第13話 冒涜
旭日が朱く雲を染め、朝の清々しい空気が勝利を祝福する中。
血腥い部屋の一隅に、
「ナイフ」
「はい」
我々だ。
さて、解剖メスなんて高等なモノは無いので、取り敢えずナイフで前脚の皮を剥がす。
元肉屋の工員に手伝ってもらいながらベリベリと皮を剥ぐと、筋肉質な――というのも脂肪組織をほぼ纏っていない――骨格筋が露わになる。
今回
先の戦闘では生石灰が極めて有効であったが、これが何に起因するのかを調査研究しなければならない。
また、この世界に於ける生物がどのような系譜を持つのか、その手助けになるかもしれないという壮大な野望もあった(私の生物学に関する知見は貧弱ではあるが)。
これらを明らかにするには現物の解剖が必要不可欠であるが、今回新鮮かつ損傷の少ない死体を手に入れたので、機を逸さずに解剖しようとなった訳だ。
以前から
知っての通り、
先ず人間程度の心肺機能では下半身を構成する馬体(と仮に呼ぶ)を駆動させる事は困難であるし、必要となるエネルギーだって莫大なものとなり、肝機能その他も相当大きなものが必要とされる。
その上バランスだって滅茶苦茶だし、骨格にかかる負荷が甚大に過ぎる。
この他挙げればキリが無いが、ヒトとウマというそれぞれ独立した生物を瞬間接着剤で無理矢理くっつくけた様な変な生き物が
しかし実際に、つい数時間前までパッパカ元気に駆け回っていたのだから仕方が無い。
案ずるより産むが易しとかGo for brokeとか杞憂とか、私の語彙力ではその程度の表現しか即応に無いが、兎に角解剖して構造を明らかにしてやろう。
「いやぁ、まさか
「だなァ」
工員は手際良く作業してくれているが、その目にはいくらかの憎悪が混じっていた。
無理も無い。彼らは村を彼ら
「リアムさん、皮どうします?なめして置いときますか?」
「モノになるの?」
「どうでしょうか、馬ンとこは柔らかく仕上がると思いますよ」
「じゃあ……そうだね、置いといて」
戦闘で倒した敵の死体を解剖し、その皮をなめして加工せんとするのは、中々に倫理からかけ離れた所業であるが、幸いにしてここには我々を裁く者はおろか、この行為を断罪する者、告発する者も居ない。
当然、前世世界でこれをやったら戦争犯罪も良いとこであり戦後に法廷なんかで裁かれる事になるとは思うが、この世界にはそんな正義は無い。
今我々が作ろうとしている世界は、そんな正義を振りかざす余裕が生まれるような世界だが、正義を正義として振り回すカードは、もう少し有効に使いたい為に残しておきたい。
私はカードを増やしているのだ。
そんな素晴らしい世界を作る為のカードを。
「開胸します」
「うわぁ~……」
ギギギ、と骨格を無理矢理開き、胸部器官を露わにすると、少なくともこの
また――
「えっ、肺ってこれ全部?」
「みたいです」
肉屋としてある程度臓器への知見がある彼らをして、困惑を隠せないような構造をしていた。
「これじゃあ――
「ですねぇ」
腹までが肺。
肋骨に守られている、人間にも存在する肺とは別に、分岐した気道から肺が積層されており、それが人間で言う腹あたりにまで続いている。
しかも、その全てが肺水腫を起こして変色していた。
つまる所、生石灰を深くまで吸い込んだという事だ。
この事から、仮説通り、
しかし――
「嘘だろ、生物として脆弱過ぎる」
こんなモン、腹に穴が開いたら気胸から呼吸困難に陥って一環の終わりだ。
「どうなってんだ」
いま思い返せば、彼らの防具は確かに、人間部分の特に腹を重点的に防護するような構造になっていた。
ナルホド、そりゃそうもなる。
ここに穴が開いたら呼吸困難に――
「なんだコレ」
「膜ぅ……ですかね」
肺水腫で変形して良く見えなかかったが、大量の肺は全て膜のような何かで明確に区切られていた。
ちょうど図書館の自習ブースか、タンカーか何かのように、だ。
タンカー?
「もしかしてダメコン出来るようになってるの――
衝撃で二の句が継げないが、事実としてそう考える他に有効な仮説が立てられない。
「ダメコン?」
「ああ、すまん」
タンカーは周知の通り、積み荷である石油類を幾つもの部屋に分けて搭載し、運搬している。
この構造によって座礁等で船体が損傷した時、積み荷が一挙に環境へ放出される事を予防している訳だが、
「呼吸筋が複雑過ぎる……」
「まるで織機ですな」
そんな滅茶苦茶な構造を駆動させる為の筋肉群たる呼吸筋も当然に複雑な構造をしていた。
肉屋をして織機と言わしめるそれは、明らかに織機よりも高度かつ繊細なモノであった。
「この分じゃあ心臓も……」
予想通り、相当強靭な性能を誇ると思われる心臓を露わにした光景が、私の鼓動と生臭い匂い、好奇と興奮を添えて記憶にこびり付くだろうという事は想像に難くなかった。
しかし、これは記録しなければならない。
私のスケッチのスキルは相当に上達している。
次に
ありあわせの道具で内部組織を露わにさせたまま、私は一心――不乱とは言えないが――ペンを執った。
描くうちに、
尾てい骨の名残らしき存在があったのだ。
知っての通り、尾てい骨とは我々ヒトに尻尾があった名残ではあるが、
自らの生物学への知見の浅さを恨んだが、ここで一つの仮説が持ち上がる。
もしかして、本当に
そもそも動物として見ると、
世界が違うとは言え、
突然変異と進化の結果と言われればそれまでだが、ならば何故、
そんな疑問が駆け巡ったが、そのうち考えるのをやめた。
今考えてもしょうが無い。しっかりとした
集中すべきはその為の
この時、自分はあくまで真摯であり、誠実だと思っていた。
一人では手に負えない疑問を、その生まれた過程まで含めて広く共有し、その説明を目指す。
そんな基礎的な行動を、行っただけだと思っていた。思い込んでいた。
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