第16話 信用

「内向け及び外向けの金融制度を導入する事により、従業員及びドーベックへの余剰資本融通を行います。これにより――


 上手くいくかどうは分からないが。


――これにより、従業員からの多様な発想による産業の興業、そしてドーベックの購買力及び工業化を進展させ、我々の金融基盤を確立させます」


 後方が自力で作れないならば、作ってしまおうという事だ。


「金の切れ目が縁の切れ目と言うからな、金は強力なご縁だ」


 カタリナさんが満足気に頷いたが、こちらとしては頭が痛い。


「この施策が成功しましたら相当我々は有利に立てますが、問題はこれには双方への信用が必要であるという点であります」


 金融で必要なものは大きく2つ。資本と信用がある。

 資本はまぁ良いだろう。


 問題は信用だ。

 この世界にも当然金融はある。

 しかしながら相当に高利である。

 何故か。答えは簡単。信用が無いからである。


 考えて欲しいのが、何故サラ金がギャンブラーに高利で貸し、一方で同じ運営主体である銀行が大企業に低利で貸すという行為が当然とされているのかについてである。

 法の下の平等に反しているという見方も当然出来なくは無い。


 しかし、実際にはそんな事は無い。

 それはギャンブラーには返済能力、もとい貸した金をしっかり返すという信用が乏しく、一方で大企業は貸した金をしっかり返すという信用があるからだ。


 この信用をどうやって担保するか、そして、貸し剥がし等で相手を破滅させない為にはどうすれば良いか。

 その答えは、私がやってきた先進国で普及してしまっていた悪魔のような洗練された金融システムが答えを教えてくれていた。


「我々への信用は、現在整備しようとしている一個増強中隊規模の警備部隊により実力面での信用を担保します。納税を断った件についても、まぁ賄賂断ったみたいなモンですから毅然と対応しておけば市場は付いてきてくれると信じましょう。問題は相手側の信用です」


 我々の内部で、労働力として頑張ってくれている従業員が事業を起こして失敗した。その時、まぁ資本は労働力として回収出来ない事は無い。

 再チャレンジを応援する事も吝かでは無いし、その事業への助言やら何やらも当然行う。

 金を稼ぎたいという考えの人間が多いほうが、全体として回る金は増えるのだから。


 問題は、ドーベック、特にホルスト向けの金融である。

 街中で貸し剥がしが出来るだけの能力は一応は整備するつもりではあるし、助言等の業務もやろうとは思っている。

 しかし、どうしても従業員向けのものよりは数段劣るものとなる。

 だからこそ。これを使う。


「これについてはリボルビング方式を導入して解決します」


 我々は悪魔に魂を売っぱらうのである。複利を付けて。


「これは高い金利を設定し、その金利分を毎月相手方に支払わせる事で、相手方は毎月決まった額のみを返済しつつ資本を運用する事が可能です。一方で我々は資本の一部を高い利率で運用し続ける・・・・事が可能です」


 多くの者が『それはいいアイデアだ!』という顔をしているが、冗談では無い。

 我々は真綿で人の首を絞めるよりもっと酷い事をしようとしているのだ。


 このアイデアの導入を思いついた私は、少々疲れていた。

 この世界で重機関銃を運用するだなんて難題に不眠不休で立ち向かった後に考え始めたのだ。無理もない。と一応の自己弁護をしておく。許される筈も無いが。


 そのままカタリナさんにこのアイデアを提示した時、正直言って私は良心を失っていた。


 カタリナさんの反応はこうだ。『素晴らしいアイデアだ!本当に素晴らしい!』


 神と金と運に愛された彼女が、金融分野でそう叫ぶという事は、生産力を相手から搾取して我々に還元する最も効率的かつクリーン。即ち惨い手段だったという事だ。


 その後寝て起きた私はなんて事をしたんだと、体に冷たいものが走った。

 ロイスの温もりが無ければ凍死して居ただろう。


「これの実施の為に臨時納税を拒否したという経緯があります……」


 今ある資本は、言わば金の卵を産む鶏である。

 捌けば美味だろうが、捌くのはあまりに勿体ない。


「しかし、現在構想しているものが回転すれば、我々は布だけでは無く、織機の製造へと一段。階段を登る事が可能です。役員諸君の賛成を望みます」


 一度乗った船だ。途中下船は出来ない。



****



「ああっ、クソっ!」


 太ったドワーフは、絢爛な調度品に彩られた部屋に備え付けられたゴミ箱を蹴り上げた。

 この所商売が上手く行っていないのだ。これはこの男の成功を阻害すると共に、彼が擁する従業員とその家族の生活と生存が危ういという事でもある。


「カタリナァァァァ……!」


 あのギャンブル狂いが、ヒトを使って布を作り始めたと聞いた時には、我々に勝てる訳が無いだろうと思った。

 しかし、数と機械の暴力はそんなモノを蹴散らしていった。

 そして彼らが糸を買い占めたことにより、我々は苦境に立たされた。


 当然我々だって努力を怠らなかった訳では無い。

 ヴィリー商会の長である以上、この世界での生き方を知っている。

 新人に火を放たせようとした。秘密を盗もうとした。盗賊に決して安くは無い金を渡して蹂躙させようとした。

 それらは尽く失敗した。


 何故か。

 私は知っている。あのリアムとかいうヒトのせいだ。

 ヒトが、そんなにも狡猾なハズは無い。きっと魔法か何かで呼び出した使い魔か何かがヒトの形を取っているだけだろう。

 ふざけやがって。


 我々だって、あの織機があれば……!


 と、ヴィリーが苦悶していると、来客があった。


「カタリナ商会の者です」


 今度は何だ。盗賊をけしかけたのがバレたのか。


「申し訳ございません。会長は今外出中でして……」


 受付にはそう言うように言ってある。


「何時頃お戻りになられますでしょうか?待たせて頂いても?」


 ああ、クソっ――



****



「すいませんお待たせしてしまって……」


「いえいえ」


 来客は、短剣を腰に差し、変な形の短槍で武装したヒトを二人引き連れたドワーフだった。

 カタリナと、ヒトで無い事に一先ずは安心したが、ヒトの威圧感は相当なモノがあった。


「あのですね、今回寄せて頂きましたんはですね、ウチで使こうとる織機を是非ともヴィリーさんにも使って頂きたいなー思いまして寄せさせて頂いたんですわ」


 ほう。


 カタリナ商会を代表して来たであろうドワーフは、懐かしい。ドワーフ訛の言葉で魅力的な提案をしてきた。

 あの織機を。喉から手が出るほど欲しかった織機を。


「ウチらもう布から手ぇ引こうかって会長言い出しましてね、でも取引先とかとの関係もありますやろ?」


 向こうもこちらも商人だ。取引先との信頼と信用は何物にも代え難いモノである事は重々承知している。


「布卸せませんって言いますのも迷惑かかるさかいね、ヴィリーさん紹介しましょかねと言いましてもね、向こうが『オタクの織機で織った布が良い!』って言わはりますねん」


 そうなのだ。

 カタリナの布は、安い。そして質が良い。

 その秘訣は織機にあると、今まで彼らは散々に喧伝してきた。

 だから、欲しかった。

 アレさえあれば、この商会を救うことが出来る。


「で、こちら買い上げか貸出かでしたらどっち選ばはります?」


 タダでは無かった。


「安いのは貸出ですけどね、コレやと数量制限が掛かりますから、長く多く使わはるなら買上げの方がエエかな思いますねん」


 しかし、そのどちらの選択肢も我々は取れなかった。


「高すぎますわ!もっと安くしてくれないと到底無理や!こんなんボッタクリやないか!」


 威勢は張ったが、それは我々が弱っている事の裏返しであった。


「そやろと思いましてね、こんなんも持ってきましたんや」


 ドワーフ同士。気が緩む事もあった。


「元手の金はウチが貸出ましてな、ヴィリーさんには一定額を毎月お支払い頂くだけで貸し剥がしも取り立ても何もしません言うモノやねんけどな――


 気付いたら、ヴィリー工房の長、ヴィリーは、飛杼式織機のリース契約と、結果的には超高金利となるリボルビング方式での融資を、カタリナから受ける契約を結んでいた。


 この男は一先ず安堵していたが、その結果についての言及は、しばし保留させてもらう。

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