第19話 大穴

 インフェン大穴、厄災発生装置としてのソレは、このクソデカ河メウタウクソデカドーベック平野を形成した主因である。

 一般的に、氾濫平野は水の浸食・運搬・堆積の作用によって形成される。しかし、ドーベック周辺を自転車で駆けずり回って地図に起こした所、明らかに「氾濫平野が馬鹿でかい平野の上に乗っている」ことが判明した。つまるところ、川が三日月湖を形成するような限界を越えて平野が広がっているのだ。構造平野かなと淡い期待を抱いたが、どうやらこの大陸にはカルデラ湖や火山があるらしい。プレートテクトニクスはこの惑星でも使えるようである。

 書籍調査は尽くした。あとやるべきことは現地調査だ。

 人が寄り付かないことを良いことに『大穴』の麓に根付いていた連中は、02式弾が大体全部片付けてくれた。


「……という訳で一コ分隊基幹の調査隊を派遣する。その間留守にするがよろしく頼む」

「活性化した際の安全対策等は……」


 ある幹部が耳をヘナ、とさせて質問を投げかける。良い質問だ。


 戦闘員は、たとえ困難状況下におかれたとしても、陸軍歩兵教範自ら手段を尽くし、決して生存努力を第三章『安怠ってはならない全』第2節より


破局に備える意味そんなものは無い」


常に例外は陸軍作戦教範存在する第一章『総則』第三節より



****



「そーらーがー青いなー大きいな~♪」


 ドーベックの流行歌を口ずさみ、調査隊は緩やかな坂を延々と登る。

 よくなめして鋲を打った半長靴と自転車は未整備の、たまに戦火が上がる人為的淘汰圧がある平原を思うがままに蹂躙した。(たまによく故障するが)


 なお、先頭はカタリナさん我らが長である。


「(おい、なんでカタリナさんがウチの小隊に居るんだよ)」

「(なんでも長駆機動時にワイバーンに襲われちゃ困るらしいぞ)」


 出発時には組内でそんな目配せが行われ、暫くの間はパレードの如く緊張した自転車行進が行われていた。最初に「道足みちあし」と号令しているのだから、隊列、歩調、衣服を緩め、私語することも許しているのだが、それでもやはり「一番偉い」者がすぐ近くに居るというのは緊張を強いる。


 が、我々ヒトは気合をそこまで入れ続けることは出来ない。


「いやぁ~! 徒歩って意外と良いねぇ!」

「そうですかね、そうかもしれないですね」


 なお、彼女がココに来た理由は単なる『好奇心』である。こまる。


「しかしアレだな、こう見るとドーベックも随分……」

「デカくなりましたねぇ」

「アレだ、眼鏡がんきょうだっけか、貸してよ」

「承知致しました。どうぞ」


 やや高所に所在する我々は、ドーベックを見下ろすような位置にいる。

 今我々が運用している単眼鏡は持ち運ぶと色々ズレる。ドーベックへ向けてツマミを調整すると――物凄い石炭排煙に加えてきったねぇ泡立った大河(ゴミが物凄いたくさん浮いている)がよく見える。


「こちらです」

「いやきったねぇな!」

「……」


 実際汚いからしょうがないのだが、まぁアレだ。野放図な自由競争資本主義の結果としてはしょうがないだろう。我々が用いることが出来る石炭の質は良くないし、フィルターなんてモノも無い。殆どを地下の帯水層から採水してる上水は兎も角、下水は『出来るだけ』人から隔離して川に垂れ流すために色々頑張ったような始末だ。(しょうがないじゃないか!)

 人口だけで言えば地方都市でさえ無いような人口密度であるにも関わらず、このザマだ。如何に前世で環境関連技術が必要とされたのか、そして高度に発展したかを如実に表していると言えるだろう。

 まぁそんなことはどうでも良い。……良くないが?


「アレ大丈夫なのか?」

「いやまぁ……大丈夫では無いんですが……」


 本格的な上下水道整備/ごみ処理施設の整備運営なんて仕事はやりたく無いが、どうもヤバそうな感じだ。精一杯の「捨て犬の目」を以て「多分あんまりお金になんないと思いますよ」というボディランゲージを伝える。


「……ままええわ」


 良かった、金の匂いがしないことに勘付いてもらえたみたいだ。


「父さんに怒られなきゃ良いが……」

「まぁ許してはくれるんじゃ無いですかね」


 適当に受け流すのも慣れたモノだ。

 さて、大穴はエルフ社会の中では一般に「禁忌」とされているらしい。文化的になんとなく「禁忌」とされているだけで無く、実害もエグいだろうなというのはココまで登って初めて気付く。

 我々ヒトなんかは殆ど気にしていないものの、なんとなく『いやなかんじ』がする上に、相当臭いらしい。


「お陰で他のエルフはココに住もうとはせんわけだな」

「確かに、エルフのタイムスケールだと殆ど確実に家族単位が『放出』にかち合いますからね」


 カタリナさんが変人なのかチャレンジャーなのかギャンブラーなのか、どういう訳か我々は殆ど確実に『放出』にかち合うドーベックに拠点を構えている訳だが。


「ま、腰掛け的な拠点のつもりだったからなあそこ」

「今やあんなにデカいですけどね」


 エルフ相手の行商人(変人)として各地を回っていた彼女からみればまだまだ小さいだろうが、私の出身村からすれば大都会みたいなモノだ。


「しかし、こりゃ鉱物資源の山ですな」


 特殊な圧とでも言うのだろうか。

 このセカイの人々が寄り付かないその山には大きな穴が開き、そしてミルフィーユ状にリン鉱石と石炭、そして得体の知れない生き物の化石が褐炭を基調として積み重なっていた。


「露天掘りしたら当面、いや半永久的にリン酸肥料と燃料には困りませんよ。それに……」


 大穴に満ちていると言われていた『闇』は、強烈かつ特有の鼻につく匂いを周囲に撒き散らしていた。


液体化石燃料石油の匂いだ」


 周りの者が緊張を瞳に張って覗き込む中、私だけは「大穴」の中身のように、笑みを湛えていた。



****



 さて、石油が何故地球文明――核融合の実用化前――で重要な存在であったかについて踏まえておきたいと思う。


 燃料は、暖房、輸送、その他の用に供し、陸軍兵站教範部隊組織活動の生命線であって、第8章『兵站』国家兵站上も極めて重要なものである。第1節より


 石油は分留してアスファルトから航空燃料まで、様々に活用可能なことは諸君もご存知のことかと思うが、まず、輸送及び取り扱い上の利点がある。

 これは簡単な話だ。どうやって水道は運ばれてくるか、どうやってAmaz◯nでポチった物は運ばれくるかを考えればすぐに分かる。

 別の観点から見ると、石油の一世代前のエネルギー、石炭は個体であり、機械力として利用するためには一旦お湯を沸かし、その膨張力を使うといった一工夫が必要であった。つまり外燃機関としての活用が主であった訳だ。

 しかし、石油の利用が本格化して以降、直接シリンダ内で燃料を燃焼させてそのエネルギーを活用する内燃機関が実用可能となったのである。


 更に、プラスチックとしての活用も見逃すことができない。

 今我々は、外から輸入した綿を殆ど人力と水力を以て加工製造しているが、いわゆる化学繊維は工程のほとんど全部を自動かつ大量生産に乗せることができる。更に機能性の付与も比較的容易だ。

 そんな訳で、地球人類は長きに渡って石油を中心とした経済を築き、石油を巡って紛争を繰り広げ、石油を活用した文明と、それが生み出した利器を使っていたのだが、幸いにして石油の枯渇という憂き目に遭う前には核融合技術が実用化し、それが生み出す莫大なエネルギーによる「持続可能」な文明(と、石油文明の崩壊に伴う紛争)に浴することとなったのは、読者諸君の知るところであると思う。


 しかし、人類のエネルギーソースは長らく石炭であり、石油は精々が舗装材とか防水材として活用されてきた。意外かもしれないが、第一次世界大戦は専ら石炭で戦われたのだ。

 何故か? 諸説あるが、まずその匂いなどから「禁忌」とされてきたからというのがある。

 ガソリンスタンドで給油したことがあるなら分かるかもしれないが、基本的に石油とその加工品は何らかを揮発しており、大概鼻で感知される。その上、加工前の原油は黒くてネバネバしており、理性がその有用性を感知するまでは不快感を催す。


「カタリナさん、大丈夫ですか?」

「この瘴気防毒マスクってのは良いね! リアムも着けなさい!」


 なるほど、だからこの世界のひとびとはこんな宝の山を放置していたのか。


 もう一点、機械的な問題がある。

 ちょっと考えてみれば分かるが、ヤカンとエンジンとではどちらが製造難易度が難しいかというものだ。

 これは極端な例だが、外燃機関と内燃機関とでは、扱うエネルギーや衝撃が全く違ってくる。(現に、地球文明ですら発電所などの大型機械は最後まで外燃機関だった)

 今、外燃機関、特に最も重要となるボイラ周りで四苦八苦している我々には、この宝の山・・・はただの「燃える臭い水」である。


 宗教的、本能的な忌避云々については高給でも与えておけば何とかなるだろう。


 私はこのあと、このときの判断に幾度か悪態をつき、その倍は感謝したのだが、その前に少し、その基礎となる秩序の話をしようと思う。

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