第20話 法

 さて、秩序の話だ。

 秩序と言えば法だが、この国は「夜警国家」以下の、エルフとケンタウロスの寄り合い所帯みたいなモノであるというのが最近の文献調査で明らかになりつつある。(WOW! 最悪だ!)

 そんな中、私はカタリナさんにある質問をしてみた。


「あの……エルフがエルフを殺害した場合ってどうなるんです?」

「え~……家が報復するんじゃねぇの? たぶん」


 つまるところこうだ。

 この国に「法」は無い。擅断と横暴とが横行し、それにより紛争を処理しているのだ。行政組織や軍事組織なんかを動かす公法は、国民一般の相互関係を規定したり国家を縛ったりする民法や刑法やらと比べて制定しやすい。国のDNAみたいなモンだからだ。

 確かに、豊かな資源と強力な武力、高速移動をほしいままにするエルフ支配種族ならば、それで全く問題は無いだろう。

 特に高速移動は厄介だ。この時代、情報のみを迅速に伝達する方法は無く、結局は書面であーだこーだすることが重要となる。

 となると、エルフは近代社会において重要な物流と情報を殆ど完全に握っていることとなる。人類? へー粘菌って賢いんだね程度の扱いである。


 兎も角、民法は貴族同士の『政治的妥協』で代替出来るし、刑法は自力救済でなんとかなる!?。(と、目の前のエルフは言っている)

 いずれにせよ、支配種族の慣習として『家』が強く出ている以上、法はむしろ統治にあたって邪魔でしか無いのかもしれない。

 貴族では無い、自由市民とかいう存在(丁度目の前の上司とか)も最近は出ているのでおそらく「将来的に」民法典を始めとする各種法体系が必要となるのは明白だが、少なくともまだ、彼らはそれについて知らないし、目の前の雇用主も知らないようだった。長命だと相続の問題とか気にしなくて良いのかな? 死ねよ。

 なおカタリナは家の話をあまりしない。というか先代であるカタリナ氏の父の時代から、ちょっとエルフの慣習からは離れた家系らしいのは承知している。 

 まぁこの国の法律上は貴族では無い支配種族、つまり『自由市民』なのだが。

 話を戻すと、この世界の『規範』とかは各々が所属するコミュニティに根拠するモノであって、コミュニティ内の紛争は『仲良く』解決され、コミュニティ間の紛争は武力を以て決着・・されていたということなのだろう。


 だが『カタリナ商会』が行っている人々多種族の集住により、そういう訳にもいかなくなってきた。

 つまるところ、『コミュニティ』が、従来では想定されていない程にグチャグチャドロドロになっちまったのである。今まではそれに伴う不都合を上からの防圧で対処してきた。

 そんな中にくびきとして立てるべきものを刑法とか家族法言ったりするのだが、何かを話すならば具体例があった方が良い。

 以下に「グチャグチャドロドロ」に伴って発生した問題の一例を紹介しよう。



****



「おめぇ! ぶっ殺してやる!」


 酒は有史以来我々を満たし、大脳新皮質理性を麻痺させて本能的喜びを与え、即時の陽気と翌朝の頭痛とをもたらしてきた。むかし、ヤスリで脳の表面を削ったらずっと酔っぱらえるんじゃないかと馬鹿なことを考えていたのを思い出す。

 しかし時折、喜びと共にとんでもない争いと面倒事も我々にもたらすことは諸君ご存知のことだろう。


 今回も『よくある』酔客同士の争いだった。しかし一般的なソレとは事情が異なるのは、一方が試験的に外注していた用心棒であり、帯革に『帯びるべき武器』を携帯していたという事実である。

 きっとこの街に来て、活気と豊かな食にやられてしまったのだろう。


 立ち入り調査により、『大穴』の周辺で石油、リン鉱石を始めとする肥料原料や資源が大量に採取できることが判明し、いつか破滅をもたらすとみられていたソレは数年間で十数倍にもなったこの街の人口を支える原動力となった。(何故『大穴』にリン鉱石が降り積もって・・・・・・いるのかは、今のところ深く考えないことにしておく、どうせまだ分からないからだ)

 まぁそれと同時に上下水道の問題やらゴミ処理やら何やらが噴出したのだが、これらの諸問題についてはまた別に詳しく見ていきたいと思う。飲酒した陽気な頭でこれについて語るのは少々難しいのだ。


 用心棒を『外注』する羽目になったのは、火器を始めとする武器やら基本教練やら何やらで保安部員を養成するにあたって必要な教育所要がデカくなりすぎたというのが原因である。教範は既に緊急時に自己を防護する最終手段として用いるに足る質量を誇っていた。(製紙業と製本、印刷に相当な進歩があったにも関わらずだ!)

 更に言えば、荒くれ者の鉱山労働者――高給を支払ってなお、荒くれ者しか集まらない――をまとめるためには、相応の荒くれ者が必要だったのだ。街頭では強力なキラキラした常装と最新鋭の銃火器は、粉塵と落盤が付き纏う鉱山ではなんの価値もない。


 結果的に我々は、我々自身が持つ価値を外敵から防護するための『つなぎ』を必要としていたのだ。我々の物流は、馬車でエッチラオッチラ以上のものでは無い。

 まぁ近代に近しいこの世界の『用心棒』なんて「自称・・できるだけのならず者」であることは知っていたのだが、こうせざるを得なかったのだ。で、こうなった。(なおこれは郵便/物流システムの整備を強力に推進することになるのだが、これもまた別に機会を設ける。この街の酒とツマミは競争に晒されているから旨い)


 さて、カウンターで揚げた鶏皮をつまんでいた私は、ガッチャンガッチャンと陶器が割れる音を聞いて顔をしかめた後、一方ががギラ、と抜刀したところで酔いが吹っ飛んだ。


「おい、貴様!」


 武器を抜いたということは、冷静か熱狂かの何れかだ。彼は大きく振りかぶり――


 1、2、3歩。


 歩兵は、突撃により陸軍歩陣地を奪取する。兵教範この際、壕内に残存する敵を刺・射殺し、第六章『攻撃或いは殴打その他の手段を尽くし』第二節『突撃』圧倒撃滅する。


 この世界の近接戦闘術は実にシンプル。本能のまま殴る蹴る。

 私が知る近接戦闘術は実に複雑。座学中眠気に襲われて寝る。


 まぁテコの原理やら人体の稼働限界域やら何やら、この辺の教範の記述は体育学校に丸投げしたのであんまり明らかでは無いが、私が隊員として受けた『個人戦闘員』としての訓練はどういうことか、この世界の身体でも反射的に用いることが出来た。

 ギュン! そんな勢いで男を床に叩きつけ、刃物を奪って相手の首元に突きつける。まだ暴れるので額を切りつけてやる。ぬくもりとその意味に気付いたのか、彼の血の気が引いた。


「貴様を暴行の現行犯で逮捕――


 で、今までの不合理に気づいた。


 そんな『法』ドーベックカタリナにも無いのだ。



****


「で、どうしましょう」

「どうするもクソも無いだろ、どうにかしろ」


 そうだった、この人はこういう人――というか、アレだ。直接的に金儲けに関係する事柄以外の話をするとイライラして手が付けられなくなり、私財をギャンブルに突っ込んでは勝って帰ってくるのだ。(なぜ?)


 さて、我々が知る民法や刑法といった『紛争をなんとかする』法は、古代文明から強い影響を受けている。具体的にはローマ帝国やらキリスト教的価値観やら中華文明やら、まぁそんな所だ。

 だが残念ながら我々は『益虫』であり、簡単な宗教と文化はあれ、文明は持たない。偉い人のその場のノリで秩序を維持してきたし、それで足りていた中隊はどこの国でも200名のだ。


 という訳で、我々の中にある「良識」と、私がうっすら覚えてる法典に根拠し、各業界の年長者、利害関係者その他に聴取して回って「いい感じ」にした法典を作り、選挙に掛けた。

 まぁこの世界に自由選挙なんてあった試しが無いので、殆どの人間は色々に忖度して「賛成」に票を投じたが、兎も角、こうして恐らくはこの世界初の慣習法を基盤とする民法典と刑法典を始めとする『ドーベック諸法』は(一応の)人民の信任の下で成立したのである。

 この法の特徴は、カタリナ氏の名を借りてその権威を担保する一方、その執行と運用は完全に我々に委任されていることである。なんと改正手続きから最終審まで、カタリナ氏は追認しか出来ない。

 だが、カタリナ氏の名を借りているからこそ、この法は『適用される側』に服するように強制できるのだ。それは今までと変わらないが、手続き上の正義を内外的に得たことは紛れもない事実である。


 君臨すれども統治せず。


 誰かが気取ってそう言い始めたらしいが、象徴君主制と民主主義の土台は酒場の乱闘から始まったという事実は隠しておいた方が良いか、あるいは特記すべきであるかはまだ結論が出ない。(歴史的事実として、きっかけであったのは事実である)


 程なくして、掲示板に『今日あったこと』が貼られるようになり、次いでビラとして毎日の出来事が流れるようになった。

 新聞と呼ばれたソレは、居酒屋と共にこの街の『民主主義』に大きな貢献をするようになる。

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