第10話 将来

「すまなかった」


 開口一番、私が発したのは謝罪であった。

 自己の行為によって破綻しかけた人間関係を修復するには謝罪が一番だ。素直で無い態度は破滅的な結果をもたらす。古事記にも書いてある。


 ロイスは、頭を下げた私を見、「いいよ」と言った。が――


「でもね、『お願い』が――」


 しまった。誰だ娘をこんなにしたの――私ですね。ハイ。


「何?」


 しかし、今回ばかりはこちらに非がある。出来ることなら出来る範囲で最大限やろう。


 任務はこれを陸軍作戦教全力を以て達成せよ範第一章6節より


「ずっと一緒に居てね」


「……うん、わかった」


 思い返せば久々に見る彼女の微笑みを見、私は自分の守るべきモノが何であるかをやっと自覚した。

 これからも彼女が笑ってくれるよう、頑張ろう。

 失敗続きの実験も、そう考えるとやり抜く事が出来る気がした。


 その後カタリナさんの所に行って事の経緯を粗方説明し、ようやく私はこの事案からは開放された。

 ――飽くまで『この事案』からではあったが。



 さて、『リア充爆発しろ』等の声がドコカシラから聞こえてくるが、私は頭がおかしくなっているので爆発と聞くとその手段や方法について精査したくなってしまう。(爆発について考えすぎて頭がおかしくなっているという客観視は出来るが以下少々お付き合い願いたい)

 そもそも爆発とはオノマトペで『ドカン!』とか『バン!』とかそういうった表現がされる現象であるが、その具体的中身は圧力の急激な開放である。その結果として音や光や熱が発生する訳だ。これはガス爆発でも核爆発でも榴弾の炸裂でも同じである。


 さて、火薬が爆発する時、酸化剤と還元剤が上手く機能する必要がある。

 つまり、火薬の爆発とは細かく見ると燃焼反応である訳だ。

 今、我々が扱っている黒色(褐色)火薬は、還元剤に炭素、酸化剤に硝酸カリウムを用いた火薬だ。

 その燃焼反応をオノマトペでは無く化学反応式で示す。


 2KNO3+S+3C→K2S+N2+3CO2


 我々はコレを取り扱っている訳だが、コレが中々に厄介である。

 一言で言うとつよい。


 いきなり語彙力が小学生か幼稚園児まで低下した事を心よりお詫び申し上げたく思うが、この世界の冶金技術では火薬により発生する力を受け止める事は困難なのだ。


 今、我々が作りたいのは銃である。

 銃と言っても、機関銃やアサルトライフルでは無く、火縄銃と呼んで然るべきモノであるが、コレでも銃刀法上の立派な銃だ。


 さて、銃とは『火薬の燃焼により発生する燃焼ガスを上手くコントロールして銃弾を相手に向けて正確に投射し、相手を酷い目に合わせる道具』である。

 が、火薬の燃焼により発生する燃焼ガス――つまり圧力が、銃弾だけに掛かってくれれば良いのだが,残念な事にパスカルの原理に従って四方八方に与えられる。

 つまる所、銃弾が受けるよりも大きな力を薬室は受け止める必要がある。

 その上、個人が肌身離さず携帯してウン十キロ行軍し、戦場を駆け回れる程度には軽量でなければならない。

 コレが達成出来なかった銃は、『糞重くて忌み嫌われる上に火薬の燃焼により発生する燃焼ガスが射手の手元ないし顔面で暴走し、射手が酷い目に遭う道具』と説明できる。


 こんなモン武器として使いものにならない。


 武器に求められる性能として、『使用者は絶対に安全であるが相手には致死的である』という、当たり前過ぎて忘れ去られている前提がある。

 精度やらコストやらはこの大前提が達成された後、ゆっくりと設計机に座り設計図を眺めながら考えれば良い話だ。


 正直言うと、銃器制作が如何に科学文明が整えてきたインフラたる冶金技術に依存するかという私の見通しが甘かったとしか言いようが無い。

 発展途上国で銃の密造が出来るのは、高性能の加工機械や鋼材を他国から輸入出来るからであるという事実を見落としていたのだ。

 この世界には魔法があるんだから使いたいなとも思うが、そもそも魔法はエルフしか使えない上、精霊が冶金を知っているかと言われれば恐らくNO一酸化窒素では無いである。

 それに、個人に大きく依存する魔法を工業に用いれるかと言うとNOである。

 万一担当者が確保出来たとしてもその担当者が不慮の事故やら病気やらで倒れた時にラインが止まってしまうし、その先にあるのは絶望である。


 工業の代替性、量産性、発展性というのは、『適切な材料を適切な方法と道具で加工した場合、誰がやっても同じ品質のモノが出来上がる』という原則に立脚しており、『俺が魔法を使えば簡単に出来るぞ!エッヘンすごいだろ!』というのは芸術作品であって工業製品では無い。

 では『世界でこの人しか出来ない』といった職人が作る製品は工業製品では無いのかという声があるが、それは『適切な方法』にたどり着いた工員がその職人しか居ないというだけであって、もし仮にその職人と全く同じ練度を持つ工員が居た場合、それは代替する事が可能だし、十分な労力と資本を投入すれば自動化が可能だ。

 仮にその個人を訓練した誰かで代替出来るなら工業製品と呼べるが、それも個人の資質に大きく依存するという『魔法』では難しいだろう。


 長々と論じて来たが、結論としては『魔法で工業は少なくとも現時点で出来ない』というモノである。

 未知の素材等も捜してはいるが、今の所既知のモノしか見つかっていない。


 この世界の軍事や技術が中々に歪な発展をしているという事は分かるが、それは冶金も一緒であった。

 そもそも火薬というモノで弾を飛ばして遠くの目標を攻撃する必要が無かったらしい。

 というのも、この世界の戦場の主役は重装歩兵では無く騎人兵ケンタウロス航空騎兵エルフなのだ。

 とどのつまり、文明は精々が中世レベルなのに有力な航空兵力が存在するのである。

 本来なら城壁に取り付いたり、それ目掛けて熱した油を掛けたり、槍衾を組んで騎兵の攻撃を凌いだりするべきなのに、この世界ではもう、航空兵力が戦争を左右しているのである。

 炸裂する砲弾が戦場を飛ぶ前に航空兵力が空を飛ぶなんて滅茶苦茶な事があって良いのだろうか。実際にあるから仕方が無いとは言え。


 じっくり観戦した事が無いので情報収集と前世の知見を活かして断ずる事しか出来ないが、我々の村を襲撃した航空騎兵エルフは少なくともMi-24ハインド程度の性能があったと見積もって差し支えない。


 滅茶苦茶だ。これは文句なしで人類やドワーフ、獣人等は劣等種である。


 将来的にはコレに対抗しなければならないが、その前に果たすべき課題を見ると、銃を作る等という事はひどく単純で簡単な事に見える。


 これを裏返せば、銃は科学工業文明の基礎であると言える。


 銃の製造技術を確立出来た時、高圧容器作成への道が拓かれ、そして蒸気機関、そして内燃機関へと通じる道が拓かれる。

 その先にあるのは重化学工業を基調とする健康で文化的な生活だ。


 高圧容器を何に使うか、勘の良い読者は気付いただろう。


 ハーバーボッシュ法。


 窒素固定という人類の夢を果たしたこの手法は、高圧容器無しでは存在し得ない。


 人類は昔、雷が落ちた跡地では作物が良く育つという事を発見した。

 それが何故かは理解していなかったが、雷は雷神が起こすと信じられていた以上、雷神からの恵みであると信じた。それはこの世界でも、地球前世でも同じである。

 そんな訳で雷神トールには農耕神という側面もあるというのは余談だが、ココで重要なのは雷に打たれた地面では作物が良く育つという観測事実である。

 作物は植物であり、植物が良く育つという事は、何らかの栄養が新たに付与されたと考えて差し支えない。

 その正体は亜硝酸塩。つまり窒素化合物である。

 生成順序はこうだ、先ず、雷による空中放電で空気中の窒素と酸素が結合し窒素酸化物が生成される。更にそれが酸化されて硝酸となり、そして亜硝酸塩となる……


 ここで注目したいのは最初の『空気中の窒素と酸素が結合』する段階である。

 窒素はN2という形で空気中に豊富に存在する事は小学生以上なら誰でも知っているが、どのように繋がっているのか、覚えているだろうか。


 N≡N


 このように繋がっている。

 結合腕が三本、強固に組み合っているのである。


 これを引き剥がすには、それこそ雷のような高エネルギーが必要であるが、触媒を用いればより低いエネルギーでこの構造を破壊し、別の原子とくっつける事が可能である。

 それがハーバーボッシュ法だ。

 四酸化三鉄を用いるこの方法では、『より低いエネルギー』とは言え、ある程度高温高圧下でなければ反応が進展しない。

 ココで矛盾に気付いた賢明な――高校化学を熱心に修めた読者が居るかとは思うが、そう遠くない場所でその『矛盾』については説明するので、気付かなかった諸君も心配は要らない。

 その高温高圧を実現する為に圧力容器が必要なのだが、その圧力容器製造の礎に銃の製造技術はなり得るのだ。(飽くまでも礎であってそのまま用いる事は出来ないが)

 つまり、今、新しい技術へと通じる道を拓く事が出来たならば、明るい無限の将来が広がっているのだ――




 と、念じなければ、私の心は目の前の破裂した銃身のように折れてしまうだろう。多分。

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