恋愛パズル

戯 一樹

第1話

「新しいパズルを作りましたよ。白雪しらゆき先輩」

 放課後の閑散とした校舎の中、僕はとある部室のドアをノックもせずに開けて、二つ折りにされた用紙を掲げながら中へと入った。

「悩みに悩んだ末、ようやく白雪先輩に勝てそうなパズルが出来ました」

「私に勝つ、だって?」

 窓際に椅子を寄せて何やら読書に勤しんでいた白雪先輩は、来訪してきた僕を視線で捉えて、パタンと膝の上で本を閉じた。

「今のところパズルで全戦全勝しているこの私に勝つだって? なかなか面白い事を言うね、類君。仮にもパズル研究部部長であるこの私に勝とうだなんて、随分大層な口を叩いたもんだ」

 背中まで伸びる黒髪を手で掬ってなびかせながら、白雪先輩は微笑を浮かべて言う。まあ部長とは言っても、僕と白雪先輩しか部員がいない現状なのだが。

「そこまで言うんだ。私を楽しませるだけのパズルなんだろうね?」

「多分としか言い様がありませんが、少なくとも退屈はさせないと思います」

「ふふ、良いだろう。どれ、その退屈させないパズルとやらを見せてみなさい。今まで通り、一分以内で解いてみせようじゃないか」

 そんな不遜な態度を取る白雪先輩に、僕は持っていた用紙を手渡した。

 白雪先輩は用紙を受け取ってすぐに開いた後、「ふむ」と神妙に頷いてみせる。

「数字のパズルか。いつもは図形か論理パズルばかりだったのに、今回はちょっと趣向が違うみたいだね」

「がっかりさせないよう、いつもとは違う感じにしてみました。毎回同じようなものだと、さすがに飽きてくるでしょうから」

「別に私はいつものパズルでも良かったんだけれどね。個人的には割と好きな方だったし。それはそうと……」

 用紙から一切目を逸らさず、ドラマに出てくる探偵みたいに顎を手でさすりながら、白雪先輩は言葉を紡ぐ。

「『1、2、25、10、8、26、8』か。きっと何らかの規則性があるんだろうけど……」

 用紙を凝視ながら、「う〜ん」と少しばかり唸った後、

「あ。分かった」

 と白雪先輩は不意に言葉を漏らした。ちなみにこの間で、まだ三十秒も経っていなかったりする。

「すごい早いですね。本当に一分以内に解くなんて……」

「この程度のパズルも解けない白雪さんとでも思ったかい?」

 チッチッチッ、と白雪先輩は舌を鳴らしながら、これ見よがしに人差し指を横に振って笑みを浮かべた。人によっては怒りを買いそうでは仕草ではあるけれど、白雪先輩な美人だとすごく絵になる姿だった。

「危惧はしていましたが、まさかこうもあっさり解かれるとは思いませんでした。まあ、まだ答えを聞いてないので何とも言えませんが」

「ではご要望通り、解説を交えて答え合わせといこうじゃないか」

 白雪先輩は膝の上で広げていた用紙の表面を僕の前に掲げて見せて、

「まず、この数字の配列についてだが」

 と指でなぞりながら、説明を始めた。

「一見は単なる数字でしかないが、これはとある文字を順に表したものなんだ。その為、所々句読点が付いていたりするのは、数字が隣り合ってごちゃ混ぜにならないよう配慮されたものだと考えられる」

「でも、嫌がらせか何かで無意味に付け足しただけかもしれませんよ? 句読点はあくまでフェイクに過ぎなくて、解答から目を逸らす為のものだとも考えられませんか?」

「それは無いよ。だって類君は、そんな意地悪をしない優しい男の子だと、私はよく知っているからね」

 臆面もなくそんなセリフを吐いて破顔する白雪先輩に、僕は気恥ずかしくなって視線を逸らした。

「おや、照れてるのかい? ふふ、可愛いね類君。ああごめんごめん。そう怒った目をしないでくれ。いつも仏頂面の君が珍しい表情を浮かべるものだからついね。私としては写真にでも撮りたかったところだったんだけど……今からでも良いかい?」

 反抗の意を込めて無言で見返す僕に「ごめん。冗談だってば」と白雪先輩は苦笑を浮かべて軽く謝罪を述べる。

「こほん。話を戻すよ? さっきも言った通り、この数字はとある文字配列になぞって作られたものなんだ。ではその文字配列とは何か? それはズバリ、あいうえお順さ!」

 犯人はお前だ! と言わんばかりに僕を指差して、白雪先輩は自信満々に続ける。

「つまりだね、『あ』は1、『い』は2と言った風に数字を付けて、あいうえお順を数字に置き換えたのがこのパズルなのさ。そしてその規則性に則ってこの数字を平仮名に書き直すと……」

 呟きながら白雪先輩は制服の胸ポケットからボールペンを取り出し、膝上に置かれていた本を台にして用紙に書き込んでいく。

「『あ、い、の、こ、く、は、く』となる。要するに、正解は『愛の告白』って事だね」

 でかでかと用紙いっぱいに書かれた達筆な文字。それを掲げて見せて「どうだい?」と白雪先輩は胸を張ってみせた。

「すごいの一言です。さすがは白雪先輩ですね」

 僕の言葉に気を良くしたのか、「ふふん」とさらに胸を張って満面の笑みを浮かべる白雪先輩。何と言うか、ほんと乗せやすい人だ。

「パズルとして少し凡庸だったけど、結構楽しめたよ。ああ気に病む必要はない。単に相手が悪かっただけさ。今回も私の勝利に終わってしまったけれど、類君の勝つ可能性が微塵も無いわけじゃないのだしね」

 白雪先輩の話に黙って耳を傾けつつ、僕は横目で壁時計を見やる。

「そうですね」

 パズル勝負を挑んでからちょうど一分程過ぎたのを視認してから、僕は相槌を打ってそのまま言葉を紡ぐ。

「今回の勝負で、ようやく僕も白星を得られそうです」

「……は?」

 僕の言葉に、意味が分からないと言った風にポカンと口を開ける白雪先輩。

「どういう意味だい?」

「先輩って、記憶力は良い方でしたよね?」

 何故急にそんな事を? と白雪先輩は言外に眉をひそめつつ、

「まあ、暗記科目は全て満点を取れるくらいにはね。でも、それがどうかしたのかい?」

「じゃあ、僕がこの部室に入ってから一分経つまでの会話も覚えてますか? その中で僕の台詞から頭文字だけ取って順に言ってみてください」

「頭文字だけ? えーと確か、あ、な、た、が、す……」

 そこまで言いかけて、白雪先輩は顔を真っ赤にして急に口を閉ざした。これは、僕の気持ちがちゃんと伝わったという何より証拠と判断していいだろう。

 僕の気持ち。この部室に入ってから一分経つまでの僕の会話から順に頭文字を取ると、

 あ、な、た、が、す、き、で、す。

喜多きた白雪さん。僕は貴女が好きです」

 今度はちゃんと言葉にして伝えてみた。

 僕の告白に、白雪先輩は一瞬目を見開いて、恥ずかしそうに俯いて口元を本で隠した後、

「……ずるい」

 とだけ一言漏らした。

「ずるい、ですか」

「うん。ずるいよ。パズルが二段構えだったなんて聞いてないし」

「こうでもしないと、白雪先輩には勝てそうに無かったものですから」

「それに何の心の準備も出来ないまま、こんな形でいきなり告白してくるし」

「この告白自体、前々から考えてたものなんですけどね。それにヒントは与えたつもりですよ? その用紙に書かれてる通り『愛の告白』だって」

「そんなの分からないよ。単なるパズルとしか思ってなかったし。それに、それに……」

「……まだあるんですか?」

「それに、こんなに私をドキドキさせておきながら、君はいつもと変わらない仏頂面で平然としているし」

 色良い返事が貰えない事に半端諦めの境地に入りかけたその時、白雪先輩は頬を紅潮させたまま視線をこちらに向けてそう言った。

「え? それってどういう……」

「よって、この勝負は一旦引き分けだ」

 真意を訊ねようとした僕の言葉を遮り、白雪先輩は不意に立ち上がって本を椅子に置いた。そして僕の正面に立ち、ニコリと快活に笑みを浮かべてこう続けた。

「次の勝負は私がパズルを作るよ。それで今回のケリをつけようじゃないか」

「いやあの、それより返事の方を聞かせてほしいんですが」

「だから、私のパズルで君の告白に対する回答を示すと言ってるんだ。ちなみにパズルが解けなかったら、告白自体が無かったものだと思ってくれたまえ」

「え? でもそれって、パズルが解けても答えがNOだったら意味無いんじゃ……」

「おや、じゃあやめるのかい?」

「まさか」

 挑発するように卑しい笑みを浮かべる白雪先輩に対し、僕は確固たる意思で首を振った。

 これでも一大決心、玉砕覚悟で告白したつもりだ。せっかくのチャンスをそんな簡単に捨てるわけにはいかない。

「必ず解いてみせますよ。貴女のパズルを」

「ふふ」

 僕の宣言に白雪は心底可笑しそうに表情を崩しながら、弾んだ声でこう言った。

「期待しているよ。笠北類かきせ君」

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