第11話 初歩

「用意、撃て!」


 パン!という黒色火薬が急速に燃焼してその圧力と熱を開放し、弾丸にそのエネルギーを付与して弾丸が音速を突破する音は、前世で聞き慣れたモノと殆ど同じであった。


「……何発目?」

「……これで200です」


 達成感。安堵。その他多種の感情。


 泣いて喜んでも良かったが、指揮官たる幕僚指揮者は威厳教範と品位を第三章保つ必要『統率』がある第二節より


「ご苦労だった……!」


 やっとである。


 取り敢えずの目標としてきた増圧弾200発試験。

 それが終了し、やっと、やっと銃火器実用化の(一応の)目処が立ったのだ。


 まだまだ未熟であり、これは飽くまで試作であるし、たまたまこの個体が良い性能を発揮しただけかもしれない。

 だが、我々にはここにたどり着くまでに積み上げたノウハウと加工機械、技能、そして冶金技術がある。

 ネジも、今までに比べて遥かに高性能な鋼材も、旋盤も、ボール盤も、中ぐり盤も、規格も、メッキ加工も、そしてそれを小規模とは言え管理、指揮し、安定的に運用する術も。(ネジはすぐ折れる/ねじ山が潰れるし、鋼材はあくまで旧来と比較してという話であり、工作機械は足踏み式かつ原始的なものであるにも関わらずすぐに故障/損壊してレダさん始め鍛冶屋の仕事を増やし、規格は工場の外まで普及していない上に廃液の取扱いに頭を傷ませているが)

 この歪んだ世界が魔法にかまけてサボってきた、数十年分の文明の進歩を我々は一年もしない内にやり遂げたのだ。

 飛躍である。飛翔である。跳躍である!


 最も大きなものは規格の成立だ。


 先述の通り、まだ原始的で広く普及していないものではあったが、それでも絶大な威力を発揮し、顕著な品質の向上と開発の促進がみられた。


 工業というのは規格というインフラに乗っかる事によって真髄を発揮するものである。

 科学文明が繁栄したのは、ありとあらゆるものが規格化され、規格により製品の品質と画一性を担保しつつ大量生産を行い、それを大量消費出来たからと言っても過言では無い。

 逆に言うと、規格と単位の統一が無ければこれは不可能である。

 だが我々はその礎を築いたのだ。


 これからは楽しくなる。

 立ち上がり、動き出せる。


 部下たちが純粋に目標達成を喜ぶ中、私はその先にあるであろう明るい未来を想像して目頭が熱くなった。



 その晩。工場の隅でささやかなパーティーが行われた。

 硫化水素と鉄、作動油の匂いが満ちる中に、ぶどう酒を夫々の手に携えた科学者錬金術師技術者時計技師が集まり、ランプがその顔を照らした。


「カタリナ商会に」

「「乾杯!」」


 音頭の後、グビッと煽ったワインは前世のソレと比べると中々に酷い味の筈であったが、この瞬間は、『勝利の美酒』とも呼べる美味を以て喉を越した。

 精神は百年を越えているが、身体はまだ成人に至っていない。早々に回ってきた酔いに身を任せて喜びたいところだが、そう簡単に喜べない事情があった。


 弾薬である。

 そもそも銃火器というのは、規格化された弾薬というインフラに乗っかる事によって威力を発揮するものである。

 この世界の規格がバラッバラである事は先に述べたが、要は規格や単位とは工業に於ける言語であり、これが統一されていなければ工業という文明が興るのは不可能である。

 なのでコレをカタリナの外にまで普及させなければならないのだが――と、話が逸れた。この話は後でたんまりしよう。


 さて、弾薬に問題があると言ったが、それはその原料から製造、そして将来的な技術まで、克服すべき課題と問題がたんまり存在するのだ。

 先程我々は褐色火薬を用いる前装式滑腔銃を開発したが、コレには大きな欠点がある。

 信頼性、精度、速射性。この3つである。

 さて、所謂「フリントロック式マスケット銃」とも呼ばれるコレであるが、フリントとのその名の通り、点火に雷管では無く火打ち石を使っている。

 火打ち石の火花を発射薬へと引火させ、それを以て発砲させている訳だが、当然、雨が降って火薬や火打ち石が濡れれば正常に動作しなくなる。

 第二に、精度の問題がある。

 滑腔銃なので当然と言えば当然だが、ハッキリ言って精度はゴミである。

 コレに十分な精度を与えようとした場合、十分な弾速と精密加工された翼安定弾、そして環境観測装置が接続された弾道計算コンピューターにそれを迅速に反映する修正システムとその台座ナドナドが必要となるが、勿論そんなモノはこの世界に存在していない。

 第三に、速射性の問題がある。

 一々銃弾を銃口からえいや、えいやと押し込んで、火打ち石を起こし、狙いを定めて撃つ。

 こんな事を一発撃つ度に行わなければならないのである。これでは騎兵突撃を有効に破砕出来ない上、一人頭に期待する火力を発揮出来ない。

 まぁ、長篠の戦いのように戦術と陣地構築次第で破砕自体は可能であるが、如何せん数が絶対的に足りない上、精度的な問題で相当至近から発砲しなければならない。

 勢いに任せて突っ込まれ、戦列が崩壊したらそれで終わりである。


 これを一挙に解決し得るのが無煙火薬と金属薬莢と雷管、そして後装式ライフル銃に高品質な鋼材である訳だが、これらを実現し、運用可能にするまでに必要な技術課題はマスケットの比では無い。

 金属製薬莢の生産は当然効率的なモノで無くてはならないし、雷管に必要な薬品も合成し、そして安全かつ大量、安価に製造する術を開発しなければならないし、折角作った銃身に溝を掘る(もちろん強度は低下しバナナ状に裂けて駄目になる可能性が高まる)という狂気じみた事も、必ずやらなければならない。

 何より厄介なのが無煙火薬――つまりニトロセルロースの製造だ。

 これを達成するには混酸、即ち濃硝酸と濃硫酸の混合物が必要となる訳だが、コレの大量製造にはオストワルト法と接触法の実用化が不可欠である事は言わずもがなである。

 実験室的製法による製造は一応は成功はしているモノの、求める品質には程遠い上、何よりコスト的に実用に堪えうるものでは無い。

 しかし、コレが実現すれば、火力を以て精霊をねじ伏せる魔法を超越する事だって可能な筈だ。


 さて、知っての通りこの世界で魔法(と通例上呼称する事になっている全く謎の技術体系)は限られた一部の種族しか使えないモノである。

 古典物理で解釈し得ないコレが力の寡占とそれを背景とする圧迫の原因となっている訳であるが、コレについての詳しい分析が出来る程の知見を私は持っていない。


 しかし銃火器が魔法に対し有力であると考え、莫大なリソースを投入してまで開発に邁進する理由は、銃火器が我々ヒトでも取り扱える、万人にとって平等な武器であるからに他ならない。


 正しく扱えさえすれば、赤ん坊でさえも全く同じ威力を発揮する事が出来る。


 この点に於いて銃火器は、魔法の対極にある、武力手段と言って差し支えない。

 当然、魔法をどうにかしてエルフ以外の種族でも使えないかという資料研究は行っていたが、どうも「精霊との契約」とやらで無理とされているらしい。

 まぁ実際には魔法を取り扱う為の器官がエルフ以外の種族には備わっていないとか、そういった科学的理由である事を期待したいが、それは兎も角、この『力の寡占』がこの理不尽な社会体制を支えている事は容易に――「警報ぉ!リアムさん!」


 こんな具合で巡っていた思料を裂いて『襲撃警報』を意味する号笛が鳴り響いた後、警備員が駆け込んできた。

 つまる所緊急事態であり、我々に対する急迫不正の生命、財産、及び身体に対する侵害が生起したという事である。(なんてこった!)

 そして、この事態に対応できる指揮力を持った人間は今の所私だけである。


「盗賊か?規模は?」


 しかし、我々には実力がある。

 その目的が工場の破壊にあれ、商品の略奪にあれ、それを拒否する事が出来るだけの実力を整備した自信はあった。

 機動力も遠距離攻撃手段も持たない人間の盗賊ならば、大抵の襲撃は跳ね除ける事が――

 

「少なくともケンタウロス騎人8を主軸とした襲撃です。現在二直第二夜間警備当直隊が対応中」


 なんてこった!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る