第17話 小銃
結論から言うと、彼らは成功した。
従来の取引先に加え、カタリナ商会から紹介された取引先へ、助言通りに整備した工場と織機を使って、布を生産しては売った。
勿論、カタリナ商会のリボルビング融資を存分に活用しての成功だった。
リアムは良心の呵責に苦しんだが、その一方で実効的な金融システムという画期的なシステムは地元経済に血液を巡らせる役割を十分に果たした。
ホルストを中心とするドーベック経済は前例の無い発展を見せ、その中心としてカタリナ商会は急成長を遂げたのだ。
カタリナ商会は、工業の中心、金融の中心、安全の中心として、一段どころか二段、三段と発展の階段を駆け上る事に成功したのだ。
この暴力的な世界でカタリナ商会の発展を支えたのは、強力な実力組織――保安隊とこの時名付けられた存在に他ならなかった。
****
「それでは新たな個人携行火器について……シルビア機務とサンドロ科務からお願いします」
『御前会議』では無い定例会議で、私は司会を務めていた。
ここ最近、商会はまた大きくなり、金融サービスの進展もあって相当に余裕が出てきた。(納税は)
早くハーバーボッシュ法が実用化しねぇかなとも思っていたが、どうにも圧力と温度の調整が上手くいかなかったのだ。
「あっ、はい」
前世ならば「オタク特有の……」と形容されていたような、気弱そうな態度で壇上に上がったが、まぁ保安要員でも無いので大丈夫だろう。
「現在我々が主に生産、運用している火器は、銃剣を取り付けての短槍化及び、前装式の薬室と滑腔銃身を持つ『01型個人銃』です」
この01式個人銃は要するにマスケット銃なのだが、画期的な点として銃剣を着装しての近接戦闘に対応した点が挙げられる。
現在、一発撃ったら装填に相当時間がかかる前装式の銃のみ開発に成功している都合上、どうしても押し切られての近接戦闘を考慮する必要がある。
その為剣を持つ必要があるのだが、剣による格闘は教育が困難かつ習熟に時間がかかる。
その為配備すべき近接戦闘手段としては槍が最も簡単かつ強力なのだが、これと銃とを両方とも携行した場合は機動が困難になる。
この問題を一挙に解決したのが、着剣装置の実用化と量産に成功した01型個人銃な訳だ。
先行配備した治安要員からは、思いもよらない成果が寄せられた。
この世界で銃を運用しているのは、現時点で確認しているのは我々だけだ。
その為、銃で威嚇してもあまり効果が無い事が多い。発砲して初めて威嚇効果を発揮したという報告もある。
しかし、着剣した銃を携行すればあら不思議、それが短槍と認識されて威圧効果を発揮したのだ。
そして今回新たに開発した個人携行火器は、どうやら大きなブレイクスルーに成功したようだ。
「新たに開発しました『02型個人銃』は、元込め式の薬室と施条銃身を持ち、良好な命中精度と発射速度を併せ持つ画期的な個人銃です」
銃火器の生産と、布工業から機械製造への進展によって蓄積したノウハウは、ついにここまで来たのだ。
当初思っていたよりも相当早かった事は言うまでもない。
「よくやった!」
会議の臨席者は、保安隊幹部の他は何が良いのかサッパリという顔をしていたが、これが出来るならば私が知っている小銃を用いた戦闘のノウハウが適用できるようになる。
「これを実現する為、安定的な雷管及び高精度加工用工作機械の開発、そして弾薬の生産工程の合理化と新型弾薬を開発しました」
まるで『一晩でやってくれました』とでも言いたくなるような雰囲気だが、これまで積み重ねてきた
最初に我々が火器を開発してから既に二年もの歳月が経過していたのだから。
「新型弾薬については、アシャル普務から助言がありました芯入型十字展張弾を採用、高い生産性と威力、精度を担保しました。アシャル普務、ありがとうございます」
『正解』を見据えた適切な助言があったにしろ、本当に彼らは良くやってくれた。
「いやいや、君たちの高い能力のおかげだよ……」
ただ、
「芯入型十字展張弾は、鉛製の外被部と鉄製の芯部で構成されており、外被部には施条銃身と嵌合する為の三重溝と、着弾時に展張する為の十字溝が施されており、発砲時に芯部が外被部にのめり込む事により、強固な嵌合の担保に成功しました」
「また、鋳造が可能である為生産性も高いものとなっております」
「我々はこの弾を敬意を込めて『アシャル弾』と――「頼む、それは止めてくれ」
非人道的と前世で高名だったダムダム弾とミニエー弾の特性を併せ持ったこの弾に、私の名前が付く事は避けたい。
この弾は、対人及び対
全鉛製の弾体は問答無用で展張するだろうし、先頭に彫られた溝はそれをサポートするだろう。そして重い鉄芯に引っ張られた弾全体は、体内をズタズタにしながら突き進み致命傷を負わせる。
我々は、こうした企図の下これを作成したのだ。
「照れないで下さいよ」
純粋な瞳。
ここへ来たとき、棒を持った保安工員にビビり散らかしていた怯えた目では無く、心の底から自らが正しい行いをしているという確信を持った者がする目を、彼ら彼女らはしていた。
誰だ、こんな事をしたのは。
「いやいや、やっぱり『02式弾』とかの方が良い、今後も改良が続くだろうし……」
俺か。
こうしてカタリナ商会保安隊の個人携行火器として制式化した『02型個人銃』は、飛躍的な火力の向上を部隊へと与えた。
当初その重量増加に文句が出ない事は無かったが、どんなに離れていても『狙えば当たる』という特性と、元込め式銃の速射可能性に気付いた保安隊員達は、この銃を手放そうとしなかった事は言うまでもない。
****
「一、三小隊前へ、二、四小隊は現在位置で援護」
その盗賊キャンプは、道行く馬車を脅しては金品をせしめていた。
貴族に危害を与えない限りは無視されるような小規模な盗賊であったが、ドーベックの物流を阻害した重大性を彼らは気付いていなかった。
そこは『カタリナ』の本拠地であり、爵領庁よりも敏感に利益を防護するという謎の商会の噂が立っていた地域だったのだ。
しかし、その盗賊は何か危ない事があれば逃げれば良いと考えていた。それまでそうしてきたように。
特等種、エルフに手を出さなければ、足の早いワイバーンや
逃げれば大丈夫だ。
それは正しかった。
彼らがライフルを手にする前は――
「中隊弾込め、照尺合わせ、300」
彼らは、カタリナ商会の保安隊が濃い緑色の服に身を包み、よく規律が取れた散兵線を構築して火力戦闘を展開するような存在だとは知らなかった。
「よぅし」
照準尺の調整が終わった旨の報告を受けたその部隊の長、リアムは、突如声を張り上げた。
「中隊射撃命令!距離300の目標!前方テント群!一、二発目統制射!撃ち方用意!」
耳の良い者と、見張りが気付く。
「撃て!」
パラパラパッ!っと一斉に放たれた200発の02式弾は、超音速で飛翔しテントと人体を容易に切り裂いた。
魔法では無い。当然全てが当たった訳では無かったが、盗賊は何が起こったのかを理解しないまま、取り敢えず非常事態が発生した事を認識してテントの外へと出た。
見れば、四肢がもげたり、頭が破裂していたりする者も居た。
「統制射ぁ、二発目!撃ち方用意、撃て!」
阿鼻叫喚の中、もう一回、銃弾の雨が彼らを襲った。
ようやく、遠い丘の上に人が居て、そこから攻撃されている事を認識した盗賊は、どうしたか。
逃げようとした。
「爾後各個ごと臨機射撃許可!一三小隊前へ!」
しかし、良好な食事と豊富な訓練、そして強力な火力を全員が持つ『カタリナ』から逃れられる者は少なかった。
命からがら逃げ延びた者は、二度とドーベックへと近づこうとはしなかった。
こうして噂がまた一つ生まれる。
『カタリナ』は、どうやら魔法を人が使えるようにしたらしいぞ。と――
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