うと「おいおい、内燃機関じゃ無いのか」という声が聞こえるが、今の
ドーベックから『大穴』へ行く路線は、いつしかヘブンズゲートと言う名前が付いていた。
数両の貨物・旅客兼用列車が走るに留まるこの路線は、よく止まるし、かつ歩いた方が早いんじゃねぇかなと思うこともママあったが、選鉱・精油場とそれから出てくるとんでもない公害を街から離し、その成果のみをドーベックにもたらすのに十分な威力があった。
なぜ『ヘブンズゲート』なのか? 高給取りが存在するガラが悪い地域には、売春街が自然と発生することは歴史的に知られた事実である。(これのビジネス化は論外として、取締については喧々諤々の末に労働者の暴動を恐れて見送られた)
今や我々は、精油によってガス質を分離して道路下を走らせ、街頭に火を灯すという芸当さえ可能な程に進歩したのだ。これにより、ずっとやりたかったことが出来るようになった。
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「ダム?」
「はい。大河の水を堰き止めて水利を安定させるんです。大量の排土と重機がある今、魔法が無くたってやれます」
ぶっちゃけ排土の処理の方が問題だったのだが、それは勘付かれない方が良いだろう。今やバケットホイールエクスカベーターのパチもんみたいなモノまで設計に着手されている。(外燃機関で出来るのかは甚だ疑問だし、製造にはゴムの合成技術を確立することが必要不可欠だが)
「それ金になるのかね」
我々にとって一番大事なモノはそこである。
「水道利用料が安定しますし、農林畜産も安定しますよ」
「よっしゃ」
カタリナ商会――もはやこの名は適当では無いが――の主要な収入は、金融とインフラになりつつあった。
基盤を作ってその上で自由な経済活動を行わせ、生業から金を取る。結局はそれが一番儲かるということに、カタリナさんは気付いていた。
「しかし、ヒトがこんなにも――可能性を秘めていたとはな」
ふと、前世、ワイバーンなんかよりも早く空を駆け、星々に手を伸ばし、神をも焼き払う炎を手に入れた人類を思い出す。
「まだまだです。まだまだ、貴女には見せたいものがあります」
ここからが面白いのだ。
ヒトがその筋力の縛りから開放され、何十、何百、何千、何万倍もの力を発揮し、その想像力と需要の赴くままに活動するには程遠い。
それに、規格だって、現状摺合せが主であるものを払拭し、どの工場が作ったものでも互換性があるようにする――工業規格の制定も、動き出したばかりだ。学校だって、ようやく回りだしたところだ。
「楽しみにしているよ」
そう言った彼女は、おばあちゃん、或いは先生のような優しい目をしていた。
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「という訳でダムの建設が認可された。重力式コンクリートダムを作るぞ」
「じゅうりょくしきコンクリートだむ……?」
「要はバカでかい石で水を堰き止める方式のダムだ。シルビア、図面を」
幹部会議、というよりも最早ドーベック行政会議と化した会議室。
つい最近作られたスライドとその投影装置が銀幕に図面を映し出す。(まだ時計技師しか扱うことができない)
「コンクリート工場をここに立てたのはコレを作るのに便利な位置にあったからだ。工事にあたっては鉱夫の連中も使うぞ」
驚くべきことに、ドンガラ自体は何とかなるのでは無いかという確信があった。
鉱夫の創意工夫と、急速に発展した街とそれを支えた土木工事技術とその進歩は、私が下手にアドバイスするよりも有効かつ現実的にダムを構築出来るようになるまでになっていたのだ。
「しかし問題がある。私はコレをきっかけに、電化を行いたい」
ザワ、と技術屋から声が上がる。
電化という概念を知らず、なんだそれはという疑問が発露されたからでは無い。
むしろ、電化という概念を知っているからこそ、彼らは声を上げたのである。
「幾らなんでも無茶です。街を作り直すのですか……」
「それに、現在の我々ではそんな大型発電機は……」
電池や、手(足)回しによって発電した電力を、既に技術屋は使いこなしていた。
それに留まらず、電圧や電流、交流や直流、電子線や放射線、電波に至るまでの基礎的知識は教え込み、「将来こういうのが作れると良いねガハハ」というモノとして、送電網の概念も教科書に載せておいた。
「いや、一歩一歩やるぞ、ドーベックの電化はまだ先だ。取り敢えず研究地域と製産所、鉱産地域は電化したい」
送電網を築くにあたって、問題となるのは発電所から幹線を通って変電所を経、各家庭に分配するまで『網』を築き、かつそれを保安してエネルギーを満たすことだ。
しかし、まだ我々は家庭にまでその恩恵をもたらすことが出来るほどに豊かでは無い。鉱山でポンプを動かし、研究用に電気を消費するのが適当かつ緊要な電力の使い方だろう。
「研究地域は分かりますが、製産所では何を?」
「アルミを作りたい。それも大量にな」
アルミは軽量で、かつ合金にすれば頑強な性質を呈する。
今は銅が担っている軽量非鉄金属の地位を完全に代替し得る高い潜在能力があり、そして大量に取れる。選鉱場で「ゴミ」として積み重なっている赤褐色のソレがボーキサイトだ。
端的に言うとコレが
ヒントを述べると、この世界、この
そしてこの国の国内紛争の解決方法と言えば?
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「芋、うめ~!!!」
所謂フライドポテトはどの世界でも美味しい。
まぁ、炭水化物を油で揚げたものなんて不味くなりようが無いのだ。それにこの世界のソレは、激しい競争に晒されてチーズと生クリーム、挽肉が混ざったソースが掛けられていた。(それに夜中にふらっとその店に行っても揚げたてが貰えるのだ! 最高!)
労務管理や工事用の臨時線の計画やら、何やらの計画を幹部連中と詰めていたらこんな時間になってしまった。バケットに入った明らかに健康に悪そうなソイツを幹部と一緒に摘むと、これまで積み重ねてきた苦労で場が盛り上がった。
そして折角だからと警備員も呼び寄せて、ちょっとしたパーティーが開かれた。
だからだろうか、パリンという音に気付かなかった。
まぁどう考えても警備員を呼び寄せた私のせいなのだが、後の祭りである。
「金目のものは別所に保管していたからか助かりましたね」
「ま、そうだな」
問題は、「昔使っていた金庫」がパクられたことである。
あの中には確か、まだ布が主力だったときの重要書類(織機の設計図とか、マニュアルとか)が入っていたはずである。
その他にヤバいものが入っていたかな、と脳味噌をフル回転させても、うーん、大丈夫かなという「導きたい」結論が邪魔をした。
「今後はアレだな、鉄条網で周り覆うか」
「それはそれで美観を損ないますけどね」
「じゃあ本館もそろそろ建て替えかなぁ」
幹部に解散を命じて自分の執務室に戻る道中、なにかとんでもなくヤバいものをパクられたのでは無いか、あまりにもプロのやり口過ぎるのではないかという一種の疑念が頭をよぎったが、やはり脳味噌はきっと大丈夫だろうという結論を導いた。
話題が新しく新本館の来客室をどうするか云々になったとき、ふと思い出した。
イェンス爵領庁、最近来てなくない?
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