第14話 土壌

「さて」


 騎人ケンタウロスの下半身に第二の心臓があるとか、そういった事は無かったが、やはり肝臓などの内蔵類は肥大化して収まっていた。

 その様を丁寧にスケッチする。


 今我々は、冷蔵庫等を運用する事は出来ない。

 その上固定液も無い。

 食品の保存には冷蔵や冷凍が最も効果的であるが、我々が活用可能なのは精々が塩と天日と香辛料だ。

 そして標本を作る為の固定液やら何やらも無い。

 いずれはコールドチェーンなんかの確立もさせたいが、そんな事はどうでも良い。

 問題は、この貴重な騎人ケンタウロスの死体を保存する手段を我々が保有していないという事実である。

 つまる所、我々がこの騎人ケンタウロスの構造を覗き見る事が出来るのは、後数時間。ナンテコッタ。

 と、いう訳でこれを保存する為に今スケッチをしているのだが、傍から見れば随分と気持ち悪い事をしているという自覚があるし、このスケッチは広く従業員に見せられたモノでは無い。

 気休めに度数の高い酒をデカイ瓶にドバドバと注ぎ込んでその中に臓器を漬け込みつつ、私は雇い主にアポを取った。



****



「金庫にそれを?」

「ええ、慎重な取り扱いが必要なモノですので」


 前よりは格段に改良され、『紙』と言い張れるレベルに達した束を小脇に抱えつつ、革張りの椅子に腰掛けたカタリナさんに正対する。


「良いだろう、貸し給え……こりゃあ……」


 顔は嫌悪に歪めつつも、眼球だけはギョロギョロと内容を追っている。

 残酷の魅力は、凄い。

 ただそこにあるだけで、人の関心と嫌悪、興味と隔絶を共存させる。


「観覧限定書類として指定したいと考えております」


 私は慣れている。

 戦場で、教育で、そして議会で本省で。

 積み上げてきた軍人としてのキャリア全てが、矛盾と偽飾に満ちていて、そして本質的に残酷であった。


 この世界も残酷だ。しかし前世の世界程に洗練されていない。


「教育研究資料として作成しました。他意はありません」


「……分かった」


 幸いにして、雇い主カタリナさんは、豊かさが犠牲の上に成り立っている事を十分に理解していた。

 私は見込まれた側であるが、私が主と仰ぐだけの事はあるのだ。自惚れかもしれないが。


「ありがとうございます」


 回れ右して帰る。

 思えば豪華になった本館を歩く。

 飽くまで舐められない為にと準備したものだが、やはり赤い絨毯が敷かれた廊下は、裸木のそれよりも心地よい空間を作っていた。

 最初に私が来たとき、やや寂れていたこの建物も、今や随分と立派になったものだ。

 そんな感慨にふけりながら、私は工場へと向かった。



****



「リアムさん!」

「みんな、昨日はご苦労だった!」


 本館から工場にとんぼ帰りすると、工員達が宴を開いていた。

 緊張から開放される。その時の反動は、緊張の大きさに比例する。

 大いに結構。但し羽目を外し過ぎるな。


「大いに結構!但し羽目を外せ!」

「「はい!!!」」


 あれ?

 思った事と逆の言葉が口を突いたが、訂正する気にはならなかった。

 勝手に口が回る。


「諸君らは卓越している!諸君らは種族を越え、団結し、諸君ら自身で諸君らを守った!」


 歓声が上がる。


「未来を拓いたのだ!」


 酔っぱらい、興奮したドワーフが、髭を蓄えたドワーフが鼻血を出した。


「諸君らなら、さらなる高みへ往ける!共に往こう!カタリナ商会万歳!」


「「万歳!万歳!万歳!」」


 いつの間にか手にあった、奇しくも騎人ケンタウロスを保存するのに使った酒を煽る。


 喉が焼けてスゥと冷たいモノが喉から胃まで駆け抜けて、身体が熱くなる。


 柵の外では決して共有する事のなかったであろう高揚と帰属意識に呑まれている事を、今、ようやく理解した。


 ともすれば狂気、しかしながら確かな力、そして土壌。


 それを導くのは私だ……!


 出来るかどうかは知らないが、やらなければならない。

 私は、そんな使命感と酒に溺れて、心地よい浮遊感に身を任せた。



****



「そうか……」


 けしかけたモノが殲滅されたという報告を、彼は無感動に聞いた。

 決して聞き流した訳では無い。彼は感情を極力節用するという大変に持続可能的な主義を採用しているだけであり、そのおかげで『氷結』とかいう我々から見て汎用品チューハイチックな二つ名が付いているが、そんな事はどうでも良い。


 一番の問題は、彼が正規の地方行政統治権執行者であり、現在進行形で汚職をしているという事実である。それはそれはとんでもない勢いで、月を征服したサターンⅤロケットのブースト段階の如く。


「如何なされますか?閣下」


 秘書が問う。


「ウィリーにはもっと心付けるように言っておけ、後カタリナには……お前の方から話通せないか?」


「かしこまりました」


 この僅か数分の間に交わされた数語の会話が、彼ら彼女らの運命を最終的に決する事となったとは、まだ誰も知らない。



****



「先日の襲撃事案もあった事ですし、更なる警備能力強化を主眼とした予算を速やかに編成執行し……「それよりも高付加価値商品の市場投入が先だろう」「今発言してるんですから、どうかお静かに願います」「え〜……やはり戦訓を踏まえまして、火力増強及び防御設備の効果的運用による中距離警備体制の拡充を――


 懐かしさ、郷愁とも言える感情を感じるようになり始めたこの定例予算会議。

 組織の大規模化と官僚化、分業専門化が進展すると避けられない運命なのかどうかは知らないが、会議会議がこうも続くと昔のおおらかな時代が懐かしくなる。誰か魔法か何かでいい感じにまとめてくれないだろうか。


「会議中失礼します!イェンス爵領庁からカタリナ様に!」


「イェンス爵領庁から?」

「客間の準備を、通せ」


 ガヤガヤと参加者が騒ぐ中、カタリナさんはさっさと椅子を蹴った。多分会議に飽きが来ていたのだろう。『ワクワク』を感じる。


「リアム!ロベルト!来い!」


 そんな、久々にイキイキしている様子のカタリナさんに呼ばれ、我々も席を――


「リ、リアムさん?」


 財務、警備、総務、衛生その他の担当者が子犬のようにこちらを見る。


「……回してみて?」


 官僚化の良いところは、特定個人の能力や意思によらずとも、原則や規則を定めておけば(ある程度の能力がある)誰がやっても概ね同じ出力が得られる点だ。(勿論例外は山程あるが)


 この機にやってみよう。私は部下を信じる。


 扉を閉じて暫くすると、また『理性的闘争』が始まった音が会議室から聞こえた。それに安堵しながら、私はカタリナさんを追った。



****



「それは……無理ですね」


 全くの不愉快であった。


「しかし最近は戦費も国庫を圧迫しており、そのせいで中央からの徴税請求も上がっている事から、今回仕方なく貴会に納税命令交付となりました」


 何か面白い事を期待していた事業主カタリナさんを待っていたのは、爵領庁からの納税命令だったのだ。しかも相当高額の。


「暫し猶予を頂けませんか?これでは事業継続も……」


 遅滞は、あらゆる陸軍作戦教状況下で有力な、範第七章『防防御行動である衛』第三節より

 取り敢えず遅滞を図ったが、相手はピシャリと一言。


「劣等種は黙っていろ」


 とだけ言ってカタリナさんの方を向いた。

 成程、彼等にとってまさか劣等種たる我々が商会の屋台骨として活躍し、だからこそこの場に臨席しているなんて事は想像出来無い訳だ。

 精々が飾り物という事だろう。


「納税出来ないというなら、盗賊の警戒やら貴会らが構える工房の近くにある『大穴』対応やらを見直さざるを得ないですなぁ」


 大穴とは、この世界に存在する厄災吹き出し口だ。

 例えば野生のワイバーンとか、高位魔獣とか、そういった周辺地域に甚大な被害を与えかねないサムシングが不定期に、そして一挙に吹き出す。

 今工場が立地する平原は、その『大穴』が原因で平原になったと知ったのは、起工して暫くであった。

 当時はカタリナさんが大丈夫と言ったから、まぁ大丈夫だろうとそのまま操業しているが、多分このまま放置してはヤバい。という警報を、危機管理担当者として前世から積んできたキャリアが発している。


「今まで納税していた分の保護は主張させて頂きますが」


 『劣等種』には知られていなかったが、この世界の統治機構が正当性を付与されているのはこの『大穴』対応が大きな役割としてあるからだというのは最早言うまでも無いだろう。

 大規模な武力を維持運用し、領下から徴税してそれを正当化する理由としては説明がつく。


「しかしねぇ、ヴィリー商会が最近業績悪いらしくて隊の体制にも影響が出てましてねぇ……」


 嫌味ったらしいが、彼等をボコボコにした後ろめたさを刺激された我々は、黙るしか無かった。


「では、期日までにお支払い願います」


 残念ながら分が悪い。残念ながら――「拒否します」


「今なんと?」


 薄ら笑いを浮かべた官吏に、冷や汗が浮かんだ。


「我々は正規の国税・・・・・を支払っております。今回このような『破滅的』徴税を行われるのは到底承服出来かねます」


 毅然と、しかし真っ当な根拠を以て、正面から。

 日本語に直したならば、彼女はハッキリ、「は・め・つ・て・き」と書き起こせるが如く発音したであろう。


「……では、『各種脅威』からの保護は保証しかねます」


「端から期待しておりませんから」


 顔を赤くした官吏が何か言おうとしたが、流石に飲み込んで、「お心変わりを切に願います」とだけ吐き捨てて、帰った。


「やっちまったなぁ」

「「会長!?」」


 そして、いつかのように、ドワーフとヒトが心を合わせて頭を抱えた。


 どうすんだこれ。喧嘩売っちまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る