第15話 戦略
「まぁ自力救済するしか方法が無いので自力救済をするんですけども」
前世、議会かどこかで聞いたような言い回しを以て幹部達に戦略方針の大枠を宣言する。
誰も助けてくれないなら自分で生き残ってやるよこんちくしょう!という訳だ。
戦略方針立案と言うと大げさだが、やる事はシンプルだ。
今
これを考えれば良い。
作戦レベルでは意思決定を迅速化する為に別の枠組みを用いたりするが、『環境・目標・課題・アプローチ』を考えるのは大差ない。
仰々しいが、明後日より先の事を考えられる知的生命体ならば自然と脳内で回しているプロセスである。
「現在我々が置かれている環境と致しましては、地理的にはヴァイザー帝国はイェンス爵領のドーベックに所在しております」
黒板に概ねの位置関係を描く。
「ドーベックの特性として臨海であり、爵領庁所在地であるイェンスを始めとしてその他市場への海運及びメウタウ川の水運が利用できるるというものがあります」
本館と今呼んでいる本社建屋が元々立地していた港町は、商売にはもってこいの場所である。が、元々貧乏商会だったカタリナ商会がまぁまぁの広さの土地を町の中心部に取得できたという事は、何かがあるのだ。
「これは後に詳述しますが、220年前に『インフェン大穴』が大放出を起こし、発生した厄災――ここは資料ママですが、扇状地の全部をなぎ倒して更地にしてしまったと」
正体が判然とするまで原発は絶対建てたくないしあんまり住みたくも無いなー。という無邪気な感想を懐きつつ、様々な情報が繋がり始める。
「土地は肥沃であってメウタウ川の水運も利用できるので放置するには惜しく、その為にヒトが撒かれた……と資料にはありました」
クソ田舎も良いとこの我が
我々は住民では無く、精々が環境改善の為に運用される益虫扱いなのだ。
「尚現在は戦争の長期化とそれに伴なう武装勢力の活発化、収奪により多数のヒトが難民化しており、弊社は現在これを雇い入れ訓練して従業員を確保しております。以上、環境は各位承知の事と思います」
残念ながら、この理不尽を訴えてなんとかしてくれる機関は無い。
全部手前で何とかするしか無いのだ。
このクソみたいな世界で生きる為には。
だからこそ今一度宣言しよう。
「我々の目標は事業継続及び拡大。即ち生存にあります」
生き残ってやる。毅然として立ってやる。拡張してやる。
では何が我々を邪魔するのか。
「現在我々は武装勢力の襲撃及び大穴の活性化という有形的脅威に晒されており、また戦時臨時徴税という無形的脅威にも晒され更に、有力な支援を外部から受けられない状況下にあります」
地域特性がポストアポカリプスという見た目によらずハードな環境にある以上、その影響を大きく受けるのは自明であった。
「先日発生しました襲撃では警備部隊に被害が発生しており、万が一より大規模かつ集中した襲撃を受けた場合、我々は危機的状況に陥ります」
負傷者の回復は、抗生剤を始めとする医療資源の不足もあって著しく遅かった。
残念ながら肢喪失のおそれがある者も一人では無い。
そして、我々に『後方』は存在しない。
即ち戦力回復が極めて困難なのである。
「また、大穴の活性化時期は不明なるも万が一活性化した場合には――爵領庁の対応が無い、若しくは制限された場合、即座に破滅的な結果を招く可能性があります」
災害そのものを抑える事が出来るのかはそもそも不明だが、どうやら前回と前々回は爵領庁の戦力で対応できたみたいなので、我々が出来ない訳では無いだろう。
「また、現在ヴァイザー帝国は戦時下にあり、爵領庁への徴税圧力が高まっている旨の情報があります。先の戦時臨時徴税はその影響によるものであると考えております」
こんな単純な情報すら、収集に苦労した。
情報が命の商人とは言え、我々の優勢は生産手段の効率化によるものであって、情報面では既存商会に大きく引けを取る。
そしてカタリナさんはエルフとは言え商人だ。貴族の
「以上を踏まえまして、私アシャル普務と致しましては、以下の方策を具申致します」
資料を黒板に吊るし、指示棒を振るう。
「第一に武装勢力の襲撃を安全に撃破出来る手段の整備及び防御陣地の構築。第二に大穴の次回放出の内容及び時期等詳細調査。第三に財政基盤構築を目的とした金融業務の開始です」
会議室を見渡す。
水を煽る。
「第一の警備力強化ですが、爵領庁が放棄の意図を示唆した以上は自衛権の範疇として武装勢力の策源地を攻撃する事が可能になったと考えられます」
今まで我々が整備してきた警備力の目的は財産の防護であり、その実力は飽くまで敷地に侵入した脅威を排除する事に限定されてきた。
この国の慣例法として、いたずらに貴族以外の主体が武力を保有する事を認めておらず、飽くまで自衛の範疇に限定されるべきであるというものがある。
要するに航空騎兵(現地語に忠実に訳すならば翼魔騎兵)や魔法等の保有制限であるが、それが正当化される理由として貴族が領民を保護する――但し劣等種を除く――というものがある。
裏返せば、爵領庁が保護の放棄を示唆した以上は自衛権が拡大するという解釈というか方便も可能になると考えても良いわけだ。
こういった『建前』の世界の話をネチネチしなければならないのは、飽くまで我々が商人であって、商売は市場と相手あってのものだからに他ならない。
業界の内輪もめだけならまだ良いが、地域の安全を脅かすテロリストとなると話が違う訳だ。
「そこで警備隊を拡充して保安隊として拡大発展。火力、運動力、防護力を兼ね備え、柔軟かつ多様な任務に対応可能な『小隊』4個に中隊本部を加え構成した一個徒歩中隊と二個予備小隊を基準とします」
おおよそ200名の中隊は、今の我々が保有できる最大の機動戦力だ。
前世運用してきた部隊とは比べ物にならない程小さく、脆弱で、突破攻撃など望むべくもない。
しかしながら、これが我々の生存を担保する最後の手段であり、そして能力である。
やるしかない。
「火器技術についてはシルビア機務とサンドロ科務から後に説明して頂きますが、相当な進展があり、見込みでは有力な火器が配備可能であるとされます」
失敗を積み重ねただけあって、一度みいだした『正解』から次を見出すのは早かったようだ。
少し自慢気な二人をちらっと見る。
「また予め鉄条網や壕、爆薬その他を活用した陣地を構築して確実な防護を期します」
次の襲撃はおそらく『すぐに終わる』だろう。
湧き上がる興奮を抑えて次へ――
「第二の調査ですが、外部の協力を仰ぎ進展中でありますがもう少しかかるものと見込まれます」
古文書なんか読める人材は居ないので、戦略策定過程でも世話になった外部の知見を借りる事にした。
まぁこれが曲者なのだが今は関係ない。置いておこう。
「第三の金融業務開始ですが、これは本戦略の中で最も挑戦的かつ重要なもの言って差し支え無いものです。尚安全策を取るならば実行しなくても――「是非やってくれ!」
なんと素晴らしい雇用主だろうか。
カタリナさんはまるで子供のように目をキラキラ――否、パチンコ台から風が出ているか、若しくは三連単が当たった時のような笑顔で命じた。
予め概要は説明してはいるが、ホントにやるのだろうか。
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